第1314話・行啓の裏側
Side:久遠一馬
親王殿下御一行が大湊に到着した。さっそく船に荷物を積み込む作業に入る。正直なところこの作業に時間がかかる。大湊は地形が天然の良港だけど、恵比寿船どころかセンターキールがあるので久遠船の接岸すら出来ないんだよね。
せめて久遠船の接岸が出来るようにしたいという意見は大湊内にもあるらしいが、湊の整備費用の問題で話が進んでいない。
桑名と安濃津は織田の方針として、久遠船の接岸が出来る桟橋を浮き桟橋でもいいので早急に造るべきと賦役を行なっているので、その焦りはあるようだけど。
親王殿下は大湊で一泊することになる。歓迎の宴は北畠と伊勢神宮で行うようだ。このために立ち寄ったと言ってもいいかもしれない。
まあその前に親王殿下への拝謁が行われた。具教さんとオレと姉小路さんと京極さんだ。まあ官位が低いこともあって、オレは控えているだけなのでこれはそれほど難しくなかったけど。
ご機嫌は悪くないようだ。船が大きいことに驚かれたようだけど、客船タイプは特に大きいからなぁ。この時代では『自慢の船が自分の為に用意された』になるんだろう。
「万事、上手くいっておるようだな」
宴の前に義輝さん、義統さんと会見して旅のことと今後のことを相談する。足利将軍が会見メンバーに入っているけど、あくまでも実務者会談だ。義輝さん、将軍として久方ぶりの上洛が面白かったそうだ。
「諸国で割拠する、大小甲乙の諸勢力がいかに出るか」
全体として上手くいっている。三好家からは安宅さんが六角家からは義賢さんが自ら同行している。今回の行啓のインパクトは絶大だろう。
斯波管領誕生かという噂がまた盛り上がるなぁ。病のはずの公方様が、三管領家の武衛様を筆頭に六角と北畠の兵も引き連れて上洛して行啓の警護をしている。これでこちらの友好関係がほぼ全国に知られるわけだ。
三管領家でいえば細川と畠山は一時期よりは勢力が衰えているが、依然として畿内での権威は健在だ。まあ幸いなのは西国が大内亡きあと、陶と毛利が争い尼子も中央に関与する気がないことか。
「そう案ずることはあるまい。他に神輿になる者がおるのは関東くらいだからな」
義輝さん。いろいろと懸念があるのは知っているはずだけど、胆が据わっているな。こういうところは見習いたい。
宴は都の料理を意識したもののようだ。まあ、朝廷には伝統もあるしね。
ただし、魚介はふんだんに使っている。都だと海の魚介は基本的に乾物と塩漬けしか手に入らない。近江もまた同じであり、親王殿下が新鮮な魚介を召し上がられるのは伊勢に入ってからなんだよね。
史実だと皇女和宮が徳川に嫁いだ時、精進料理のようなメニューだったと記録がある。ただ、この時代だと普通に魚貝は召し上がられるし、野鳥の類も大丈夫なようだ。牛や馬や豚など四足歩行の動物と、鶏は時を告げる鳥であり、神宮では神鶏になっているので駄目らしいけど。
料理に関しては織田と六角と北畠である程度情報を共有していて、ついさっきには六角から親王殿下に於かれては、箸が進んだ料理、進まなかった料理の情報をもらっている。
こちらからも料理法を少し教えているし、あまり同じ料理が続かないようにとメニューを相談もしているんだ。
正直、情報共有の必要性は義信君の上洛の時に六角に対してお願いしたけど、今回ほど早急な情報共有の必要性をみんなが理解することは滅多にないのかもしれない。体裁や立場とかいろいろある。でもね。行啓で失敗したり他家より劣っているとみられると末代までの恥だとなる。
織田も六角も北畠も出し惜しみする余裕はない。偶然ではあるが、これで他の分野でも情報共有が進むことを願っている。
料理に関して、六角領では鯉に鮭や鰻をメインで出したと聞いている。どれも
ああ、お酒は梅酒がお好きなようだ。濁酒、金色酒、清酒と一通りお出ししたようだが、一番好まれたのは梅酒みたい。
梅酒も朝廷に献上しているけど、毎日飲むほどもないはずだ。あれ公家とかに分け与えるはずだから。
こういう情報の共有はほんと助かる。今日もそんな六角の情報を聞いて少しメニューを変えたとか言っていたね。
情報はすぐに尾張にも知らせてある。滞在中の歓迎行事や料理の席は尾張のほうが多いからな。料理人やエルたちがそれを考慮して考えてくれているだろう。
Side:宇治の商人
「わしらだけ除け者か」
「致し方なかろう。織田へ嘘を言うておったことが露見したのだ」
次の帝に即位されると噂の方仁親王殿下が伊勢に行啓されるとなり、伊勢は歓迎するべく皆動いておるが、ここ宇治と隣の山田だけは除け者にされておる。
「今川、武田、堺に売っておることも露見しておるのであろうな」
主立った商人で集まり、愚痴をこぼすしかすることがない。まさか無量寿院との密売が織田に露見するとは思わなんだ。あれは北畠家や大湊もやっておったはず。ところが此度の行啓で除け者にされたのは我らと山田だけだ。
「事前に話を通したのであろうな。北畠家と大湊は武具を売っておらん。織田は硝石や武具を敵対しておる者に売ることを嫌う」
知らなかったは我らだけか。いつもこうだ。織田は大湊ばかり遇して我らを粗末に扱う。北畠も神宮も相手が織田となると冷たい。
「今川と堺は止めるか?」
「御所様のとりなしもあって荷留だけはされておらぬが、この先も我らが遇されることはあるまい」
桑名や堺と比べるとまだ扱いがいい。かようなことを口にして己を慰める者に怒りが込み上げてくる。
「山田に先を越されたらいかがするのだ!」
思わず声を荒らげてしまった。
「なんの先だ? 織田に降伏することか?」
「たわけ! 商いだ!!」
同じく除け者にされておる山田にだけは負けられぬ。
「いつからここは織田の地となったのだ! 我らが誰と商いをしようが織田に関わりのないこと!!」
「なにを今更。その言葉、そのまま織田にも言えることであろうが。織田が売らぬといえば我らは終わる」
くっ、認めぬ。あのような氏素性も定かではない者らなど。勝手に決まり事を変えて、
「大御所様からは大人しくしておれと言われておる。行啓の最中に騒ぎでも起こせば、それこそ我らはひとり残らず磔にされるぞ。忘れるな。北畠は近年にないほど力がある。水軍は手放したが、その分だけ家中が結束しておる。さらに織田がすぐに後詰めを送る。最早、一介の商人では抗いきれぬ」
「織田も一刻の勢いかとおもうたのだがなぁ」
「神宮ですらも、織田が海沿いの所領をまとめ、禄として寄進するようになり安堵しておる。己らで治められぬ以上、致し方ないとな。粗暴な国人や土豪の機嫌を窺う必要もなくなる」
こやつらは揃いも揃って腑抜けか!
今に天が罰を与える!
必ずな!!
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