第1311話・時の流れと共に

Side:久遠一馬


 尾張海東郡赤星村。そこに尾張大寧寺が、おおよそ三年の月日を費やして完成した。場所は花火が見えるということで選んだようだ。


 亀洋宗鑑きようそうかんさんと隆光さんが、続々と集まる人たちを出迎えている。


 今日は大内義隆さんの年忌法要になる。完成した尾張大寧寺のお披露目も兼ねているようだ。


 周防や長門から移り住んでいる人たちも大勢駆けつけている。大内衆。織田家中ではそう呼ばれることもある。商人や職人が多いものの、僧侶や武士もわずかにいる。


 彼らは尾張大内塗を筆頭に様々な品を作っており、今回の行啓の準備においても活躍している人たちが多い。


「殿……」


 馬車から降りて寺を見ていると、エルに声を掛けられた。


「ごめんね。ちょっとあの時を思い出していてね」


 助けられたのかもしれない。そう思うとなんとも複雑な気持ちになる。そう思うこと自体がオレの傲慢かもしれない。それでも……。


「内匠助様。大智の方殿。わざわざご足労いただき、ありがとうございまする」


 隆光さん。彼とはたまに会う。今でも僧侶として祈りの日々を送っているものの、織田家の仕事も手伝ってくれている人だ。


「いい寺ですね」


「はっ、亡き主も、これで安らかに眠れましょう」


 目に力がある。尾張で行なった大法要の時にはなかったものだ。死に場所を探しているそんなふうにも見えたのに、人は変われば変わるものだなと思う。


 今日は義統さんの代理である義信君と信秀さんを筆頭に、主立った人たちはみんな参列する。


 特別派手にする必要もないけど、寺のお披露目もあるので盛大にやるそうだ。


「西国では陶と毛利が争い始めたとか。遺言通りですね」


 旧大内領はかつての栄華が嘘のように混乱している。状況は概ね史実と同じだ。大友家から大内家を継ぐ当主が来ていないという違いはあるものの、陶隆房は大内家再興を掲げているようで頑張っている。


 周防や長門の国人たちは、何故あれほど豊かだった大内家の富がないのか。理解していない人もいるようだ。ある者は隆光さんが持ち逃げしたのではと疑い。またある者は陶隆房が独り占めしているのではと疑う。


 なんというか、後世で大内家の埋蔵金とか伝説でも生まれそうだなと思う状況だ。


「ここなら御屋形様も世の移り変わりが見られるはず。某もひとつ肩の荷がおりました」


 隆光さん。逃げてきた旧大内家の人たちと共に、義隆さんの記録を残そうとしているそうだ。太田さんが相談に乗っていると言っていたね。


 生きていれば史実以上に活躍出来た人だろう。それだけはやはり惜しいと思う。


 そうそう、尾張大寧寺は堀と土塀もあり、寺の防備にはかなり重きを置いた。義隆さんの首を陶が未だに狙っているという事情もある。まあ現状では毛利と争っていてそんな余裕はないようだけど、諦めてもいないんだよね。


 内部には旅人を泊める宿坊や、学問を教える学び舎に診療所となる建物もある。領地は与えていないものの織田から禄を貰うことになっていて、地域の中核を担う寺として期待しているところでもある。


 尾張南部はこれからも発展していく。この寺なら太平の世になってもやっていけるだろう。


 オレたちは隆光さんと別れて年忌法要を行なう本堂に歩いていく。




Side:隆光


 遥か東の地でかような年忌法要が行えること。感謝せねばなるまい。御屋形様の菩提寺として相応しき立派な寺まで建てていただいた。


 寺の山門は熱田と津島の方角に設け、熱田の方角の門を熱田門、津島の方角の門を津島門と名付けた。ここなら御屋形様が心穏やかに花火をご覧いただける。


 先日にはわしと亀洋宗鑑殿のふたりだけで御屋形様の首を埋葬し、公方様のめいである勘合符も共に埋めた。これで勘合貿易は永久に失われるやもしれん。


 御屋形様は泉下せんかであれをいかに見ておるであろうか? 笑うておられればよいが。祖先の皆様方にお叱りを受けておられぬかと案じてしまう。


 大内領はかつての華やかさが嘘のように落ちぶれてしまったと、ここ尾張にまで聞こえてくる。幾人かの者からは御屋形様をお助けせんかったことを悔いる文も届いた。


 陶や毛利では二度と大内家再興は叶うまい。


 御遺言通り、尾張は新たな世として動き始めておる。親王殿下が行啓なされて、来年には譲位なされた院が御幸されるのだ。これは大内家ですら成し得なかったこと。


 ふと、先ほど来られた内匠助殿の後ろ姿に目がいく。あの御仁と会うと、亡き御屋形様を思い出す。わし如きでは計り知れぬところが似ておると思えてならん。


 戦を嫌い、国を富ませることに活路を見出そうとなされた御屋形様と同じことをしておるようにも見えるのだ。


 もっとも内匠助殿は御屋形様ほど雅なものに興味がないようで、よう幼子らと畑を耕し、共に遊んでおると聞くがな。


「隆光、そろそろ始めようかの」


「はっ」


 寺の住持は亀洋宗鑑殿にお頼み申した。某は出家してはおるが、まだまだ未熟。寺のことなどなにも分からぬ身だ。当然であろう。


 御屋形様。世は面白うございますぞ。日ノ本は広く、その先はもっと広うございます。


 内匠助殿とお会いしておれば、必ずや御屋形様も己が目で見たいと仰せになられたはずでございます。


 某、御屋形様の目となり耳となり、お傍にゆくまでこの世のことをしかと見聞き致しまする。


 今しばらく、お待ちくだされ。




Side:陶隆房


 御屋形様の夢を見た。


 生きておられたのかと驚いたわしは、地に頭をこすり付けて、許しを請うた。御屋形様はなにをしておるのだと、わしを見て笑うておられたな。


 嬉しかった。生きておられたことが。これで大内家は安泰だと涙を流して喜んだ。


 されど、それが夢だと知った朝は、この世が地獄に思えるほどであった。


 今、大内家は存亡の機に瀕しておる。誰を御屋形様の跡に据えるかすら決められぬまま、毛利如きに勝手をされる有様。


 わしでは駄目だったのだ。今更だがな。気付いたのがあまりに遅かった。


 最早、後戻りなど出来ぬ。わしはいかんとしても大内家を建て直し、西国を大内の名において統一するのだ。そのためにはいかなる手を使うても構わぬ。


 主を討ったわしは二度と御屋形様にはお会い出来まい。死したのちに地獄に落ちるのだからな。


 なればこそ、せめて……、せめて大内の家を残して、西国一の大内と言われるようにせねばならぬのだ。


 毛利め。あ奴だけは許さぬ。叩き潰してくれるわ!




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