第1315話・行啓・その三
Side:久遠一馬
翌日、方仁親王殿下を客船タイプの大鯨船に乗せて尾張へ行くことになる。
当然ながら荷物の船積みは終わっていないが、そちらは終わり次第運ぶことになるんだ。幸いなことに天候もよく波も穏やかなので、今日出航することになった。
「なんと大きな船か」
メインの帆柱を見上げ、親王殿下はそう声を出された。
「内匠助、かような船が日ノ本の外には多いのか?」
「直答を許す」
オレは本来、直答を許される身分じゃない。とはいえ方仁親王殿下はそのようなことを気にする様子もなく、近衛さんがフォローしてくれた。
「当家ではもっとも大きな船になります。日ノ本の外は私も知らぬことが多うございますが、かような船は地の果てまで探しても、幾隻もないと考えております」
千トンクラスの船だ。木製竜骨を用いる船としては破格の大きさだ。とはいえ史実では千二百トンのガレオン船があったという記録もある。ウチはオーバーテクノロジーで目立たないように補強しているので大丈夫だけど。
余談だが、この時代より前にキャラック船で千五百トンとも言われる船も史実では現存している。決して抜きん出ているわけではない。
「いつぞやの船よりさらに大きいの」
ああ、驚いているのは他の人も同じだ。五百トンクラスの船に乗った経験のある近衛さんたちですら驚いている。義統さんとか義輝さんは二度目なのでそこまで驚きはないようだけど。
義輝さん。驚かないことでさすがは上様だと周りが感心しているね。
「よろしければ出立致します」
他の恵比寿船と久遠船にて護衛の兵なども一挙に運ぶ。なんだかんだと六千人近くいるけど、航海時間はおよそ六時間だ。秋の気候だと屋外でもいいし末端の兵は座るくらいのスペースしかないだろうが、問題ない。
リーファに合図をすると各船に手旗信号で伝達して船団は動き出す。
「なんと壮観な……」
本船を守るようにして陣形が組まれる。これ本当に凄いね。殿下が壮観だと声を出されたのも分かる。水軍衆、よくここまで訓練したなぁ。
中には新参である志摩や三河の水軍衆もいる。子々孫々に至るまで誇れると喜んでいたという話が、オレにまで聞こえてきたほどだ。
言い方が悪いかもしれないけど、その日暮らしの海賊みたいだった人たちもいる。それが朝廷の臣として船を操縦して警護をする。血筋や家柄が重んじられるこの時代ではこれだけで生涯で最高の名誉ともなる。
しかしこの客船タイプ。本領との行き来に使うつもりで造ったのに、意外なところで役に立ったなぁ。
広い海に、殿下はなにを思われるんだろうか。この時代では即位されると旅は難しいだろう。せめていい思い出になってほしいものだ。
Side:二条晴良
なんと大きな船だ。以前尾張から石山まで乗った船とはまったく違う。久遠はこれほどの船を持っておったのか。
殿下が人目も憚らずに喜びを露わとされるとは。
「中はいかになっておる?」
「人が寝泊まりするように造っております。よろしければご覧になられますか?」
二度とないことだ。殿下もそう思われたのであろう。思い残すことのなきようにと御自らお声をかけておられる。内匠助はかような殿下を自ら案内して船の中へと入ってゆく。
恐ろしき男だ。氏素性も定かではない身でありながら、皆があの男を信じて疑わぬ。
無論、吾も内匠助が殿下を害するに及ぶなどあり得ぬのは承知しておる。されど、この男。まことに一介の武士で終わる男ではないぞ。まことに仏の使いなのか?
「もっと大きな船は造れるのか?」
「いずれ造れると考えております。学問を積み、技を磨き、新しき知恵を見つければ必ずや」
中もまた凄い。輿などより遥かに楽であろう。そんな折、答えた内匠助の言の葉に胸打たれる思いであった。
「習うのではあらぬのか?」
「無論、習うべきところは習います。されど、自らの力で見つけることもせねばならぬと考えております」
殿下が驚いた顔をなされた。高徳な者に習うというのが吾らの道だ。日ノ本は古より大陸に習い、今がある。
されど思う。大陸は教え導く学問や知恵をいかにして得ておるのであろうとな。内匠助のように自ら探して見つけておるのではと思う。
この男、日ノ本の
Side:斯波義統
思うた通りか。それ以上かの。殿下は一馬の言葉に引き込まれるように驚かれ、さらに問うておられる。
それ故、危ういと幾度も思うたことか。天下を敵に回しても守ると内匠頭が明言するのがよう分かる。
公方様を味方として良かった。今の姿に心底そう思う。
学んだ学問にて、新たな学問や知恵を探す。最早、人の所業とは思えぬ。悟りを開いた高僧のようなものではないか。
ひとつ間違うと一馬を恐れて世が敵となるわ。
「そろそろ茶でもいかがでございましょう」
波の揺れすらものともせぬ船は進む。
殿下がようやく落ち着かれる頃になると、一馬は船の中で皆に茶を振る舞い始めた。椅子と卓。こういう場ではこれに勝るものはないな。殿下も公家衆も気付いておらぬな。船にて火を使い、湯を沸かすこと一つを以ってしても尋常の技にあらぬことを…。一馬は口にも素振りにも出さぬ。
尾張以外では手に入らぬ硝子の窓があり、中も決して暗くはない。
皆が見ておる中で、一馬は自ら紅茶を淹れて運んでいく。
「なんと、この船で久遠の本領まで参ったのか?」
「はっ、長旅でございました」
いずこから聞きつけたのか。近衛公が久遠の本領の話を問うてきた。殿下や公家衆が驚く中、わしが答えてゆく。公方様はさすがに同行致したとは言えぬからの。
荒れる海もあれば、闇夜の海もある。決して楽な旅ではなかったと言うておかねばなるまい。
ひとつ間違うといかになるか分からぬ。特に朝廷と公家という者らはな。争いの種にならぬように。それがわしの務めか。
その後、殿下は外にお出になられると、ずっと海と船を御覧になられておった。今この景色を忘れぬようにと惜しまれるように。
近衛公や公方様、それと一馬が殿下のご様子に安堵しておるのが分かる。
ひとまず大きな失態はない。それがまことに良かったと思うわ。
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