第1366話・誕生日パーティーと意外な才能
Side:お清
大武丸と希美が生まれた日を祝う宴。こういうのもいいものですね。
二人に限らず殿の御子はすべて等しく接して我が子と思い育ててほしい。それは久遠家の掟です。
当初は戸惑うところもありましたが、二年もこうしていると慣れてきました。
「あ~、ま~ま」
皆でご馳走やお酒を楽しみ祝っていると、武尊丸がやってきました。楽しげな様子で皆のところを四つん這いで回っているのです。
「だっこしてほしいの?」
「だっこ!」
私は看護という役目柄、子供たちとよく会うことがあります。殿の御子の中でも武尊丸は抱きかかえられることを好みます。もう少し幼い頃には、抱きかかえてあやしていると寝てしまったのですけどね。
「お清。これって……」
宴も進むと私は大武丸と希美のために仕立てた着物を贈ります。ただ、殿も驚いてくださったようです。
「ふたりが廊下など歩くときに寒そうだったので仕立ててみました」
「着物に綿を入れたのかぁ。暖かそうだね」
立派な着物は幾つもありますが、これから冬の寒さは厳しくなります。御家には商いで扱う綿などもあり、それを頂いて布団のように着物の中に綿を入れたものを仕立ててみたのです。
「ぬくい!」
「さむくない!」
「
綿入りの着物を着て喜ぶふたりに輝が少し羨ましげにしてしまいました。ちゃんと皆に作るつもりで支度はしてあります。
「えへへ」
「凄いわね。これ尾張だと売れるよ」
「ほんとね。そういえばこういう子供が動きやすい着物ってなかったワケ」
大武丸と希美が綿入りの着物を皆に見せるように練り歩くと、思った以上に驚かれました。ミレイ殿とエミール殿は商いになると、売値やいかにして作るか相談を始めてしまいました。
「お清、滝川家の人でも使って商いもしてみる? やるなら力になるわよ」
「いえ、御家で扱うなり商人に任せるなりお任せ致します。私は皆と同じで構いません」
驚くことにミレイ殿から商いの誘いがありました。ただ、久遠家では織田家から各々で禄を頂いている場合も、皆でひとつにして暮らしております。私と千代女殿も嫁ぐ前に頂いていた禄をすでに頂いておらず、同じく久遠家の女として暮らしておりますので、商いを始めるなど不要です。
「寒い地域だとこういうのいいよね。綿も生産が順調だしさ」
「そうですね。領民には少し手が届かないと思いますが、身分のある者には売れるでしょう」
殿とエル殿は大武丸と希美の姿を嬉しそうに見ながら、私の仕立てた着物について話をしております。
私のような者でもお役に立てたことが嬉しくて仕方ありません。
Side:久遠一馬
あれって綿入り半纏だよなぁ。大武丸と希美のために作ってくれたので少し高級感があるけど。
誰か教えたのかと思ったら、お清ちゃんが自分で考えたとか。凄いじゃないか。大武丸と希美は嬉しそうに着て歩いているし、エルたちもびっくりしているよ。
まあ、ウチだと羽毛布団と綿入り布団があるので、木綿の
それでも自分で考えて試行錯誤をするというのは、オレたちが根付かせようとしている価値観になる。それを実践してくれていたことが嬉しい。
多分、試作して自分で着たりして具合を確かめては、解きほぐして改善を重ねたんだろう。お清ちゃんの場合だと看護師として働いているから、そこまで暇じゃないはずなんだけどね。
動きやすさとか汚れないようにとか、いろいろ考えた実用的な半纏だ。
この時代の女性って、家への忠誠心とかは教え込まれるが、あまり個性を出すような教育はされていない。ただ、それでも自分で考えるように仕向けると変わるんだよね。
まあ、お清ちゃんの場合は病院で働いているから、オレたちに近い思考を自然と学んだのかもしれないけど。
それを加味しても、ほんとこの時代の人の可能性ってすごい。
ちなみに尾張だと、オレの知る元の世界の戦国時代から少し違いが増えている。襟巻と呼ばれているマフラーも巷では手拭いを巻く姿として見るようになった。
織田家中ではアクセサリー類が割と普及している。多いのは指輪とブレスレットかな。あれだと着物でも邪魔にならないしね。あと髪飾りとか櫛も装飾が施されているものが、普通に売られるようになっている。
髪型はどうしても切ると尼さんと見られることもあって、短めの髪型にしている人は武家だとあまり見ないけど、ウチの家中の若い女性だとメルティとかいるので短くしている女性がいる。
あと装飾品や髪型でいえば遊女が一番変えているって話だ。エルたちの髪型を参考に真似ている人が結構いるらしい。こちらは身分もないから気楽だし、目立ってなんぼというところがあるんだろう。
ああ、三つ編みとかポニーテールのような髪型は、武家の女衆とか子供でしている人がいるらしい。公式の宴とかだと見ないけど、家にいるときとかは髪型を変えることがあるんだそうだ。
男性だと髷を結わない人、若い人でたまに見かける。これはオレとかウチの関係者の影響だろう。船乗りとか髪型短い人割と多いし。
着物ひとつとっても派手な柄とか増えたしね。戦が減って文化が育っているんだなと実感することが、尾張では至るところに増えている。
甲斐とか信濃とか報告だと相当悲惨らしいけどね。尾張からするとだからどうしたというのが大半の人の本音だ。
農業に関しても最初は抵抗や疑念から普及しなかった技術も、今ではほぼ受け入れられている。たまに農民が考えた独自方法が書かれた、提案のような献策が目安箱に入っていたりする。
迷信や効果のないものが大半だけど、それでもやり方を変えると収穫量が増えるかもしれないと理解したことは大きな進歩だ。
生きることに貪欲なみんなにせかされている気分にもなるよ。
疑念と争いばかりの国より、断然いいけどね。
◆◆
着物の生地の間に綿を入れた着物のことである。
類似する真綿を生地に入れた装束は古くから日ノ本の内外を問わず見受けるが、動きやすさと着やすさを考えた着物になる。
久遠一馬の妻であり看護の方こと久遠お清が考案した着物であることから、そう呼ばれている。
実父である滝川資清の『資清日記』にその詳細が記されていて、元は一馬の子である大武丸と希美への贈り物として自ら仕立てた着物であったとされる。
当時、綿は貴重であったが、久遠家では日常で使えたものであったため、子供たちが広い屋敷で寒くないようにと考えて作ったようである。
久遠家で売り出すとすぐに人気となり普及したようで、同年代の織田家中では、久遠家には並みの女では嫁げぬと言わしめた逸話のひとつであった。
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