第1310話・公方と武衛
Side:久遠一馬
気が付くと夏の気配が消えていた。蝉の声が聞こえなくなり、鈴虫などの秋の音色が聞こえてくる。
秋はきのこ類が美味しい季節だ。清洲や那古野にも山間部で採られたキノコ類が売られていて、食卓を彩っている。
「へぇ。美味しそうだね」
ウチの場合は市などで買うこともあるけど、もらうことも多い。ウチの商品や珍しい品を家中に配っているからだろう。あれもね。別に縁や地位がほしいわけではない。
知らないと恥を掻くとまではいかないけど、どうしても遅れているような扱いになる時もある。嫉妬される側だしね。オレたちは。贈り物は欠かしていない。
返礼はこういう季節物が多いかな。自分たちで食べてもいいし家臣に配ってもいい。余るようなものじゃないしね。
「山の村から届けてくれたんですよ」
きのこを洗っていたお清ちゃんが教えてくれた。今日のきのこは山の村からか。あそこの人たちには、領内のあちこちに炭焼き窯の指導で行ってもらっているから大変だろうに。
鯨肉でも送っておこうかな。
山の村では養蚕のテストも順調らしい。桑の木はすでに植林の一環で植えているところがあるので、頃合いをみて来年あたりからこちらも普及が出来るだろう。
椎茸栽培も広められるレベルなんだけど、あれ広めると価格が落ちて織田領以外の山間部の収入とかも変わりかねない。絹は競合相手がウチと明の品だから構わないけど。
「今日は煮物かな? 楽しみだな」
最近、エルが忙しいので食事の支度はみんなが交代で作ってくれている。お清ちゃんは割と和食のような料理を好んで作るね。特に好き嫌いがあると聞いていないけど、生まれ育った味がやはり基本になるんだろう。
こっちに来たばかりの頃は食事から掃除やお風呂の支度も全部自分たちでやっていたけどね。今は奉公人のみんながやってくれる。
仕事も増えたからね。オレたちは。
「ちー!」
そのまま子供たちの様子を見に行くと、大武丸と希美はお昼寝をしていたが、
「おおっ、ご機嫌だね」
「あー!」
先日には妊娠を公表して産休に入ったケティと、熱田のシンディと武尊丸が来ていて、一緒に遊んでいたらしい。
「輝は好奇心旺盛。子供たちにも個性がある。なかなか興味深い」
ケティたち医療部は密かに子供たちの成長記録を付けている。これはアンドロイドと強化人間と言えるオレとの子供への遺伝の影響とか、いろいろと注意が必要だからでもある。
事前の検査では人間の子供と変わらないという結果があるが、成長過程での検査も必要なことになるんだよね。半ば趣味の成長記録も一緒に付けているけど。
ちなみにケティたちは、普通の尾張で生まれた人間の子供も成長記録を病院で付けている。医学的な積み重ねのひとつなんだそうだ。
「輝、次を読みますわよ」
「あい!」
ああ、シンディが絵本を読み聞かせしていたらしい。声を掛けると嬉しそうにシンディのところに戻っていく。
「ちーち!」
輝はそのまま後ろを振り向くとオレを呼んだ。なるほど一緒に見ようということかな?
なんの絵本かと思ったら笠地蔵だった。ロボ一家もちょこんとお座りして聞いている。さっきまで大武丸たちと遊んでいたので疲れたのだろう。
オレもしばらく絵本の読み聞かせに付き合おうか。たまにはこんな時間があってもいい。
Side:斯波義統
観音寺城からは公方様や六角、北畠勢と共に都を目指す。
公方様が上洛されるのは、細川晴元や今は亡き大御所様と都を落ち延びて以来だと聞き及ぶ。
さぞ感慨深いものがあるのかと思うたが、あまり気が進まぬと仰せであったな。これを機に都に戻りて政をせよと言われると困るそうだ。
しかしまあ初めてお会いした時には、よう晴元と離れて観音寺城に僅かな供の者で出向かれたものだと思うたが。改めて思うても危ういわ。晴元を信じるのも危ういと今なら分かるが、あの時は六角とて信じてよいか分からぬお立場であったはず。
わしは二度目の上洛だ。本音を言えば一度で良いと思うところもあったがの。されど親王殿下をお迎えするのじゃ。自ら出向いて働かねば、なにを言われるか分からぬ。人の妬みとは恐ろしいものじゃからの。
「雨か、今日はここで終いだな」
夕方を前に雨が降ると、近隣の寺で雨宿りをする。公方様は旅慣れておることが見てもわかる。無理をせず旅を楽しむほどの余裕まであるようだわ。
「かようなことは、ようあったのでございまするか?」
空を見上げ今宵の宿を借りるべく
「ああ、人は天には勝てん。何度か急いだこともあるが、先を急いでいいことなどなかったな」
思えばわしは武芸者のように僅かな者で旅などしたことがない。いかなるものか興味はあった。
「何事も腹八分目がいい。以前会った甲賀生まれの銀次という男に教わったことだ。その一言がまさに旅の秘訣と言えよう」
世の儚さを嘆き、己の至らなさや無力さを痛感させられたことが幾度もあると公方様は語られた。
「旅に出れば一馬の凄さが分かる。あの男はいったいいかほどまで先を見ておるのであろうか。国とは、天下とはいかなるものか。それを幾度も考えさせられた」
そう、一馬の恐ろしさは己がおらぬ世を見て動いておることか。英傑のような者が天下をまとめたとて、源頼朝公や足利尊氏公のように代を重ねると争いが生まれ世が乱れてしまう。
一馬はそういった世を根底から変えようとしておる。
「身分は違えど立場は同じであるのかもしれませぬな」
「であろう。わしとそなたにしか見えぬものがある」
足利将軍など信じるに値せぬとこの御方に会うまでは思うておった。されど、今は互いに立場は似ておると感じることが多い。
足利と斯波。共に今では世の名門中の名門だ。それ故に世を変えることがいかに困難か、わしや公方様ではいずれ世の乱れに飲み込まれることが分かるのだ。
駄目なのだ。わしや公方様では。内匠頭と一馬でなくば、連綿と続く古き
あのふたりは天命を持つ者。
「ふふふ、面白きものよな」
「まことにそうでございますな」
雨雲の間から西の空に日が落ちていく。また明日の夜明けまで日ノ本は闇夜に包まれる。
夜明けが来ると分かっておるからこそ、人は闇夜も生きられるのだ。
日ノ本の夜明けは近い。公方様のお言葉にそれを確信したものがあるとわしには思えてならなかった。
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