第1343話・第二回文化祭

Side:久遠一馬


 秋も深まり、尾張では冬支度が進んでいる。


 第二回文化祭。これは学校と地域の交流を目的に始めたんだけどなぁ。まさか親王殿下がおいでになるとは。


 実は文化祭への訪問は当初の予定にはなかった。決まったのは尾張に来て学校を訪問されてからだ。去年始まったことで近衛さんも知らなかったイベントだしね。ただ、親王殿下が見たいと仰せになったらしい。


 学校ではそれに合わせて、最低限の礼儀作法と受け答えなどの問答を練習していたようだ。基本、直答を求められることはないはずだけど、今までも殿下次第で何度かあった。


 津島では絵師の皆さんに声を掛けていたからね。留吉君が物凄い緊張していて親王殿下もあとで少し苦笑いを浮かべていたけど。


 夜の宴で聞いた話だけど、ああいう反応自体が珍しいそうだ。みんな相応の礼儀作法を心掛けた態度になるようで、声を出せないほど緊張したのは初めてご覧になったらしい。


 こうした隔絶した価値観が顔を出すと、いろいろと考えさせられる。今回は珍しいで済んだけど。ただ、こちらは望んで会わせているわけではない。身分と礼儀作法がない者と会わないというなら構わないと思う。


 長い目で見るなら、望まぬ者に会うのを強制するのは止めさせたほうがいいのかもしれない。


 さて、第二回文化祭。これも試行錯誤をしているので昨年との違いがいろいろとある。


 まずは関わる人が圧倒的に増えた。那古野の人たちはもちろんだけど、熱田・津島の両神社の神職も教師役として講義をしているので、彼らを筆頭に領内の寺社も協力してくれたんだ。


 各地で寺子屋として学校の分校の役割を果たしている寺社は、率先して参加をしたいと望んだところもある。大きな利益になるわけじゃないんだけどね。この時代の人は、こういう祭りを大切に考えているようなんだ。


 あと一部の商人が費用や物品を提供してくれた。武芸大会と違って宣伝すると言っていないんだけどね。ウチとか織田家との関係を深める目的でもあるんだろう。


 もちろん提供者はきちんと名前を公示することにした。予期せぬ親王殿下の訪問で文化祭も箔が付くので、喜んでくれるだろう。


「身分を問わず学問や武芸を教えるとは……」


 前回の親王殿下の学校視察には同行していなかった他家の皆さんは驚いている。特に驚きが顔に出ているのは武田義信さんか。学問も武芸も基本的に限られた人のためのもので、広く民に普及させるという考えがないんだよね。この時代だと。


「留吉のような絵師が生まれるのであろう。よいではないか」


 まるで見知らぬところに来たように振る舞う義輝さん。大丈夫だろうか。学校だと顔見知りが多いんだけど。まあ、いくら似ていても周りに多くの武士がいる将軍様に声を掛ける人はいないだろうけど。


「あの者の絵は見事よの」


 義輝さんとか公家衆に名前も顔も覚えられた。すっかり有名人になったなぁ。留吉君。オレが親代わりとなっているので、なにかあればオレを通してもらうようにしている。正直、後ろ盾がない者は危ないと関東から来た絵師の雪村さんにも助言をされている。


 これ以上騒ぎになるようなら、明確に猶子にすることも検討する。まあ義統さんとか義信君も気にかけてくれているので大丈夫だと思うけど。


 それと余談だが、今回の行啓で一番存在感を示しているのは義輝さんかもしれない。数年に渡る病に危ないのでは、とかいう噂も流れていた。それを健在だと示したのは今後に影響するほど大きなことだろう。


 公家衆や尾張を中心にした諸勢力との顔合わせも、義輝さんにとって大きなプラスになるはずだ。


 割を食うのは細川晴元かな。完全に史実と違う動きになっているので、どうなるか読めないけど。


 今年もいろいろと見どころはある。親王殿下にはゆっくりご覧になっていただこうか。




Side:武田信繁


 太郎はあれ以来、尾張めの家臣と話す場を設けておる。特に真田か。あの者は兄上が見どころがあるからと新参にもかかわらず尾張に赴く西保三郎に付けた者だ。よういろいろと話をしてくれておる。


 この学校とやらは西保三郎から話として聞いてはおったが、いざ来てみると驚くばかりだ。子を教え導くのは親の務め。それを織田は武士のみならず民まで自ら教え導く気か。


「なんとよい顔をしておるのだ」


 学校を見て回るうち、子らが蹴鞠を披露するというので見ておると、初めて見るほど楽しげに蹴鞠をする西保三郎がおった。太郎もそんな弟の顔に驚いたようだ。


 大人しく武士としては物足りぬとさえ思うた西保三郎が、遥か尾張の地でかように笑い蹴鞠をするとは……。


 飯富兵部の言い分も分かる。あれ以来なにも言わなくなったが、尾張の真似事をしたとて甲斐では上手くいくまい。されど、強者との付き合いは相手に合わせるしかないだろうに。我らは弱者なのだからな。


「西保三郎殿はよく学んでおりますよ。明の言葉もだいぶ覚えてきたようですし」


 内匠助殿の言葉に背筋がすっと冷たくなる気がした。この男の機嫌を損ねると寺社とて許されぬのだと噂がある。頼る者には親身になり、弱き者にも慈悲を示す。されど、道理を守らぬ者や卑劣な者は決して許さぬのだとか。


 武田は許されるのであろうか? 危ういと思わざるを得ぬ。




Side:朝倉義景


 楽しげに蹴鞠をご覧になる親王殿下に我が身の危うさを思い知らされる。尾張と戦をするなど、天に弓引くようなものではないのか?


 朝廷は武家の争いに口を挟まぬ。されど面白うないこともあろう。現に周防の陶などは今も許されることなく忌み嫌われておると聞く。当然よな、銭欲しさに明主めいしゅと公卿を、しいしたのだ。


 仮に戦で勝っていかがするのだ? この国をわしは治められるのか? 越前とまったく違うこの国を、久遠殿の助力抜きにして治められるのか?


 ただ、斯波と織田とのことは難しい。越前を奪った謀叛人。斯波家から見るとそれは変わるまい。


 さらに連れてきた者らですら、尾張の恐ろしさを理解しておらぬ者が幾人もおるというのに。越前から出ることもせぬ者らが理解するのは無理であろう。


 武士は土地を治める者にあらず。国を治める者となるか。今川の寿桂尼殿もあまり顔色が良うない。かような国と因縁があったなど運が悪いとしか思えぬからな。


 留吉というたか。あの若き絵師。見事な絵を描いておるというのに、孤児であったとか。久遠殿の家臣でなくば越前に招きたいと思うほどよ。この学校では、身分により埋もれるはずの才ある者を探しておるのではないのか?


 そうだ。甲賀の土豪であったという滝川と望月。尾張でもあまり目立たなかったという太田。皆、久遠殿により才を見出された者らではないのか?


 蹴鞠が終わると学校内を見て歩くが、ふと真柄の悪童が子らに囲まれておる姿が見えた。尾張では武芸大会のこともあり、顔も知れて評判になっておると聞いてはおったが。


 あの男と尾張との誼は大切にせねばならんな。あと久遠殿には帰る前に宗滴のことを頼んでおかねばならん。わしが口を出すことではないが、これを機に久遠殿と誼を築くべきだ。


 己の名を残すばかりか、才ある者を育て残すなど恐ろしい。



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