第1306話・飛騨の地の異変・その二
Side:東
「わしも他人事ではないの」
武衛様のご機嫌は悪うないらしい。致し方あるまいと言いたげな顔をされておられるがな。
僅か数年で美濃は変わってしもうた。良いこともあれば、昔を懐かしむこともある。されど異を唱えて意地を張るほどの力も覚悟もない者とすれば、粛々と従うしかない。
そんな折、面倒事は外からやってきた。
血縁がある飛騨内ヶ島から助けを求める使者が来たのだ。初めは北美濃にある城に行ったらしいが、わしはすでに清洲の屋敷におるからな。留守を任せておる家臣に教えられこちらまで来たようだ。
「手助けするのは好きにして構わぬ。わしも些少だが出そう。されど形ばかりの臣従は不要だ」
やはり織田の大殿は内ヶ島を欲してはおらぬらしい。当然か。金が採れると聞き及ぶが、わしが知る限りでもあまり裕福とは言えぬ。此度は山が火を噴いたことで田んぼが相当やられたらしい。
織田は治める地を飢えぬように変えてしまうからな。貧しき地はあまり欲しくないのが本音か。
内ヶ島からは僅かでも構わぬので食べ物を用立ててほしいと頼まれた。
面倒なのは内ヶ島が当家の状況をほぼ知らなんだことだ。織田に降ったことは聞き及んでおったようだが、すでに所領を献上しておったことは知らなんだようで、使者は信じられぬと驚いておったわ。
助力が得られるなら織田に臣従をしてもよいと考えておるようだが、内ヶ島の臣従は現状を認めることで織田に逆らわぬという程度に過ぎぬ。
今更かような甘い考えで使者を出されたとて、わしとしても困ってしまうだけだ。少し悩み、平手殿に助言を求めて、取り次いでもらい武衛様と大殿にすべてを打ち明けた。
「はっ、ありがとうございます。ひとつお願いの儀がございます。織田の法に従わせることを条件に、内ヶ島に臣従を求めることを許し願いたい」
「わしからは声は掛けぬが、そなたが声を掛けるならば構わぬ。ただ、無理はするな」
「ありがとうございまする」
大殿からは内ヶ島へ送るものを織田でも幾分出していただけることになった。さらに内ヶ島を織田に臣従させる許しも得た。
あの地ならば捨て置いても誰ひとり困らぬのであろうが、それ故に放っておくと臣従の機会すら得られぬであろう。内ヶ島が哀れに思えることもあり、わしもここらでひとつ功がほしい。
わしの元所領ですら織田に臣従したことにより、山が火を噴いても飢えることも荒れることもなく治まっておるのだ。内ヶ島も早う臣従したほうがためになろう。
Side:久遠一馬
飛騨の江馬領が少し騒がしくなってきた。江馬家は大人しい。本音はどうか知らないけど、織田と事を構えることを避けている。ただ、そんな江馬家の態度に領民が不満を募らせている。
「被害が酷いのは内ヶ島のほうだったはずだけど」
「臆した武士に従いたい者はおりませぬ。無論、血縁や誼が深ければ別でございまするが」
江馬は史実で三木家との戦の後、越中に逃亡したはずで、内ヶ島は形式上臣従したが事実上の独立領として残ったところだ。内ヶ島のほうは後に地震で滅亡していたけど。
淡々と語る資清さんの言葉が、この時代の統治の難しさを痛感させられる。武士や坊主だけじゃないんだよね。領民も血の気が多いヤクザみたいなもんなんだ。
江馬領の混乱は、火山というよりは格差が根源にあるのだろうと思う。昨年の秋から商人からも面倒事があったと何度か報告が届いた。商人とすると織田領のついでに足を延ばしたものの、品物の値が違うと騒動になったことや襲われそうになったこともあるそうだ。
江馬領の領民からすると商人があくどい商いをしていると決めつけたようなんだ。物価統制をしていて、飛騨領への支援として織田家で商人に援助していることなど説明しても納得しない。
割に合わないというので、こちらの商人は江馬領に寄り付かなくなっているはずだ。
今はまだ付き合いのある飛騨の商人が江馬領に行っているはずだが、織田領では被害が出ているところは早々に避難しているからなぁ。商人も避難している人がそれなりにいるはず。
「流民はそのまま美濃に送るほうがいいね」
大人しく従うなら流民としてこちらに来てもいいんだけど、避難して無人となった村に勝手に住み着く人もいるんだよね。残っている寺社や警備兵で警告をして美濃に送っているけど。
ああ、江馬と内ヶ島だけど、江馬は道三さんのところに使者を送り、美濃と飛騨はどうなっているのかと聞いてきたらしい。内ヶ島は血縁がある北美濃の東家に使者を出している。
姉小路家はすでに清洲に移住して飛騨にいないからなぁ。三木家はまだ城を残しているが、争っている相手なだけに聞きにくいんだろう。
両家とも所領安堵があるなら臣従も考えているような様子だったみたいだけど、すでにこちらは所領など認めてないと知ると驚くだけで帰ったそうだ。
東家からはよければ臣従をするように口添えと説得をすると進言があったようで、信秀さんは認めたようだ。血縁があるところを見捨てるのはあまり外聞が良くないからね。それに織田家中でも血縁が多いことはそれなりに発言権も得られる。
東家としては働きどころもほしかったんだろう。織田として臣従をしろと声を掛けることはしないものの、今回のように血縁があるところが説得することまでは禁じていない。東三河あたりでもあったことだ。
飛騨もね。その気になれば統一は出来る。ただ、道三さんも隠居したのに忙しいしね。親王殿下の行啓もあるし。あまり構っている暇がないというのが正しいのかもしれない。
まあ内ヶ島は東さんに任せて、江馬はなるようになるか。オレもこの件に関わるほど暇じゃない。
「静かだと思ったら……」
子供たちの声がしばらくしないなと思ったら、みんなでお昼寝をしていた。今日は吉法師君もいて、みんな並んで気持ち良さげに眠っている。
みんなはお腹を冷やさないようにと、タオル地の布をタオルケット代わりにかけている。少し前から三河安祥城下で試験生産を始めたものだ。
需要は多いだろうな。ただ当面は秘匿技術にしたいし、製造の課題とかの洗い出しはこれからになる。でもこういったことは地道に積み重ねていく必要があるからね。期待したい。
さて、オレはもうひと働きするかな。
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