第1367話・冬の旅

Side:佐々成政


「雪か」


 馬や兵に休息をさせつつ空を見上げると、尾張ではあまり降らぬ雪がちらつき始めた。


 我らは奥三河より信濃に入っており、米・雑穀・塩・小魚の干物などを信濃領に運ぶ役目を仰せつかっておる。


 信濃では先の武田と小笠原・今川の戦により荒れておって賊が多い。荷を運ぶのも守りの兵がるほどだ。


「少し急ぐか?」


「ああ、そうだな。早めに今宵の宿となる村に行くか」


 織田領でも北美濃や飛騨は雪が多く積もるという。オレも関ヶ原には幾度も行ったことがある故に雪が珍しいとは思わぬが。この寒空の下では無理をするわけにもいかぬ。




 しんしんと降り始めた雪の中、なんとか今宵の宿となる村の寺に着くことが出来た。


「ほう、今日の飯は鯨鍋か」


「はっ、皆、喜んでおりまする」


 飢えておる地だ。我らが道中食う飯もすべて運んでおる。さすがに酒はないものの、飯は不満が出るようなものではない。


 織田では警備兵も荷駄隊も、役目の最中では兵から将まで皆が同じものを食うことになっておる。毒を盛られる懸念を減らし、一致結束するためには良いのだとか。


 この日は暖をとっても寒いほどだ。鯨の味噌鍋は身体の芯から温まり、飯も腹いっぱい食える。皆、喜んで食っておることもあり、笑い声が絶えぬ。


 それにしても鯨肉か。一昔前は貴重であまり食えぬものだと聞いておったが、今ではそれなりに食うことが出来る。久遠殿の船が運んでくることもあると聞くし、近頃では水軍衆が鯨を捕っておるのだとか。何やら調練の仕上げは久遠船を自在に操り、鯨を仕留めて見せてこそ、船頭ふながしらの末席が許されるとか。厳しきと思いながらも、得心とくしんする己がおる。


「ほう、羊羹もあるのか」


 酒はないが、時折、皆に僅かばかりだが羊羹が配られる。今宵はそんな日のようだ。警備兵や荷駄隊は、久遠殿の教えもあり今の織田では重用されておる。禄も良く飯も美味い。その分、荷を中抜きなどしたら重い罰を受けるがな。


 それと比べるわけではないが、信濃の村はいずこも貧しい。こちらの飯を羨むように見ておる寺の者がおるほど。礼の銭は毎度払っておるので騒動にはならぬがな。


 道中で新たに織田領となった村の者には、飢えたくなければ織田に従えと言うておる。田仕事もない冬場だ。働ける者で手の空いておる者は西三河に送ることになっておる。


 今は信濃に行くので連れておらぬが、帰りは三河に送る者を同行させることも珍しくはない。


 村によっては疑い信じぬ者もおるが、左様な者は捨て置いて終わりだ。


 さて、飯を食ったらあとは寝るだけだ。明日はもう少し寒うないと良いのだがな。




Side:久遠一馬


 尾張・美濃・三河・伊勢では、農閑期の賦役が盛んに行なわれている。


 街道の整備と治水、それと田畑の区画整理。それと湊の整備とかもしているからね。健康で働ける人で暇な人はいないだろう。


 それと東三河には、尾張・美濃・伊勢から賦役に従事する領民を多めに送っている。今のところ今川から援軍要請はないけど、国境沿いの警備と即応体制は強化する必要があるんだ。


 こっちに攻めてくることはないだろうけどね。


 暦は十一月も半ばだ。ウチや清洲城を始め各地の行政拠点となっている城では年末年始の支度もボチボチ始めている。一年の締めとなるだけに師走に入る前に仕事を片付けていかないと忙しくて終わらなくなるからね。


 領地が毎年広がっているので前年と同じというわけにはいかない。新領地の状況と年越しに物資とか不足がないかとか、ほんと仕事はいくらでもある。


「そうか、そんなに酷いのか」


「ええ、飢え死に凍え死にが増えるわね」


 そんなこの日、ウルザとヒルザが信濃の視察から戻ってきた。木曽家は頑張っているものの、もともと貧しい地域や戦の影響があるところは大変らしい。


「それと武田が人質を解放すると宣言したことで信濃が揺れているわ。見捨てるのかと騒いでいるところもあるという噂ね」


 うーん。武田に従って小笠原と今川と戦っていた人たちは困るよね。小笠原と今川が織田に臣従して、今後どうするんだと戸惑うのは仕方ないのかも。


 小笠原が織田兵と共に報復に来ると考えるのも、この時代では珍しくないし。


「武田方の支援も考えておいたほうがいいわね。人質が戻ったらこっちに臣従と言い出すところもあるわよ」


 武田に関しては、晴信自身が甲斐を捨てるつもりなんだよね。オーバーテクノロジーで得た情報だと。もう信濃なんて損切りだとしか考えていないんだろう。


 正直、決断の早さには驚いた。もう一声かけるなり説得するなり動くかと思ったけど、同盟解消を言い出した穴山と小山田を止めもしなかった。穴山と小山田も内心で驚いているのかもしれない。


 年内にも女子供を甲斐から脱出させるつもりで急いでいるし。人質も解放して、あとは晴信に従う家臣たちをどうするか。その一点に尽きるんだろう。


 危機的な状況で覚醒し始めているんだろうか? 限られた情報しか得られない地域で、都合の良い事しか言わない周囲に担がれた立場にあっても、決断の早さがやはり史実の偉人だと思わせるところがある。


 以前に歩き巫女の女性とウチが関わって以来、望月さんはこれを逆手に取って、織田領内の神社や領民への同化をうながしたらしい。三ツ者と呼ばれた諜報破壊工作員も晴信自身に力が無ければ自然消滅するだろう。


 問題は信濃だ。晴信が同盟破りをして滅ぼした諏訪家の分家なんかは今も信濃にはある。晴信の実子でもある史実の勝頼に本家を継がせるつもりだったんだろうが、勝頼となる四郎はまだ元服前であり武田の後ろ盾を失うと有象無象が名乗り出て、相続争いになる可能性もある。


 というか四郎も晴信がほかの妻子と一緒に逃がすんだろうなぁ。


 史実では戦国時代を通しても有名な武田信玄だが、こと信濃辺りではオレの時代でも嫌っていた地域があったはず。すでに信濃では武田って嫌われているんだよね。どうなるんだろ。


「あら、どうしたの? お揃いで」


「まってるの」


 ウルザたちの報告をエルや資清さんたちと考えていると、大武丸たちが障子の隙間からこちらを見ている姿をヒルザが見つけて声を掛けた。


「おわった?」


「ああ、終わったよ。入ってきていいよ」


 ああ、ウルザたちが戻ったと聞いて待ちきれなくなっていたのか。侍女さんが申し訳なさげにしているよ。


 部屋に入れてやると大武丸と希美と輝が、ロボ一家と共に揃って駆けてくる。


 しかし大武丸たち。仕事中に待てるようになったのか? 侍女さんが止めていたんだろうけど。


 まあ、難しい話は後でいいだろう。今は子供たちに旅の話でも聞かせてやってほしい。



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