第1327話・第七回武芸大会・その二
Side:久遠一馬
例年と比較すると、今年は領民が少し大人しい。まだ序盤だからかもしれないけどね。
領民参加種目も回を重ねると常連組の姿がある。中には仕官した人もいるけど、してない人もいる。先祖代々の土地を離れることを望まない人は領民にもいるんだよね。
会場の周囲では屋台や露店市が出ているので、お酒が入ると騒ぐ人が出そうだけど。
貴賓席は和やかな様子だ。親王殿下がおられるけど、周囲も多少なりとも慣れてきたこともあるんだろう。
今年は目の前で調理するものを用意している。野菜や魚、それと親王殿下も召し上がることが出来る鴨肉などでバーベキューをしていて、あと汁物も大きな鍋で目の前で作って配っている。
少し話は逸れるが、親王殿下に温かい食事を召し上がって頂くために、今回の行啓では少し工夫をしている。元の世界のひとり用の鍋を参考に、小さな火鉢で温めて食べれるようにしたんだ。
それとお膳も改良した。下に熱した石を入れることで、お膳全体を温めるものを作ってもらった。温まりすぎない程度の仕様にしてもらったので、毒見後にお待ちいただく間でも冷めないようにしたんだ。
元々、本膳料理は幾つもお膳を使うので、主に温かいままで食べる料理をその改良型お膳でお出ししたらお喜びになられた。
作ったのは工業村の職人で、木材の厚さとかなんども試行錯誤してくれたらしい。
具体的には石を入れるのは鉄の入れ物で、その周囲を木材で囲ってある。面白いのはお膳の上が嵌め込み式の積み木のようにお椀やお皿の形にへこんでいることか。そこにお椀やお皿を入れることで温めたいものだけ温めて、へこんでいないところはほんのり温かい程度になっていた。
あれだと冷やしたお刺身とか以外は普通に使えるんだよね。
「なにかあったんですかね?」
「ほう、内匠助も知らぬか。実はの、昨日の茶会で前当主と鉢合わせしたようでの」
皆さん和やかな様子だけど、武田家の家臣数人が不機嫌そうに今川方を時折睨んでひそひそ話をしているんだ。
なにかと思いつい口に出してしまうと、オレが知らなかったことを面白げに見ていた近衛さんが教えてくれた。いや、この期間中は忙しいんだよね。面白そうな話だけど。
武田信虎さん。史実だと武田信玄が美化された影響からか、散々な言われようをしていた人だ。実際はそこまで酷くはないみたい。この時代の慣例というか常識が通じない甲斐をまとめた人だ。凄い人なんだろうね。
オレも挨拶程度に会話をしたけど、史実の逸話ほど残虐非道な人には見えなかった。
「甲斐は恐ろしき地よの」
「都から離れても、久遠島のように民まで学徳を積んでおると聞く地もあり、尾張も励んでおる。分からぬものじゃの」
甲斐の噂は公家衆も知っている。都会人が田舎を馬鹿にするようなニュアンスがあるけど、まあ仕方ないだろうね。というよりウチの島が評価されていることに驚く。評価基準が公家は武士とまた違うのかもしれない。
「内匠助殿。この祭りを考えたのは貴殿だとか。何故、かような祭りを考えたのかお教えくださりませぬか?」
少し意外な人に声をかけられた。三好家の安宅さんだ。
「そうですね。皆で共に祭りをすることが、家中をまとめるのに役立つかと愚考しただけですよ。それとね。各々が得意とすることを見せる場も作りたかった。戦ばかりではなく、互いに競うことが出来ればよいかなと思いましてね。今では書画や和歌。それと職人の品物も競っておりますよ。どれも評判はいいです」
この人、そこまで目立っていないけど、さすがは畿内を制している三好家の人だけに相応の社交性とコミュニケーション能力がある。
お酒を注いでくれつつ、疑問に思ったのだろう。武芸大会のことを聞かれたので少し考えて答えた。元のアイデアは元の世界だと日本人なら誰でも知っている運動会なんだよね。言えないけど。
ただ、争うのではなく競うということが根付いてきたのは、本当に大きいと思う。
「左様でございましたか」
「ほっほっほっ。学徳を積むということはかようなことぞ。その智謀を世のために使う。古の高徳な者らもしておることよ」
一応、納得してくれたようでよかった。でもなんで近衛さんがオレのことを嬉しそうに語るんだろうか。少し飲みすぎか?
Side:安宅冬康
噂には聞いておったが、なんという賑わいの祭りだ。何故、かような祭りをと久遠内匠助殿に問うてみたが、恐ろしいとさえ思う。
帝がわざわざ尾張に和歌を送っておられるという話は、畿内でも知らぬ者はおるまい。今年はまさかの親王殿下がこの武芸大会とやらのために行啓された。
帝は斯波と織田の上洛をお望みなのではないか? 三好家でもそう噂されておる。
「摂津守、三好も真似てみるか?」
「恐れながら、難しゅうございます」
内匠助殿と話して場を離れようとすると、驚いたことに上様が御自らわしに声を掛けられた。以前は気難しく三好を毛嫌いしておられると噂があったが、いつの間にやら兄上に許しを
とはいえ、かように気さくにお声をおかけいただけるとは。
「然り、当家でも真似ようと思うておることはあるが、上手くいっておらぬ」
「焦るな。皆が、尾張のようにやれるわけではないのだ」
親しげに話す上様と六角左京太夫殿に、今の世がいかに動いておるか分かる。皆がいつの間にやら尾張を見ておる。
この場におらぬ管領殿のことなど口にする者は誰もおらぬ。細川家は出遅れたのではあるまいか?
兄上は細川京兆家をいかがするつもりなのだ?
周防の大内や越前の朝倉、駿河の今川など畿内の外で栄えておるところはかつてもあった。されど尾張はそれらの国より先を行くのではあるまいか。
戦の
わしでなく兄上が来るべきであったのやもしれぬな。
せめて来ておる者らと、なんとか友誼を結んでおかねば。
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