第1328話・第七回武芸大会・その三
Side:真柄直隆
「
出場者が控えておるところでは、昨年には見なかったほど険しい顔をした者が多い。御前試合などまずあり得ぬからな。
面白いことに民のほうが昨年と変わらぬな。武士と違い、気負うことがないということであろうか。
「真柄殿は余裕そうだな」
ああ、気負いが見えない者もおる。柳生新介殿もそのひとりか。
「恥を恐れる程度なら越前で大人しくしておるさ。むしろ、
柳生殿は今年も予選と本選を免除されておるとのことだが、かような場に来て皆が力を出せるようにと声をかけておる。一介の武芸者のやることじゃないの。
「
怖いねぇ。久遠の者は皆、怖い。己の名を売り立身出世をと願う者らを前に平然と大義を語る。
いかに生きればかような者が揃うのであろうか。宗滴のじじいが
朝倉はいかがなるのであろうな。朝倉の殿は此度の行啓に大きな懸念を持たれたようだが。尾張に来る道中でもあまり芳しいご様子ではなかったな、何に懸念を持たれたのかはオレには分からんがね。
「面白きよな。病の上様がかような場においでになられたとは。吉岡ここにありと示してくれようぞ」
ああ、京の都の吉岡は今年も来たのか。あの御仁も気負いがないらしいな。むしろ、他国からくる者のほうが気楽なのかもしれん。あとは各々の考え方の違いか。
他国から来たものでめぼしい者は陰流の愛洲殿か。あの御仁も落ち着いておられるな。あの御仁と柳生殿には勝てる気がせぬわ。
Side:柳生(美作守)家厳
なんという人の賑わいだ。日々の暮らしがやっとであろうという民でさえ、この日のためにと遠方から出てくる。織田の領内ではそれが許されるくらいに豊かということか。
「さすがは美作守殿だ。新介殿の御父上も
わしは運営本陣という大会を差配するところで働いておるが、若い者に褒められるといささか困るわ。
此度の武芸大会では倅の新介が名を上げておるせいか、わしにも出ぬかと声がかかったが断った。
こちらに来て新介の鍛錬を見ることがあるが、最早、わしの武が及ぶ倅ではない。わしよりも年上の塚原殿がさらに強いということから期待する者もおるが、あの御仁は元よりわしなど遠く及ばぬ強さがあるのだ。同じと思われても困る。
「いや、邪魔にならぬように
文官仕事もこちらに来て初めてやったわ。されど意外になんとかなったというべきか。出来ぬことは人を上手く使えばよいと、八郎殿に助言をいただいたおかげで恥をかかずに済んでおるだけだがな。
人の差配は歳の分だけやれることはある。
「殿は今頃大変であられよう。元よりあまり立身出世を望むお方ではないからなぁ」
その八郎殿だが、この場におらぬ殿を案じておられた。
立身出世か。若い頃はわしも願ったこともあるが、歳を追うごとに己の身分と力量を理解して諦めるものだ。されど殿や八郎殿を見ておって思う。仮にわしが立身出世をしておれば、いかがなったのであろうとな。
八郎殿など甲賀の土豪だと聞いたが、近衛殿下に名と顔を覚えられ先日には清洲城にて茶席に呼ばれたほど。ご当人は恐縮して困っておったがな。
「いかなる立場の者も、
領地を出て身軽になった故に思うこともある。わしはこの尾張にて柳生家を残すために、今一度働こうと思うた。ところが久遠家に仕えておると、広い世と面白きことを幾つもあると教えていただいた。
此度はまた立身出世も楽ではないと教えていただいたな。
まだまだ励まねばならんな。
Side:大湊の会合衆
まさか、かような場に商人である我らが同席を許されるとは。近いとは言えぬが、親王殿下と公方様と御簾もないところでの同席など前代未聞のこと。それもこれも織田様の御力故にか。
共に参った会合衆の者らも、さすがに口を開く者はおらぬ。身分が違いすぎる。誰ぞが不興を買うと一族郎党どころか大湊すべてが危うくなる。
とはいえ、いずこへも従わず公界を守る我らには、これ以上ない誉れとも言える。されど、ここらが引き時なのかもしれん。
久遠様が尾張に居付かれて以降、世は変わってしまった。我らは服部に加担した商人が出たあと、すぐに謝罪してからは常に上手くやってきた。
大きな利を得たことも一度や二度ではない。此度も宇治と山田が声すらかけられず、招かれぬかような場にこうして同席を許された。されど……。
世が変わっておるというのに、我らは常に決まったことを教えられて頼まれるのみ。当然だ。余所者に配慮はしても決める前に教えることはあり得ぬ。
水軍とて既に紀伊に近いわずかな者以外はすべて織田水軍だ。織田の船から税を取るわけにもいかず、変わりゆく海と水軍を見ておるだけになる。
大湊には行く先を懸念せずに今を喜ぶ者も多いが、我らはひとつ間違うと桑名や宇治・山田の二の舞いぞ。
「致し方ないのであろうな」
か細い声で呟いてしまうと、隣の者が察したのか酒を注いでくれた。久遠様はいずこの者よりも商人を理解しておられる。商いですら勝てぬのだ。降るのは遅かれ早かれ決まっておること。
北畠様に話さねばならんな。いや、その前に湊屋の耳に入れておくか。大湊が織田様の所領になるのか北畠様の所領になるのか、我らが選ぶと角が立つ。織田様と北畠様で決めていただくしかあるまい。
今まで公界を守り通してきたことを思えば僅かながら悔いも残るが、それでも乱世の習いで町が荒らされ奪われるよりはいい。
少なくとも我らの糧を奪う御つもりなどないのだ。織田様にはな。
そう己に言い聞かせておると、同じ大湊の商家の名が会場で呼ばれて親王殿下が何事ぞと驚かれておられる。
この武芸大会に銭を出すと商人ですら名を売る機会を与えられる。功を挙げた者はだれであれ認める。それが今の織田様だ。今更、かつての日々に戻りたいとも思わぬ。
その時、親王殿下がこちらをご覧になられた。我らはすかさず平伏する。
もうよいではないか。面目は立ちすぎるほど立てていただいたのだからな。
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