第1341話・熱田にて

Side:久遠一馬


 武芸大会、今年は幾つか改善したが、そのひとつが文化技術分野の展示日数の延長だった。もともと要望はあったことなんだけど、今年は親王殿下がご覧になるためもあって大会後五日ほど延長している。


 そんなわけで今日は親王殿下のお供として熱田神社に来ている。ここは親王殿下から要望があったところでもある。毎年、帝から和歌を頂いて展示していることもあり、実際どんな様子なのかご覧になりたかったらしい。


 熱田は武芸大会の観客がそのままこちらに流れてきたようで、領民や旅人で大賑わいだった。これでも近年は町の拡大に伴う区画整理で道幅とか広げているんだけどね。それでも狭く感じるほどの賑わいだ。


 この人たちが落とすお金もまた馬鹿に出来ない。


 熱田での出迎えは、もちろん熱田神社の大宮司の千秋さんだ。ただ、物凄く緊張しているね。長い歴史を持つ熱田神社でも稀有けうなことだからなぁ。


 お迎えする準備は織田家もウチも協力した。今夜は親王殿下にはここでお泊り頂くので、仮の御座所として整えてもあるんだ。


 千秋さんたち熱田神社の皆さんも喜んでいたなぁ。守護使不入の廃止や寺領の整理などでだいぶ無理を言ったから、オレたちも喜んでもらえて嬉しい。


「おお……」


 熱田神社では和歌を見るために多くの人が行列を作っていた。その光景に公家衆がどよめいた。行列で待つという習慣ないんだよね。尾張以外だと。身分や地位、職業で上下関係があるので、相応に扱わないと不満が出る。


 尾張だとこの習慣が出来たのは、実は義統さんのおかげだ。ウチの屋台に初めて来たときに面白いと並んだことで、守護様も並ぶのだからと誰も文句を言えなくなった。


 来賓はさすがに別扱いだけど、国人や僧などは領民と同じくしても苦情が出ない程度には馴染んでいる。あと熱田神社だと、時間を区切って配慮する人を優先して入れるとか工夫をしているらしいけど、平等という概念がないので問題にはなっていない。


「民が和歌をかように見に来るとは……、山口を思い出すの」


 驚いたのは三条さんだ。どうも武田家に苦言を述べたようだと、近衛さんが教えてくれた。武田家の態度が変わったのはそのせいらしい。


 オレも信秀さんの引き立てで、尾張では武勇があるほうになるけど、宴は武勇というより社交性とか知性を見せるべきだと思うし、苦言を言いたいのも分かる。


「惜しいことをしたの。もう少し生き永らえておれば……」


 公家衆の中には三条さんたち周防で助けた人たちがいる。彼らは熱田神社と和歌を求める人たちの姿に周防の山口を思い出したようで少ししんみりとしていた。


 学校・病院・工業村に運動公園など、尾張には他国にはない施設が多い。だけどやっぱり寺社がちゃんとしていることが、安心感にも繋がるようだ。


 地域の中心は未だ寺社であり、インフラも文化も伝統も寺社が深く関わっているからね。


「本日は新しい茶を用意しております」


 しばし貸し切り状態で和歌をご覧いただいた皆さんに、休憩として茶席を用意した。


「ほう、これもまた澄んだ茶よの。しかも香りも良い」


 緊張気味の千秋さんが、お茶を淹れる。煎茶を今日は用意したんだ。


 正式なお披露目としてこれ以上の場はないだろう。信秀さんたちには何度か振る舞っているし、ウチでは飲んでいるお茶なんだけどね。


 作法とかは茶の湯とは違うものになる。最小限の礼節のみであり、茶人を変に立てることもない。申し訳ないが、畿内の作法を必要以上に持ち上げる気はない。


「……よい茶であるな」


 親王殿下の反応を皆さんと一緒に待っていると、落ち着いた様子で一言頂いた。


 茶菓子はカステラになる。これは織田家の評定で真面目に議論した結果だ。いい歳した身分もある大人たちだけど、真剣に煎茶を味わい、茶菓子を相談したんだよね。武士のイメージとは違うが、皆さん真剣だった。


 尾張では血生臭い戦の話より、こういう話し合いのほうが最近は増えたね。


「このカステラという菓子も品があってよいの。尾張でしか食えぬのが口惜しいわ」


 羊羹は日持ちするから献上品として送れるけど、カステラは無理だからなぁ。公家衆が残念そうにしているけど、現状だといろいろと難しいものがある。


「千秋殿は新しき茶に通じておるのか?」


 ふと煎茶を淹れている千秋さんに声をかけたのは二条さんだった。


「この日のために習うておりました。実は尾張で一番は内匠助殿の奥方である桔梗殿でございます」


 千秋さんも義理堅い人だなぁ。自分の手柄にしてもいいのに。今日のためにとシンディに習い、頑張って練習していたのに。武芸大会以外だと、基本、この時代の流儀で女性を出さない方向で準備は進めていたからね。


 シンディ自身も美味しいお茶を広めたいという意思はあるが、自分が名前と顔を売りたいというわけではないし。


「そなたの妻はまことに多才よの」


 親王殿下が少し驚かれた顔をしている。ジュリアたちは大会の宴で一緒だったし、エルも観覧席にて少し見えたはず。とはいえこんな場で出すお茶を淹れる人に一番と言われると驚くんだろうね。


 熱田神社の景色も秋の紅葉になっている。そんな中で煎茶とカステラでのんびりとする。こういう時間もいいなと思う。


 武家側で場慣れしているのは、やはり朝倉義景さんとか今川氏真さんと寿桂尼さんか。ちょっとどうしていいか分からないというか、迷いが見えるのは武田義信さんだ。


 彼は今まで信じていた価値観から急に場に合わせようとしているからね。どうしてもぎこちなさはある。無論、努力が見えるのでそれを表立って笑う人はいない。血縁がある三条さんを笑うようなものだからね。


 小笠原さん。彼は先日までと変わらない。すっきりした顔をしてもいないし、ざまあみろという顔もしていない。当然だけどね。


 遠くから熱田の町の喧騒と和歌を見たいと並ぶ人の賑わいが聞こえる。


 親王殿下がお茶をお代わりしたので、千秋さんが再び真剣な面持ちで淹れ始めた。どうやら気に入ってくれたようでなによりだ。


 一休みしたら熱田神社と町を散策される予定になっている。こういう機会でもないと散歩も出来なくなるとか、ほんとうに心が痛む。


 伝統は大切だし、守らないといけない。そう簡単な時代じゃないのも理解している。とはいえ、もう少しなんとかならないのかと思ってしまう。


 まあ、オレがあまり首を突っ込んでもいいことないし、当面は出来る協力をするしかないんだけどね。







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