第1355話・上手くいかない武田家

Side:武田信繁


 戦を前に評定を開くが、家中の様子は相も変わらずか。


 苛立ち、憎しみ、疑心。近頃は不満を兄上に隠すことなく表す者すらおる。尾張の武士が羨ましくなるわ。


「いつまで某は耐え忍べばよいのでしょうな。そもそも今川との手切れの不手際。この責めを誰も負うておらぬことが納得いきませぬ」


 中でも近頃、もっとも不満を口にしておるのは、穴山彦六郎信友。穴山家の当主にて、今川との戦で幾度も領内を荒らされたことが理由であろう。


 そもそも穴山と小山田は家臣にあらず。同盟者だ。荒れる甲斐を父上がまとめた時にそうなって以降、家中にて波風を立てぬようにと家臣のように振る舞っておるが、正しくは今も同盟者になる。


 いい加減にせぬと手切れもあると言いたいのであろうな。


「己の所領くらい己で守ればよかろう」


「なんだと! ならば己と戦をしてもよいのだぞ!!」


 もうじき五十になる穴山殿には兄上もなかなか強く出られぬ。若い者がそんな年寄りを煙たがるように口を開くと穴山殿は激高した。


 かの者の家は昔、今川に従っておった頃もあったと伝え聞く。数年前に手切れとなる前までは仲介をしておったのだ。今も繋がりはあるはず。家中にはそんな穴山殿を疑う者も少なくない。


 ほかにも肩身の狭い思いをしておる者らがおる。信濃小笠原の分家たる小笠原左衛門佐信貴などの信濃先方衆もそうだ。甲斐衆は信濃先方衆を下に見ておる上、裏切りや内通の噂が絶えぬ現状の不遇を己らのせいだと不満をぶつける。


 日照りに水害、飢饉と相次ぐ天災に誰もが苦しいのだ。


 今は兄上がなんとかまとめておるが、それもいつまで続くのやら。


 口惜しいがこのままでは武田家に先はない。信濃小笠原は斯波と今川の助力で戦っておるのだ。肝心の斯波と今川が争わぬ限り、我らの状況は変わるまい。


 むしろ織田が信濃に兵を出さぬようにと機嫌をとるので精いっぱいなのだ。誰もそのような苦労を理解しておらぬがな。


「そういえば飯富殿がおらぬな?」


「兵部は隠居するそうだ」


「いずこか具合が悪いのか?」


 ああ、飯富兵部は尾張から戻ってすぐに、隠居をすると兄上に言うて城に引きもってしもうた。親しい者は訳を知るのだろう。いかんとも言えぬ顔をするが、よく知らぬ者はあの飯富兵部が突然の隠居ということで驚いておる。


 飯富兵部が傅役を務めておった太郎は慰留したようだが、腹が痛いと言うて隠居してしまったようだ。まことに隠居するのか、武田に愛想が尽きてしまったのか。わしにも分からぬがな。


 尾張を出る前に、尾張めの家臣らに太郎が熱心に話を聞いておったことも面白うなかったのであろう。


 太郎にも愛想が尽きたが、かというて己らで追放した父上が戻りかねん今川の手助けもしたくない。そんなところか。


「また信濃に後詰めでございますか。己の所領を守れぬということでは信濃は未熟な者が多いらしいな」


 戦の話になるとさらに不満が出る。まだ同じ甲斐である穴山殿への後詰めは理解するが、他国である信濃に毎年の如く後詰めを送るのには不満が多い。特に今川との戦はこちらが守り手であり、得られるものがほとんどない。


 とはいえ信濃先方衆はそんな甲斐者の言葉に不信を募らせる。元はと言えば父上の同盟を突然破り、信濃に侵攻したのは兄上と甲斐者だというのが言い分だからな。


 なんとか戦までにまとめねばならん。




Side:久遠一馬


あきら、誕生日おめでとう」


 今日は輝の一歳の誕生日だ。無事に育ってくれてありがとう。そんな感謝を込めた誕生日をみんなでお祝いする。


「あーい!」


 オレとジュリアの間に座り、みんなの注目を集める輝は上機嫌な声を上げた。


 輝は少し前からよちよち歩きを始めていて、大武丸と希美と一緒に歩こうとする姿が見られているんだ。大武丸と希美も妹のそんな姿に喜んでいるようで、輝の近くで一緒に歩こうとしている。


 季節は晩秋から冬に差し掛かっていると言っても差し支えはないだろう。日に日に寒さが応える季節になっているが、子供たちは元気だ。


「ほら、口元についているよ」


 誕生日の御馳走をみんなで食べる。輝の世話をするジュリアの様子はお母さんそのものだ。輝もまたそんなお母さんとのやり取りが楽しいらしい。


 ちゃんと誕生日を祝うケーキもある。


「はー……は、ケー……キ」


武尊丸たけるまる、あなた……」


 みんなでケーキを食べていると、シンディに抱きかかえられていた武尊丸が突然、声を、いや話し始めた。


「あら、もう喋れたの?」


「いえ、初めてですわよ。ねえ?」


「はい、初めてでございます」


 武尊丸の様子に蟹江から来ているミレイたちは子供の成長は早いと実感しているようであったけど、それが初めてと知るとさらに驚いた。


 うん。次はちーちと呼ばせないと。


「輝殿に贈り物を持ってきました!」


 武尊丸の予期せぬことに誕生日は一層盛り上がる。


 そんな今日はお市ちゃんも来てくれているが、誕生日プレゼントを持ってきてくれたみたい。誰に誕生日プレゼントなんて聞いたんだろう? この時代だと年始に数え歳で年齢を重ねるので誕生日に祝うということ自体がないんだけど。


「ひめ? ちーち、はーは!」


 お市ちゃんの誕生日プレゼントは絵だった。留吉君の絵だろう。オレとジュリアと輝が描かれている。家族が一緒に描かれている絵。この時代だとないんだけどね。佐治さんの子供の百日祝いに絵画を贈って以降、家族の絵を描かせるのが流行っている。


「姫様、ありがとうございます」


「いいね。こういうのは本当にうれしいよ」


 ただ、絵を描かせるのは安くないし身分もいる。さらにこういうセンスある贈り物を選べるお市ちゃんにオレもジュリアもびっくりだ。


 どうも乳母さんと相談して決めたようで、エルも知らなかったらしい。


 輝もまた絵を見てオレとジュリアが分かるようで喜んでいる。お市ちゃんはそんな輝の様子に満足げだ。


 今日はみんなといろんな話をしたり、遊んだりしよう。一緒にお昼寝をするのもいいかもしれない。


 正直、オレはこの厳しい時代で子供を育てることに不安もあった。


 でもね。この時代の価値観とオレたちの価値観が上手く融合していい方向に向かっていることに嬉しく思う。


 輝、ありがとうな。生まれてきてくれて。


 必ず幸せになれるように父も頑張るからな。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る