第1363話・続いていく命

Side:久遠一馬


 一益さんに子供が生まれた。男の子だ。


 東が騒がしいけど尾張は多少忙しい程度で、少なくとも領民はいつもと変わらない冬を迎えている。


 資清さんには初孫だ。今の滝川家の立場を表すようにあちこちから祝いの品が届き、那古野ではお祭り騒ぎになっていた。


「良かったね。無事に生まれて」


「ありがとうございまする」


 お祝いに駆け付けたけど、一益さんも滝川一族のみんなも忙しそうだ。


 妊娠と出産に関しては完全にウチのやり方を取り入れていた。検診も受けていたし、そういう意味ではケティたちが診察していたので安心だったね。


「あかご!」


「あかご、ねんねしてる」


 一緒に連れてきた大武丸たちは単純に赤ちゃんに喜んでいる。弟や妹もいるし、牧場の孤児院にも赤ちゃんいるからね。結構慣れているみたい。


「いや、めでたい」


「甲賀を離れて七年か。良かったのう」


 滝川一族の郎党として尾張に来たお爺ちゃんたちも、我が事のように喜んで涙ぐんでいる。最初は白米のご飯に冥途の土産だなんて言っていた人たちなんだけどね。


 最近だと各地の屋敷で若い衆のまとめ役だったり、子供たちに昔話を聞かせたりしてもらっている。


 甲賀に関しては俸禄化が進んでいる。一部頑固な人がいるらしいけど、六角家に逆らうほどの力もない。なるべく理解を得るようにしてやったほうがいいとアドバイスをしているので、先行して俸禄となった人たちの活躍を見せている段階だ。


 甲賀郡に関しては街道と宿場町の整備が進んでいる。資金源は織田農園と言っているプランテーション案だ。


 東海道と東山道。どちらもオレたちが来る前と比較にならないほど通りやすい状況になっていて、尾張美濃と近江の人の行き来は数倍以上に増えている。


 懸案とまでは言えないけど、保内商人が利権を持つ千種街道については保内商人の間でも意見が分かれているようだ。東海道が安全になった一方で、織田と六角の目の届きにくい千種街道は少し治安が悪化しているんだ。


 東海道の優先順位を決める入れ札は来年の初めに行うと告知している。いっそ千種街道を放棄してそちらに移っては、という意見もあるらしい。


 伊勢と近江間にある八風街道は観音寺城と北伊勢を行き来するなら近いこともあり、治安が悪化しない程度にこちらも対応しているので、それなりに使う人がいる。


 ただ、千種街道はねぇ。ある意味、保内商人が独占していたから。利権を解放するならこちらも手を貸してみんなが使えるようにしたいところだけど。こちらから働きかけるほどでもない。


 六角家でも甲賀郡の改革の成果が僅かに見え始めている。経済的なつながりから人が動けば銭が落ちるからね。ただ、なんで良くなっているか。理解してない人が大半らしいけど。


 それと甲賀郡に関しては織田農園として農業改革もする予定で現地の情報を集めている。田んぼで暮らしていけるならいいけど、あまり収穫高が良くないようだしね。


 資清さんが各地の産物や採れる野草なんかを集めていて、こちらでもどういう作物を増やすか検討しているところだ。


 伊勢は元から国力があることもあって、数年前の一揆以降荒れた土地の復興も続いているので、今後は右肩上がりで良くなるはずだ。特に北伊勢は土地をすべて織田家のものとしたために、区画整理も順調なんだよね。


 甲賀は伊勢や尾張への販路を生かして、商品作物を植えるのが望ましい。


 まあ、行啓の影響もあって織田と六角の間に大きな問題はない。伊勢亀山での織田・北畠・六角での定期会談については、それぞれに屋敷を構えて人を駐在させることで話が付いた。


 今後は情報交換がスムーズに行くだろう。


 今日生まれた赤ちゃんに甲賀を誇れる故郷だと言えるようにしたいね。頑張ろう。




Side:滝川一益


「ひこ! おめでと!」


「大武丸様、ありがとうございまする」


 我が事のようにわしの子が生まれたことを喜ぶ大武丸様に、こみ上げてくるものがある。


 先ごろにはとうとう親王殿下のお供を務めるまでになった。身に余るとはこのことだ。自らの力による立身出世とは言い難い。すべては殿と久遠家のおかげだ。


 御家は……、あまりに優しく、申し訳なくなるほどだ。


「彦右衛門、そなた泣きそうではないか。武士たる者、人前で涙など流すでないぞ」


「はっ、申し訳ございませぬ」


 いかんな、織田の若殿に見透かされてしまった。織田の若殿もまた市姫様と共に駆け付けてくれたのだ。


「そなたが来た頃を思い出すな。かずが要らぬと言えば、オレが召し抱えるつもりであったのだが。そなたはかずに仕える天命を持って生まれたのであろう」


 織田の若殿は涙を見せるなと言いつつ泣かせにきておるようだ。かようなところは変わられておらぬ。


 堅苦しい形を好まぬのは今も同じ。時折、かつての日々を懐かしむ日が増えたがな。


 東では斯波家の因縁の相手である今川が臣従をして、信濃の小笠原も織田に降った。織田家は最早、尾張守護代の家柄でおさまってはおられぬというのに、若殿は我が殿に影響されたのかあまり権威を求めぬお方だ。


「もったいないお言葉でございます」


「子や孫が血を流して争わずともよいようにせねばならぬな」


「はっ、まことに」


 織田の若殿は変わられたと平手様が仰っておられたことを思い出す。天下、日ノ本を見ておられるのは同じだが、次の世まで見ておられるなどかつてはなかったと、以前聞いたことがある。


 この荒れた世を正してやろうという者は日ノ本に幾人もおろう。されど、世が荒れぬような政をする国を造ろうと考える者はそうはおるまい。


 自らの天下すら望めるお立場だというのに、我が殿の見据える天下を求める。かようなことが出来るのは、このお方が仏と称される大殿と同じ天下の器だからだと思える。


 我が子よ。そなたは良きところに生まれてきたのだぞ。


 父と共に織田家と久遠家のために生涯尽くしてゆこうぞ。


 それが滝川家に生まれた者の定めぞ。




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