第1332話・第七回武芸大会・その四

Side:三条公頼


 尾張は来る度に変わっておるの。それと比べて……。


 武芸大会を静かに見ておる武田の者らを見て、思わずため息が出そうになる。礼儀作法は守っており、一見すると寡黙な武士らしい者らと見えよう。


 されど、あの者らを見ておると周防の陶を思い出す。


 武士としての面目と誇り、生き方もあろう。とはいえ他の者を理解しようとする心掛けが、いささか足りぬとしか思えぬ。


 他国で追放した前当主と会うたからというて、騒ぎを起こす手前までいくとは愚かしく呆れるほどよ。武衛や大樹どころか吾の面目も潰す気か?


 典厩は幾分なりとも分かっておるようじゃが、嫡男にはいささか落胆させられた。聞けば嫡男の傅役が尾張におる家臣を叱責した際に、それを止めもせぬとは。


 他国で暮らす苦労も知らず、尾張詰めの家臣がいかに苦労をして武田の体裁を守っておるか考えを巡らせることもせぬとは。


 さらにそれが早々に吾の耳に入るのも良うない。尾張詰めの家臣が武田家に不満を持っておる証であろう。


 甲斐者は、身分ある者が相応の暮らしをせずして国を富ませられると思うておるのか? 上から下まで皆で雑穀の雑炊を食うておれというのか?


 内匠助はその辺りをよう理解しておる男よな。西保三郎は尾張におる故、世の流れを理解し、他者との関わりも良いというので安堵しておったのじゃが。


 公家衆には、武田は東国一の卑怯者という謗りを返上するどころか、世の流れが見えておらんとあざ笑われておるわ。困ったことに今川の嫡男は己の立場をよう理解して動いておるからの。


 比べるのも悲しゅうなるが、織田は見事よな。武芸大会とやらを見せて己の力を諸国に見せておる。雅なものも武も共に見せると考えるは恐ろしいほどじゃ。


 誰かが言うてやらねば気づかぬのか? あれでは娘があまりに不憫だ。


 吾が言うてやるしかないか。武田に嫌われたとて構わぬ。文句があるなら娘を返せと言うてもよい。そのくらい言わねば武田の者は目が覚めぬのであろう。


 織田が東に進まぬのは、なんということはない。その気がないだけじゃ。武衛も遠江奪還を諦めたとは言うておらん。されどあまり乗り気でないのは確かじゃ。


 尾張・美濃・三河・飛騨・伊勢・志摩。最早、遠江にこだわることなどないというのが本音じゃろうて。祖先の思いもあろうことから要らぬとは言えまいが、そもそも武衛は天下や領地に野心がない男。


 さもなくば、遠江・駿河・甲斐・信濃と一気に落ちても吾は驚かぬ。


 親王殿下が行啓なされた意味を、内匠助にあれこれと熱心に問うておられるお姿の意味を理解せぬ者が縁ある者だとは嘆かわしい限りじゃ。




Side:久遠一馬


 こういう貴賓席にいると、公家という人たちが見えてくる。時折返答に悩む会話や質問もあるけど、助け船を出してくれるのは主に姉小路さんとか京極さん、それと北畠家の晴具さんと具教さんだ。


 特に姉小路さんと京極さんはそこまで親しく話したこともないんだけど。オレの体裁や織田の体裁を考慮してそれとなく助け舟を出してくれる。


 生まれ育った環境の違いもあるし、教育も違うからね。どうしてもうまく答えられない時はある。まあ、多少困るくらいのほうが周りは安心すると思うけどね。日ノ本の外からきた新参者。返答に困って少し世間知らずなくらいが可愛げがあるとは思うんだ。


 とはいっても助けられたことに違いはない。落ち着いたらお礼をしておこう。


 それと、大湊の会合衆が少し動きを見せている。なんか独立を諦めるような話になっているらしく、湊屋さんに内々に相談したようなんだ。


 大湊のことは厚遇しているし、利益も相応に渡している。ただ、どうしても新しいやり方が決まる時に事後通達になることが気になるんだろう。


 はっきりいえば、独立しているメリットがどんどんなくなっているだけだけどね。


 あと気になるのは元気がない小笠原さんだ。今川と武田と険悪なのは分かるが、それでも今までは他の人とは相応に上手くやっていたんだけど。今回は少し様子が違う。


 気になるんだけど、虫型偵察機とかオーバーテクノロジーの調査でも心の中まで見えないしね。家臣とかにも打ち明けない以上は推測の域をでない。


 困ったことにメルティが小笠原さんの臣従もあり得るとか推測していた。理由は単純で、それが一番武田と今川が嫌がることだからだって。


 似たような立場の姉小路さんが臣従して厚遇されているから、抵抗感がないかもしれないとも言っていた。


 信濃に関わると大変なんだけどなぁ。


「これは美味いの」


「白煮とは。牛の乳は随分と美味いものなのじゃの」


 ああ、今日のもてなし料理は久遠料理だ。和風の味付けの海鮮シチューを汁物として、和洋折衷の料理がある。あとウチの祝いの料理ということにしてあるパエリアもある。これも評判がいい。


 シチューとパエリアは昨日のバーベキューと同様に目の前で調理している。なので熱々のままお出しできるのがメリットだ。


 それと、昨日の夜の屋台ではラーメンも人気だったな。親王殿下でも召し上がられるように肉は鴨肉を主に使っていたので、一風変わった味になったけど、それがまた美味しかった。


 デザートは牛乳にみかんを入れたものを寒天で固めたものになる。これなら多少時間を置いてもおいしく食べられるしね。


 子供たち楽しんでいるかなぁ。あきらとかはまだ早いので来ていないが、大武丸と希美は孤児院の子供たちとか、お市ちゃんもいる学校の子たちと一緒に武芸大会を見物しているはずだ。


 今年は産休中のケティと病気療養中の宗滴さんも同行しているはず。個人的にはあっちのほうが楽しそうで行きたいんだけどなぁ。


 こっちの観覧は、公家衆はともかく武家のほうはいろいろとデリケートだし。


 申し訳ないけど、今川や武田や小笠原の行く末にはあまり興味がない。そもそもオレの一存で存続とか断絶を決められる立場にないし、そこに意見を挟む気もない。


 今の織田の慣例とルールに沿って決めることになるだろう。現状では名門や守護クラスの家になるとそうそう潰そうなんて誰も考えないけど、因縁が複雑に絡み合う三家に関わりたい人もあまりいない。


 そういう意味では名門を従えたと喜ばなくなっただけ、織田も変わったんだろうね。


 そこまで余裕がないだけかもしれないけど。




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