第1338話・武芸大会の終わりと……
Side:久遠一馬
結局、ジュリアは身体能力以外は本気だったな。公家衆や武田・今川・朝倉・小笠原さんたちの唖然とした顔が見られた。
総論というわけではないけど、武芸大会は流派に問わず鍛錬をしている織田勢が有利なのは変わらない。愛洲さんは具教さんの許可の下で尾張でも教えているからね。環境が平等だった。
奥平さんや吉岡さんも腕前を上げている。巡り合わせや条件次第では勝てるだろうと塚原さんが言っていた。
実戦の強さと試合の強さは微妙な違いがあるのかもしれない。でもね。こうして試行錯誤をしながら武芸を盛り上げていければいいと思う。
「いや、清々したわ。これで師を衰えたなどと陰口を叩く者も減るであろう」
具教さんはご機嫌だ。愛洲さんの優勝とジュリアとの勝負が満足いくものだったらしい。塚原さんが女に負けたということで馬鹿にするような噂もあるんだよね。
ジュリアのみならずセレスたちが引っ張り出された原因でもある。あとは三河衆や伊勢衆は春と夏の出場を望んでいた。自分たちが負けた相手が評価されることで負けたことが恥ではないと世に示したいところもあるようだ。
愛洲さんの優勝で北畠家は織田家に対して面目が立った。同時に織田家はジュリアが勝ったことでこちらも面目を維持した。そんなところだろうか。
あと公家衆が見ていて面白いと評判だったのは、野戦築城・模擬戦・荷駄輸送の団体競技だったな。これは親王殿下も楽しまれていた。親王殿下は戦をご覧になったことなどあるはずがなく、聞いてはいても見たことがないものだったようだ。
戦を知っている近衛さんが、団体競技を見ながら殿下にいろいろとお教えしていたのが印象深い。
「いい夜だねぇ」
ジュリアたちがやってきた。
すでに日が暮れている。今日の宴は再び中庭で行うことになっていて、ジュリアたち模範戦の演者と武芸大会本選出場者も初めて親王殿下と同じ宴に同席を許されたんだ。
女性はウチ以外では大島さんの奥方だけだけど。
今夜のメインはカレーだ。一応、天竺料理を基にした料理だと言ってあるが、味はだいぶ日本向けになっている。元の世界でもインドのカレーと日本のカレーライスは別物だなんて意見もあったが、そんな感じだ。
あとはカレーにも合うようにとアジ・イカ・牡蛎などの魚介のフライと、洋風海鮮スープやさっぱりとしたモヤシとキノコのサラダなんかもある。小鉢のおかずは多めにしてあり、全体としては元の世界の洋食屋メニューになるだろう。
「もう少しかな」
寒いこの季節に野外で宴にした理由は、親王殿下に花火をご覧いただくためだ。夏と同じ五百発の花火を用意してある。武芸大会は初回に数発の花火を上げたことはあるが、夏と同じ規模は初めてになる。
親王殿下にゆっくりとご覧いただくためだ。
無論、領内に事前告知はしている。おかげで清洲近辺では集まった人で大賑わいだ。
「お腹がすいたのでござる」
馬上槍武門の模範演技をしたすずは、宴というよりもご馳走に目が行っているようだ。武芸大会では佐々兄弟もいいところまで行っていたし、警備兵からの出場者も多かったんだ。
あと大会に出場していないエルたちは、同じく清洲城で女衆の花火見物とか屋敷で花火見物に参加しているだろう。運動公園は今頃そのまま競技場内まで花火見物の会場になっているはずだ。
今夜は火鉢も配られていて、じっとしていると火に当たっていないと寒い。やはり花火は夏がいいなと思う。
ある程度食べるまではみんな、席について食事をしている。
ちなみに今日は椅子とテーブルでの食事だ。野外だし、お膳だとね。親王殿下と公家衆は先日の屋台の時も椅子とテーブルがあったので初めてではない。とはいえこうして大人しく座って野外で食事というのも、なかなかないようで楽しまれているようだ。
ああ、サクッとした歯触りのアジフライ美味しいなぁ。タルタルソースもいい。おっ、親王殿下も一口で驚き側近になにか囁いているね。
この時代だとこういう料理、なかなかないからなぁ。
そんな楽しげな宴が一瞬で静まり返った。
花火が上がったからだ。
Side:近衛稙家
「ああっ……」
夜空に咲いた花火に親王殿下が驚き見入っておられる。こればかりは代わるものがないと吾も思う。まことに人の技なのか、実は神仏のお力ではないのかとすら思うほどよ。
一番呆けておるのは武田の者らか。今川の嫡男も初めてのはずだが、それほど変わらぬ。駿河におる公家衆に鍛えられておるとみえる。
「これは、まことに人の技なのか?」
「はっ、左様にございます」
殿下に問われた武衛もまたわずかに困った顔をした。鉄砲や大砲に通じる技と言われてもにわかには信じられまい。殿下も線香花火は以前ご覧になられたことがあるのだが。
「戦に使う玉薬もかような雅なものに変わる。久遠の知恵とはさようなものでございまする」
この花火を見せるだけで久遠の力が分かる。とはいえ武衛とすると内匠助を守らねばならん立場だ。苦心もしておろう。あの男、立身出世に興味がない故にな。
公家衆の中にはあのような形で主上に拝謁したことに鑑みて、内匠助を殿上出来る地位に上げてはという意見もあった。主上のたっての願いということもあるが、あのような異例なことをされるよりは、官位をやったほうが誰にとっても良いのではというのは道理ではある。それだけの尊皇の意思を示しておるしの。
然れど、内匠助はそれを望んでおらん。己が疑われぬだけの官位でよいと考えておる節がある。吾もあの男の考えることは今一つ分からぬのではっきりとは言えんが。
それに今巴といい大智といい。女といえど武芸や学徳を積めば、男以上になる者もおるということか。吾らも習うところは習うべきであろうか。
本来、学徳を積む事は吾らもしておったこと。多少、新しき知恵や手段を入れることは決して
まてよ。図書寮はそれも見越したことか? 内匠助はいずれ日ノ本をまとめた先の吾らのことも考えておるということか?
まことだとすると、なんとも恐ろしい男よ。奪い従えるのではない。あらゆる者を変えることで味方としてしまうのだ。あの男は。
考えてみればこの武芸大会とやらも噂とは違うものであったな。武芸を見世物にしておるなどと聞き及んでおったが、こうして直に見てみると戦がない尾張で武芸を鍛えておるのが分かる。
戦がなくとも武芸に励み、武門の生きる道を示しておるのではあるまいか?
「左様か。よき知恵であるな」
少し考えこんでおる間に、親王殿下は一言お答えになると、そのまま静かに夜空をご覧になられておわす。
尾張に行啓をされてよかったと思う。
天竺料理を召し上がられ、花火をご覧になる。こればかりはいかに権威があろうと容易く得られぬものなのだ。
親王殿下の楽しげなお顔を拝することが出来たのだ。今宵はそれでよいか。
後のことはまたいずれ考えるとしようかの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます