第1344話・第二回文化祭・その二
Side:久遠一馬
今年も工業村の限定公開を実施している。これも評判が良かったんだよね。新しい試みとしては病院の医師と看護師の皆さんが応急処置の講習もしていた。
那古野全体がお祭りのような様子なので、病院でも新しい試みにチャレンジしたみたいだ。
大人気だったのは去年と同じ剣術の集団演技だ。より洗練されたなと分かる出来で、授業の一環として取り入れているらしい。
文化祭の成果としては遠方から学校に通わせる人が増えた。嫡男は手元で親が育てるという形が多いものの、次男や三男を試しにと通わせる武士が増えたんだ。費用が掛からないというのも大きいのかもしれない。
「なんと学ぶと飯が食えるのか!」
「まさに仏のような行いじゃの」
公家衆が大きな反応を見せたのは給食だった。学問の価値を理解しているからだろう。無料で学ぶことが出来て飯も食えるのかと驚いている。
「多くの民が学問を学べるようにとの苦肉の策ですよ。それに当家では食もまた学問のひとつですので」
何故だという疑問が出るので説明をする。正直、理由はいろいろとある。現状では人を育てるのに食事や食育が必要だということが、オレたちの考えだ。
「食うことが学問か?」
「はい、明や天竺では料理も違いますし、また食べるものも違います。一例をあげると明の皇帝などは牛や豚や鶏も食します。何故、国や住むところにより食べるものが違うのか。また食べるもので人はいかに変わるのか。それを考えるのが私たちのしていることでございます」
さすがに親王殿下も理解に苦しむのか、問われたので医食同源についても説明しておく。もともと薬として食べるという習慣もあるので理解はしてくれるだろう。
ついでに肉食禁止などの食の制約、今のうちに疑問を呈しておきたい。この時代だと朝廷の権威低下もあって、あってないような感じだけどね。史実の江戸時代のようにあとで厳格化されても困るし。
しかし、この時代だとほんと明の名前って強いね。明でやっているというとあからさまな反発がない。
「子どもの頃に食べるものにより、人の背丈が伸び、体が大きくなるようなんです」
ついでに武士も興味を示すような話を少し教えておくが、これには同行している他家の武士も驚きの顔を見せた。強靭な兵を揃える。この時代だと重要なことだからね。
「そういえばそなたの本領の者は皆、背丈が高いな」
「……確かに」
いち早く気づいたのは義輝さんだ。近衛さんも言われてみればとハッとしている。
「食べるものにも困る世ですしね。そう容易いことではありません。ただ、尾張では多くの食べ物を得るべく、米や雑穀の育て方を変えるなりしておりますよ」
現状だとそこまで変えられていない。とはいえ魚肥にしようとしたイワシを食べる領民が増えたし、もやしや二十日大根は冬季間の貴重な栄養源として尾張・美濃・三河などで広まっている。
「なるほど、あの尾張大根もそのひとつか」
「はい、あれは尾張で見つけこちらで育てたものになります。近年では一番うまくいきましたね」
北畠晴具さんが、納得をしたような顔で大根のことを切り出してくれた。絶妙なタイミングだ。実際、近年で一番成功したのは嘘じゃない。なにより畑が空くことが多い冬場に育てられる作物として優秀だ。
「ああ、あの漬物の大根か。あれも美味かったの」
先日出した魚のフライのタルタルソースには自家製のたくあんが入っていた。さらに朝食などで何度かお出ししたので、皆さんも納得のようだ。
子供たちや領民が教室で給食を食べるのを見ながらの説明だったけど、少しは理解してくれただろうか。
今までの常識を一変させる必要なんてない。ちょっとした日常の疑問を考えるのが学問だと思うし。
願わくは、乱世を生き抜く英傑の知恵を生きることにも使ってほしいと思うね。
Side:織田信長
親王殿下と公家衆、それと他国の者らを前に、異を挟ませぬかずの話にオレも聞き入ってしまうわ。今川や武田や朝倉ばかりではない。友誼がある北条も北畠も六角もかずの言葉にのまれておる。
オレは知っておる。かずが必ずしも他者に教えを説くことが上手くなかったということを。エルがおれば任せてしまうからな。
それが、かように並み居る者らを説き伏せてしまうとは。
追いつけぬ。親父の下で政を学び、ようやく背中が見えてきたかと思うたというのに。かずはさらに前におる。
そなたは理解しておるのか? その気になれば己で日ノ本を変えることが出来るほどの力があることを。
親父や守護様は、なによりもかずを守ることを考えておる。新たな世を築く天命があるからとな。にもかかわらずそなたは決して自ら上に立とうとはせぬ。
織田と斯波はかずを守るのが天命かもしれぬな。
「世は広いのだな。見てみたいものよ」
世を見たい。かずと話すと皆が思うことだ。されど親王殿下まで同じとは……。
「いずれ帝や殿下が、日ノ本の津々浦々まで
「ふふふ、それはよいの」
近衛公ら公家衆ばかりか周囲の者が皆、驚き唖然とした顔をした。さようなことがありえるのか? オレでさえ親王殿下を相手に戯言かと生きた心地がせぬ。
ただ、親王殿下はそんな一馬の言葉にまことに嬉しそうにお喜びになられた。
かず、そなたはいずこまで行く気だ? 親父ではない。そなたが仏となり日ノ本を照らすつもりか?
ふと武田や今川の者が、恐ろしいものを見るかの如くかずを見ておることに気づいた。
手出しはさせぬぞ。決してな。
それと、今川氏真。かの者は相も変わらず涼しげな顔だ。あの者も気を付けねばなるまい。恐れるでもなく驚くでもなく涼しげとは。さすがは名門今川の跡取りということか。
オレはかずではないからな。オレに出来ることをする。
皆、それぞれ己の信じる道を生きる。それがかずらの強みだ。
オレは武士として、織田家の跡取りとして生きるのみだ。
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