第1336話・第七回武芸大会・その六
Side:久遠一馬
三日目、武芸大会も最終日だ。各部門では続々と優勝者が決まっている。
「銀の髪をした女?」
弓部門では今年は太田さんが勝った。こちらは大島さんと接戦だったが、僅差で勝ったようだ。そこに道着を着たセレスが出ていくと公家衆の一部や親王殿下が驚きの顔をされた。
なにをしに来たんだという疑問はもっともだろう。セレスも正直、このデモンストレーションはあまり乗り気じゃなかった。
去年はジュリアが産休だったこともあって代理のつもりで出たんだ。そもそもセレスって武芸が好きなわけじゃないんだよねぇ。
説得は武闘派がしたらしい。武芸に秀でた者が出ないと大会の意味がなくなると。大会に夢を見て努力している人たちは多い。そんな人たちのために出たんだろう。
「内匠助の妻でございます。昨年は継ぎ矢を披露しております。今年はなにを見せてくれるのやら」
「継ぎ矢だと!?」
義統さんが説明をすると、ひと際大きな反応をしたのは小笠原さんだった。そういや、弓術の人だっけ。
武田、今川の家臣なども驚いている。氏康さんはそこまで驚いてないね。関東でジュリアが名を上げたからか。朝倉義景さんは驚いているほうだ。
ただ、ここで会場には丸い的ではなく、人の形をしたかかしが運ばれてくる。今年はかかしを射るのか? 実はオレも詳しいこと聞いてないんだよね。
置かれたのは五体のかかしだ。結構な距離がある。
「おおっ……」
「なんと……」
小笠原さんや日置流の弓術の吉田さんが思わず声を挙げた。セレスは早射ちでかかしの頭と胸を次々と正確に射っていったんだ。
今年は実戦的な技を見せるのか。
その正確性と速さに、親王殿下と公家衆が驚き言葉を失っているようにも見える。前代未聞のことなので反応に困っているのかもしれないけど。
特に小笠原さんの顔色があまり良くない。言い方が悪いかもしれないけど、用兵が得意ではなく、小笠原流弓馬術礼法の宗家であることに誇りを持っている人のようだからなぁ。
実際、弓と馬の扱いに長けているという情報がある。ただ、まあ。どこまで実戦的なものか、また実力があるのかは分からないんだよね。忍び衆が調査したけど、実際に弓で戦うところは見られていないし。
会場は一段と盛り上がり、そのまま競技は続く。
続いて流鏑馬になるが、勝者は大島さんだった。もともと流鏑馬はしていないと言っていた人だけど、武芸大会の種目になったから訓練したと前に話した時に教えてくれた。
大島さん、最近だと学校と武官学校で弓を教えているんだよね。これはオレが頼んだら引き受けてくれた。今でも鍛錬を怠っていない人だ。
「まさか……」
大島さんの弓の実力に落ち込み気味の小笠原さんの目にも見えたんだろう。馬に乗った夏が出てきた姿が。顔色がさらに悪くなりそうだ。
そう、セレスだけじゃないんだよね。夏も引っ張り出された。三河や伊勢で剛弓を使ったところを見ていた人が熱心に説得したと聞いている。性格的にはあまり出たがりじゃないんだけど。
こちらは優勝者である大島さんと競う競技形式のようだ。だけど両者ともにミスをしないので、パーフェクトで勝負がつかない。
どうするんだと少しざわめいたが、延長は行わないようだ。模範演技のような扱いだからなぁ。去年セレスがそうしたことで、それがいいと思ったんだろう。大島さんは結構な競技をして疲労もあるだろうしね。
その後、馬上槍ではすずが、鉄砲では春がデモンストレーションというか模範演技をした。
Side:小笠原長時
震えがくる。弓がいかに難しきことかはわしがよう分かっておる。しかも親王殿下や公方様の御前であそこまでやれるなど。恐ろしいとしか思えぬ。
わしでは女が相手ですら勝てぬのか? しかも継ぎ矢だと? あのような技は狙ってやれるものではない。それを一度で成したというのか?
誓紙破りの武田も、信濃を己が領地とせんと企てておる今川も、さすがに驚いておるわ。さらに武田など宴の席で皆の気分を害するほど愚かな様子であったのだが、何故か昨夜から態度を一変させておる。
力があれば武田も今川もかように大人しゅうなるのだな。
「内匠助、そなたの家は弓もようやるのか?」
「ええ、武芸は一通りしますね。特に弓は船でも役立ちますから。私はあまり上手くはありませんが」
驚いた公家が内匠助殿に問うておるのが見える。
それもそうだな。氏素性が定かでないとはいえ、銭と船だけで立身出世が出来るほど世は甘くはない。学徳を積み、武芸を鍛える。当然のことといえば当然か。
武田と今川にだけは、信濃守護はなにがあってもやらぬ。いっそ武衛殿に信濃守護を譲るか? 礼儀も知らぬ山猿や人の弱みに付け込む外道に奪われるよりは……。
美濃・三河と隣国はすでに織田の地となっておる。姉小路殿や京極殿を見ると、少なくともあとから毒を盛られて殺される懸念はあるまい。飼い殺しどころか名を上げる場を与えられておるのだ。
なにより武田と今川が一番恐れておるのは、それではないのか?
信濃衆はいずれの者もわしの境遇に怒ることもなく、己が家のことだけしか考えぬ。いっそ、皆所領と城を織田に奪われてしまえばいいのではあるまいか?
「新しい武器も戦には必要ですけどね。武芸もまた大切ですよ。日ノ本の外は敵となる相手が多いですから」
涼しげな顔をして恐ろしいことを語る男よ。わしは戦下手で用兵も武田や今川には勝てぬ。されど、負けておればこそ見える人の本性というものがある。
守護の役職も家柄も血筋も、戦に負けると役に立たぬ。忠義面した者が敵に内通しておったなどようあること。
あの男は、何故、かような世で立身出世が出来るのであろうか?
何故、忠義ある家臣を揃えて、奥方まで学徳や武芸を積めるのだ?
「いずこも恐ろしき世であるか」
今は好機なのではないのか? 今川は例年にない戦にすると信濃の国人にも動員をかけておる。武田もまた同じく出来うる限りの兵を挙げよう。
いずれが勝っても信濃は武衛殿と織田にくれてやれば、奴らが信濃から得るものはなくなる。
この豊かな国と隣接して怯え苦しみながら後悔するといい。
そうだ。それならばわしが戦に勝てずとも一矢報いることが出来るではないか。
渡さぬ。武田と今川だけには。決して信濃は渡さぬ。
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