第1303話・秋のこと

Side:朝倉宗滴


 殿から書状が届いた。あまりに突然のことに驚かれたようだ。されど、敵地にもなり得る尾張に留まらねばならぬことを済まぬと詫びてくださった。


 殿からは思うままにしてよいと許しを得た。斯波家との因縁が日に日に朝倉家にとって重荷となりつつあるのを殿もご理解されておることだ。さらに……。


 方仁親王様の行啓。この知らせには越前も慌てたようだ。ただの親王にあられるお方ではない。次代の帝となられるお立場のお方だ。それがわざわざ畿内を出て尾張をお訪ねになられるのだからな。わしですら信じられぬところだ。


 武芸大会には真柄の悪童が今年も出るつもりのようだが、朝倉家でもそれを後押しすることにしたようだ。今年は方仁親王様の御前試合となる。恥をかけば末代まで笑われるが、あの男ならば臆することなく出るであろうからの。


 因縁を解きほぐすには、かようなことを積み重ねていかねばならぬ。元々、真柄家は朝倉の家臣ではない。仮に負けても朝倉の名に傷が付くと文句をいうことも出来ぬ。ちょうどよいということもある。


 真柄の悪童が羨ましい。今少し若ければ、わしも出てみたいとすら思う。大きな争いもなく穏やかな世にて、自らの武を競い、世に示す。考えたこともなかったわ。


「何故、久遠家の者らは争いがない世が見えるのか」


 子らが畑で働く姿を眺めながら、ふとそんなことを漏らしてしまった。


 久遠家の本領は、尾張随所ずいしょの町々や蟹江よりもさらに豊かで穏やかなところだという。武芸や学問にはげみ、新しき知恵や技を探してより高みへと追い求めるか。


 わしは生涯で鷹を己の手で一から育てることには挑んだが、それだけで精いっぱいであった。久遠家の者らがいかに苦労をして今の力と地位を得たか。分かるつもりじゃ。それ故に、もっと早く気付くべきであったと悔いてしまうわ。


 もっと早う、北畠や六角より先に動くべきであった。




Side:久遠一馬


 夏野菜も終わりだ。今年もトマトやトウモロコシやきゅうりなど、保存出来るものは保存してある。場所は牧場でやっていることだけど、ウチの野菜は需要が増えることはあっても減ることはない。


 孤児院の子供たちや牧場の領民、それとウチの家臣たちの家族の皆さんなんかもほぼ総出で、保存食作りをするのが風物詩となりつつある。


 畑では早いところでは秋野菜が順調に育っていて、来たるべき冬に向けてサイロの牧草も順調に備蓄している。


 そうそう、春、夏、秋、冬の四人が、伊勢亀山に移動した。行啓と御幸の準備やプランテーションこと織田農場のアドバイスに六角家による甲賀の直轄領化など、清洲から指示を出していては少しタイムロスになることがあるので、暫定ではあるが彼女たちが伊勢亀山にしばらく滞在することになった。


 伊勢で武功もあって周りが言うことを聞いてくれそうということもある。伊勢亀山には美濃四人衆のひとりである安藤さんがいるが、さすがに手に余る忙しさだったからね。他にも織田の文官と武官を増員してある。


 伊勢で敵対勢力になりそうなところは大きいところではもうない。とはいえ油断出来るほどでもないんだよね。要所をきちんと押さえて統治をする必要があるんだ。


 行啓に関しても陸路で来る場合は、宿泊や休憩の場所も必要となる。雨が降ると予定が変わり、同じところで足止めになることもあり得るだろう。また食事をどうするのかなど、事前に決めて支度をしておくことは山ほどある。


 ひとつのミスで腹を切るなんてことになりかねない時代だ。入念な準備と緊密な話し合いが欠かせないからね。


「芋は順調だね」


「まことよろこばしゅうございますな」


 今日は秋ということで小豆芋と馬鈴薯の生育に関する報告が知多半島より届いた。冷害や長雨などに弱い米なんかと違って、芋類は割と安定している。資清さんも嬉しそうだ。こういう報告は受ける側も本当にホッとする。


 小豆芋も馬鈴薯も尾張だと救荒作物というより高級な食べ物となっているが、それがいい影響を与えている面もある。知多半島の人たちは他では作らせていない作物を任せてもらえているということを誇りに感じてくれていて、間違っても流出しないようにとみんなで守ってくれている。


 農民も寺社も武士も一致結束していて、端から見ると凄いとしか思えない結果となっている。こちらがあまり手を出していないのに、未だに他国に流出していないんだから。


 知多半島には畑や山に植える若木を育てる入植者の村もあるが、こちらも監視と協力する体制を現地で構築していた。


 飢えないように支援もしているけど、漁業や海苔や牡蠣の養殖に小魚の大野煮、それと植林用の若木や芋類の生産。こちらの予測以上の結果を常に出している地域になる。


 知多半島の水路も進捗状況は順調だ。これもあの地域に信頼されている理由だね。


 まあ、その分、割を食っているのは渥美半島なんだけど。もともと似たような立場と暮らしだったはずが、あまりの格差に逃げ出す者が続出しており、渥美半島では完全に旧来の秩序が崩壊しつつある。


 無論、無人と言えるほどでもないものの、各村では人が減り生産力が減っている。土地に愛着があったり地主なんかは残っているけど、この時代の場合は働き手が減ると村の維持に苦労するのは珍しくないからな。


 ちなみに渥美半島は未だに今川の勢力圏になる。拠点となる吉田城と田原城が直轄の城であり、寝返りたくても寝返られないところだ。その結果の人口流出なんだけど。


「衣食足りて礼節を知るというところかしらね」


 メルティがふとそんなことを口にした。まあ、一理あるなと思う。あまり裕福だと貧しい人の苦労とか知らないので傲岸不遜ごうがんふそんっぽくなる気もするけど。


 飢えないという安心感と頑張れば暮らしが楽になるという希望。こういうのがある社会は強いんだなと思う。元の世界の歴史でもあまりあることではないんだよね。


 適度な競争と最低限のセーフティーネットのある社会が望ましい。ただし民主主義や人権は現時点では害悪にしかならない。今の時代に合わせた社会と統治体制をみんなで模索する必要がある。


 ひとつひとつ成功と失敗を経験する必要があるんだ。オレたちも日ノ本の人たちもね。


 


 ああ、メルティが妊娠したみたいだ。まだ本当に初期なので、もう少ししたら公表する予定だ。




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