第1331話・出場者たち

Side:太田牛一


「親王殿下か。織田はなにが起きるか分からんな」


 大島殿はそう言うと面白げに笑みを浮かべた。


「まったくだ」


 父と母と妹が殺されたことも遠い昔のように思える。織田とて今でも家督を巡る争いはある。されどかつてのように勝手が出来ぬようになりつつある。警備兵もおり、詮議も変わった。


 賊が出ると関わる者の証言が食い違わぬか、ひとりずつ聴取をする。怪しい者には家督を継がせぬこともすでにあったことだ。


 尾張と美濃とて数年前までは敵国だった。大島殿とこうして互いの技を競うことなどあり得ぬことだったのだ。


「わしはこれしか取り柄がない。太平の世になればいかになるかと思う時がある。されどこの武芸大会があれば、生きていけると思える」


 大島殿の弓を持つ手に力が入るのが見えた。


 戦も変わった。武士の武勇や用兵が戦を左右する世から、戦に勝つべくいかに平時から支度を整えるかが重要な世になりつつある。


 戦のない世もおぼろげだが見えてきた。故に思うところもあるのであろう。


「日ノ本で戦がなくなっても、次は外との戦に備えねばならぬそうだ。それゆえに武芸は軽んじられぬ」


 勘違いしておる者が多いが、太平の世がきても日ノ本の外との戦はなくならぬと殿ですらお考えだ。考え方や生き方が違いすぎて、この世のすべてから戦がなくなるなどあり得ぬと仰せであったからな。


「ほう、それは面白きことを聞いた」


 わしには殿の仰せになられる真意が理解出来る。殿と我らですら大きな違いがあるのだ。明や南蛮が敵となることも十分考えておかねばならぬ。


「さて、わしの出番か」


 しばし話をすると、大島殿は出番となり会場に入っていく。


 武芸を見世物にするなど言語道断だと言う者は今でもおる。されど互いに競い、上を目指すという楽しさと素晴らしさを知る者は増えておる。


 わしとて負けぬぞ。大島殿。




Side:奥平定国


 陰流の愛洲殿の試合があった。鍛錬では手合わせをしていただく方だが、大会となると一段と技の冴えがある。


 わしも強うなったと自負しておるが、周りもまた強うなっておる。皆、必死だ。特に愛洲殿は父君が興した流派、陰流を背負っておるからな。


「孫次郎、あまり気負うなよ」


「心得ております」


 出番を待っておるとひとつ上の兄上が来てくれた。すっかり尾張の暮らしにも慣れて、わしと共に織田の下で働いておる兄上だ。


「尾張に来て良かったな。いささか忙し過ぎるが」


 顔を見合わせて笑いあった。物静かで穏やかな兄上は、かつては長兄らに軽んじられておったが、織田ではその才を買われ文官として忙しゅう働いておる。


 わしも妻を迎え子が出来た。直に生まれる子に父としての生き様を見せてやらねばならぬ。


 奥平本家との関わりはよい。奥平の本家も所領を献上して俸禄となったが、『慣れてしまえばあまり変わらぬな』と奥平の殿は仰せであった。今は豊川の辺りに新しき川をつくるはからひがえがかれており、その役目についておられる。


 三河も変わり、人も変わる。今川との戦になるかと案じたが、一向に戦になることもない。つまらぬ小競り合いもなくなったのだ。


 かつての三河とは別の国のようだという声すら聞こえてくる。


 それでよいのではないか。わしにはそうとしか思えぬが。




Side:吉岡直光


 大会前、上様に目通りを許されたが、病が随分と良うなられたらしい。暮らしに難儀しておらぬかを気遣いをしていただいたことには驚かされた。


 以前お会いしたのは、まだ先代の大御所様が健在な頃であったな。あの頃はまるで抜き身の刃のようなお方であったが、別人のように変わられた。


 鹿島の塚原殿が近頃は供におると聞き及ぶが、指南役というわけでもなく客分としておるのだとか。


 変わられたのは塚原殿のおかげか。そんな気がする。管領とたもとを分かち、近江で上様ご自身の政をとお考えだったのであろうな。


 父上が就いておった指南役に取り立ててもらうべく頼むことも考えたが、止めておいた。必要とあらばお呼びがかかるだろう。なにより楽しげな上様のご様子に余計なことは言うまいと思うたまで。


「父上、あの御仁は……」


「陰流の愛洲殿だ。あの男と柳生殿は別格だ。よう見ておけ」


 今年はわが子と弟子を連れてきた。他流の達人など見るだけでも価値がある。堂々と見せていただけるのだ。この機を逃すことはあまりに惜しい。


「ではあの御仁が父上を負かした……」


 ああ、愛洲殿の強さは健在だな。それどころか昨年より強くなったか? 信じられぬと言いたげな顔をする倅と弟子を見て、連れてきて良かったと感じる。


 強者つわものが都に集まる世ではない。強者は尾張に集まるのだ。天下一を目指すというのならば、ここに来なければ始まらぬ。


 今年こそわしも負けぬぞ。気概きがいは高く持つ。武の高みに果てはないからの。




Side:愛洲宗通


 やれやれ、年を追うごとに強き者が増えておるな。稽古でなじみの者も多いが、そう易々と勝てる相手はおらぬようになってしまった。


 陰流ここにあり。伊勢や尾張ではそう認められつつあることは嬉しく思う。わしは父上を超えられまいが、せめて父上より受け継いだ陰流を次の世代に残さねばならぬからな。


 それにしても親王殿下と公方様の御前試合とは。かような機は二度とあるまい。


 皆、目の色が変わっておる。立身出世をしたいという思いもあろう。ここで勝つと名が後の世まで残ることもある。少し力み過ぎておる者も多いがな。


 先日、旅の者からかつて追放された兄弟子の噂を聞いた。苦労したらしく賊に身を落として討たれた者がおったようだ。


 故郷の村や己の生まれた国を出れば、周りは敵となる世だからな。心情は察する。とはいえ、名を上げることも出来ずに賊として終わるとは情けない。


「愛洲殿、お見事でございます」


「かたじけない」


 次の試合まで刻限があるので少し歩いておると、北畠家臣に声を掛けられた。


 日の出の勢いがある織田と対等に付き合うには苦労があるらしい。わしは伊勢や北畠家の者らにとって、織田と対等に戦える数少ない者として期待されておる。


 柳生殿に勝てるかは分からんというのに。


 とはいえ柳生殿は生まれが大和の国で、尾張者ではない。柳生殿以外の尾張者に勝てるというだけで喜んでおられる。わしからするといかんとも言えぬがな。


 変わりゆく尾張と付き合うには苦労も多いということであろうな。



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