第1345話・第二回文化祭・その三

Side:久遠一馬


 太陽が西に傾いている。オレンジ色に西の空が染まっていた。途中、特別室で休憩なされていた親王殿下と公家衆、招待客の皆さんも外に出てきている。


 元の世界では、葵祭りや祇園祭りが有名な京都きょうと、京の都だが、他力たりき開催に頼った経緯がある。この世界でもやはりたびたび途絶えては、他者に頼っている。それでも偉そうにするのはやめない。なんだろねぇ……。


「ほう!」


 山車が見えると皆さんが声を上げた。


 山車馬車も進化している。去年は灯篭のような絵の描かれた山車だったが、大型の山車馬車には人形が加わっていて、灯篭の絵が背景のようになっている。大きさも一回り大きくなったかなぁ。その分、人も一緒に引っ張るように綱がついている。


 小型の山車馬車は灯篭だけの型と人形もある型の双方がある。というか明らかにロボとブランカの人形と思わしきものがある馬車があるんだけど。誰が考えたんだろう。


 灯篭の形も去年は箱型と円形のみだったが、今年はちょっと形を変えたものとかバリエーションが豊富だ。


 ここにはないが、屋形船型も今年もあって川ではそちらが運航されるらしい。


「このあとは皆で那古野神社まで練り歩きます」


 親王殿下には輿もあるが、一緒に歩くようだ。御付きの人や公家衆など皆で提灯を持って山車と共に那古野神社まで歩いていく。


 笛や太鼓の音色に山車や提灯の明かりが祭りらしさを彩っている。親王殿下や公家衆がいるので周囲は護衛の人ばかりだけど、それでも楽しげに歩く領民の姿は見える。


 中には松明のように燃える薪を持っている領民もいるね。この日のためにウチが蠟燭を大量に用意してあるんだけど。それぞれの形で参加してくれている人たちがいる。


 今の那古野の住人は大半が他所から来た人たちだ。それがこんなにひとつになれる。それが凄く嬉しい。


 親王殿下や公家衆に他家の皆さんにはどう見えるんだろう?


 那古野神社は周辺を埋め尽くすような人が集まっていた。オレたちはそんな人たちに見守られながら中に入っていく。


 神事が始まる。この祈りの力もまたオレがこの世界に来てから気づかされたことだ。こうしてひとつになって祈る。そのこと自体が大きな力となり尾張と織田領の繁栄に繋がるだろう。


 エルたちや大武丸たちも少し離れたところにいるのが見えた。今年は帰蝶さんと吉法師君たちと一緒のようだ。


 那古野神社の皆さんは、親王殿下がご覧になると知らせると慌てていたと聞いている。それでも堂々として立派なものだ。


 きっと、ここにいるみんなの祈りは通じるだろう。


 オレはそのために努力をしていく。




Side:今川氏真


 なんなのだ尾張は。


 父上や雪斎和尚が愚かなのではない。尾張が、いや……、この者たちが違いすぎるのだ。神事を前に祈る姿に心底恐ろしゅうなる。


 学校という内政の館にて、武芸や学問を教え国を大きくする。言うは容易いが真似るのは容易ではあるまい。飯ひとつとっても学問として考える。かようなことを考える者など聞いたことがないわ。


 織田も斯波もかような男を御せると思うておるのか? いや、御すことなどせずとも不義理・あざむきを働かぬのか。


 武士も寺社も商人も民も流れ者も、誰もがこの内匠助殿を前にすると信じて従っておる。まさに仏の如き男だ。


 飢えさせず食わせる。あえて口にせずとも領主の誰もが見て見ぬこと、知るを禁じ、すべを無くすことで、己の平穏をすくめておるのだ。その出来ぬことを内匠助殿は出来てしまうとは。


 なにより、この男を失うようなことをしてはならんとオレでさえ思うてしまう。最早、今川の行く末ではないのだ。日ノ本の行く末に関わること。


 恥などなくなる。斯波と織田が内匠助殿と共に天下を制してしまえば、従った者らは恥ではない。世の流れに、天意に従っただけと言えよう。


 されど、認めるのか? 公方様や長きにわたり世を壟断ろうだんしておった寺社は?


 分からぬ。分からぬが、家督を継いでもおらぬオレが勝てる相手ではないな。争うは下策中の下策か。


 同じ世を生きる者にかような男がおるとはな……。


 世の中とは恐ろしいものだな。




Side:武田義信


 民が集まってくる。十重二十重と皆が集まりて祈りを捧げる。誰ひとり騒ぐこともなく、闇夜に相応しき静けさが辺りを包んでおる。


 村を出ればそこは敵地も同じはず。兵部にそう教わった。何故、これほどの人が集まり諍いが起きぬのだ。かような国など見たことがない。ここはまことに仏の国なのか?


 いかにしてまさり従えるのだ? かような国を相手に。武士も僧も商人も民もひとつとなりて、励み生きる国を相手にいかにすればよいのだ。


 兵部。教えてくれ。そなたは常にわしの問いに答えてくれたではないか。そなたにはこの国はいかに見えておるのだ?


 ちらりと見ると兵部はいつもと変わらぬ顔をしておる。暗いせいかいささか機嫌が悪いように見えるがな。


 そなたはもう、わしの問いに答えてくれぬのか?


 世には飢える者があふれておる。他所に食い物があらば、飢えを力とする者が、勝ち取り奪うのが世の常と教えてくれたではないか。


 故にいかなる手を使っても、強く勝ち続けねばならぬと教えてくれたのはそなたぞ。


 この国には争いがない。少なくともわしにはあるように見えぬ。それは何故だ?


 尾張にあって甲斐にないものはなんなのだ?


 戦に勝ち富める地を得れば、武田もかような国になるのか?


 分からぬ。わしは誰に問えばいいのだ? 誰を信じればよいのだ?


 主君、主人あるじとはいかに振る舞い、治めればよいのだ?


 御旗、楯無よ。わしはいかにすればよい?




Side:安宅冬康


 細川京兆家は出遅れも、下々しもじもの働きの場と思うておるとしか思えぬ。この国はすでに畿内を超えつつあるのではあるまいか?


 畿内の者ばかりか三好家ですら、管領様と兄上が和睦をすれば天下は細川京兆家のものであろうと思うておる者が多いが、果たしてそうなのであろうか?


 尾張がいかに騒ごうとも日ノ本の中心は畿内であり、最後はこちらに従うと考えておるが、この国を従えることなど出来るのか?


 兄上、三好家は今のままで良いのでございまするか?


 公家衆や他国の者と友誼を深めることはなんとか出来ておる。されどだれひとり細川の名など口にもせぬ。


 細川などおらずとも困らぬのだ。ここに集まりし者らは。


 ことに、久遠が内匠助。この男があまりにも我らとは違いすぎる。


 本来の氏素性も定かではなく、日ノ本の外からきた余所者。他の者ならば立身出世など出来るはずがないのだが、この男は己が力で立身出世をしておるのだ。日に日に親王殿下がちょくに問うことも多うなったほどに。


 上様は細川京兆家をいかがするおつもりなのであろうか。管領殿との和睦はいつなさるのだ? まさか、このまま見限るつもりではあるまいな?


 かような場に兄上が来なかったことこそ三好家にとっては失態と言えよう。相模の北条家すら当主が来ておるというのに。


 兄上から任された大役、わしは果たせるのであろうか。いかにしても三好家ここにあり、犬馬けんばろう相応ふさわしからざるは是非もなし。忠孝のこころざしとおときにと示さねば帰るに帰れぬわ。




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