第1333話・第七回武芸大会・その五

Side:京極高吉


 ふと先代の大御所様を思い出してしまった。細川に振り回され続け、近江で身罷られたこと、さぞやご無念であったと思う。


 親王殿下を筆頭に公家衆や近隣の守護を集めたこの場におられる上様をご覧になれば、大御所様はいかに思われるであろうか。


 歴代の将軍でも畿内の外への親王殿下の行啓を成した御方はおられぬ。たとえこの場が上様の御威光とは違う理由で成したことであっても、上様の治世であることに変わりはない。


 いや、上様はそれを承知で出て参られたのだ。わしにはそれが分かる。


「おおっ、なんと豪快な太刀筋だ」


 越前の真柄が現れると上様と公家衆が沸いた。華のある男だ。自らの武を披露するように木刀を振ると、民も喜び沸いておるわ。


 なんと楽しげなお顔をされるものだ。身分を隠し、名を変えて密かにご覧になったこともあるはずが、まるで初めてご覧になられたように見える。


「これだけの祭りだ。いろいろと苦労もあろう?」


「ええまあ。ただ、皆で力を合わせると出来ることでございます」


 内匠助殿には公家衆からあれこれと問いかけがある。なにをやらせても卒なくこなす男という評判の通りだが、さすがに返答に窮する時もある。大殿は素直すぎるのが欠点だとこぼしておられたと聞くが、その通りであろう。


 時折助けを出してやらねば、失言や要らぬことまで言いそうになる。まあ、当然だ。生まれながらに公家として育てられた者らが相手では、わしとて困る時があるのだ。


 あの若さで、よく公家を相手に言質を取られずにやれるものだと感心するわ。危ういと思うがな。ひとつ間違うと公家衆が敵より面倒な強請ゆすたかりのたぐいになる。


 内匠助殿には上様に取り次いでもらった借りがある。助けてやらねばなるまい。要らぬ恥をかかせても誰も得をせぬのだ。


 今の尾張の要となる男に傷をつけてはならぬ。




 しかし飛騨も厄介な地であるのだな。わしが知ったのは尾張に来てからであるが。


 三木の倅は悪うない。武辺者かと案じておったが、さようなこともなく世の動きを分かる男だった。面倒なのは江馬と内ヶ島か。


 親王殿下が行啓されるということで斎藤殿が江馬を、東殿が内ヶ島を連れてきたが、あまり歓迎されることもなく捨て置かれておる。


 織田の怖いところよな。家中では食えぬ領地など要らぬと平然と嘯く者が多い。従えと一言でも口にすれば面目が立つものを、それを好まぬ。


 江馬など織田と比べて領地での暮らしが目に見えて変わり荒れておるらしく、わしにまで助けてほしいと泣きついてきおったほどだというのに。


 姉小路殿と斎藤殿に相談して、親王殿下が都に戻られたら大殿に臣従をさせてはいかがかと進言するつもりだ。


 内ヶ島は一向宗の領地の如く深い繋がりがあり、いかにしたいのか分からぬが。江馬はこのままでは領地を治めていけぬというのだ。致し方あるまい。




Side:久遠一馬


 武芸大会も進むと注目の試合も見られるようになる。今年も武芸大会くじはやっているので、それで盛り上がるというのもある。親王殿下に武芸大会くじを問われた時には、返答に困ったけどね。


 今年は前田利家君と丹羽長秀君が槍で本選に勝ち上がってきた。利家君は来賓席にアピールするように試合前に槍を振り回していたね。ただ、相手が本多忠勝の父親になる忠高さんだったこともあり、惜しくも負けている。


 長秀君は可成さんと対戦だった。こちらも常連組で若い長秀君には荷が重かったのか負けた。


 驚いたのは弓の部門で女性が予選から勝ち上がってきたことだ。誰かと思ったら大島さんの奥方だったけどね。正確性を競う弓の場合は女性も勝ち残れるのかもしれない。


 綱引きとか玉入れとか、領民部門では女性や子供だけに限定した部門を一昨年からやっていて好評だ。武術でも女性限定の競技、考えてもいい頃合いなのかもしれない。


 ああ、貴賓席での武芸の解説は主に塚原さんがしてくれている。正直、オレだとよく分からないし。例年だとジュリア辺りがしていたんだけどね。さすがにあまり目立つ気がないのか、今年は女衆のほうで解説をしているくらいだ。


 試合を見ながらも合間にはお酒を注ぐために人は動くし、世間話をしたりしている。内容はいろいろだ。ほんとうの世間話から、くだらない冗談のようなものまで。そんなゆるい雰囲気の場で、時折り刺すようなさぐりが飛んでくる。こんなところが政争を潜り抜けてきた人達の凄みなんだね。


 周防の陶が安芸の毛利と争いになっているとか、丹波では管領細川晴元派と丹波守護に任じられた細川氏綱派が争っているとか。そんな話もあったね。


 あっ、武田の皆さんを見て、三条公頼さんが少し疲れた顔をした気がする。


 武田一行の皆さんは本当に行儀がいい。動かないし笑わないし。静かに観戦しているんだ。ただ、西保三郎君はどうも学校での観戦に参加しているみたいでいないね。尾張駐在の武田家家臣はいるんだけど、普段と違い笑うこともない。


 あそこの一角だけ見ていると立派に見えるんだけど、和やかな祭りなんだから空気読めよという視線が少し公家衆からはあるようだ。


 今川の氏真君どころか、小笠原長時さんとか朝倉義景さんとか北条氏康さんも和やかな様子で他の皆さんと交流しているからなぁ。


 大湊の会合衆、彼らは身分が違い過ぎて困っているようだから、今日は湊屋さんが同席している。これはオレの配慮が足りなかったかもしれないと反省していることだ。ほかの人と繋げる人が必要だからね。


 ウチの家臣として湊屋さんはそこそこ有名だ。公家衆が相手では困るだろうが、武士なら上手く橋渡し出来るはずだ。


 それと無量寿院のトップに返り咲く予定の堯慧ぎょうえさんとか、願証寺の証恵さんや伊勢神宮の神官もいる。高田派の堯慧さんと本願寺派の証恵さん、挨拶を交わして以降は特に話はしていないようだけど、場の空気を悪くすることもない。


 こうしてみると宗教関係者は知識層なだけに空気が読めるんだなと感心する。こちらは普通に笑ったりして楽しんでいて、特に問題もない。


 武田、行儀が良すぎるんだよなぁ。尾張駐在の家臣は理解しているはずだ。織田家の行事に参加すると普通に楽しんでいるから。ところが本国から来た人たちが理解していないっぽいね。


 信繁さんが複雑そうな顔をしている時もある。ただ、今回だと嫡男の義信さんのほうが立場は上なんだよね。あまり勝手なことは出来ないんだろう。


 武田晴信さん、世の中を見せようとして嫡男と重臣を寄越したのかもしれないけど、少し失敗だったかもね。


 

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