第1293話・戦後処理

Side:望月太郎左衛門


「地獄に落ちろ!」


「おらの子を返せ!!」


 縄を打たれた坊主どもに罵声が飛び、石が投げられる。止めさせるかと上に問うたが、左京大夫様は死なぬならば好きにさせろと仰せだ。民の恨みを買いたくないのだろう。


 まだ重湯しか与えられておらん者もおるが、直に飯が食えると知ると落ち着いた。されど恨みは深く、坊主どもを殺してやると息巻く者もおるほどだ。


「仏の教えも知らぬ愚か者の分際で! 地獄に落ちるのは己らだ!」


「なにを言う! 念仏を唱えると許されるのだろうが! ならば己らを八つ裂きにしたあとに念仏を唱えて、我らは堂々と極楽浄土に行ってやるわ!!」


 思わず笑い出しそうになった。真宗の教えではそうであったな。売り言葉に買い言葉で罵った坊主が反論出来ずに睨んでおるわ。


 民とて考えておる。この後裁きがあるのはすでに知らせた。殺してはならんことを知りつつ、死した者らの無念のぶんだけ坊主どもを罵って石を投げておるのだ。


「望月殿、少しよいか?」


 声を掛けてきたのは蒲生下野守殿の嫡男である左兵衛大夫殿だった。


「はっ、いかがされましたか?」


 六角家宿老の蒲生殿と、かつて甲賀望月家分家だったわしでは身分が天と地ほど違う。今は斯波家家臣である織田一族の久遠家家臣としてここにおる。公の立場が下がっておるが、実情は上がっておる。なかなか難しいものだな。


「今後のことを少しな」


 坊主と民の罵り合いを見ておっても仕方ないか。左兵衛大夫殿と無量寿院の中に入る。


 焼け落ちておるところもあるが、真宗の総本山を自認するだけに大層な寺院だ。かつてのわしなどはそこに疑念を抱くことはなかったが、殿はそれでよいのかと常々考えておられる。


 本證寺や此度の一件で、それが正しいのだとわしでも悟ったわ。そもそも民の救済を謳う真宗の総本山が一揆を起こされるなど恥以外のなにものでもない。仏の名で土地を治めるだけならば、それこそ高僧となれる身分があれば誰でも良いのだと思えてしまう。


 さらに甲賀におる時は知らなんだことだが、出家後の位が俗世の身分と血縁次第だというのはさすがに冷めるわ。


「随分と貯め込んでおるな」


 蔵には米や金銀銭が山ほどあった。織田では珍しくはないが、俗世を離れた寺が俗世の欲を貯め込んでおることに左兵衛大夫殿も少し思うところがありそうであるな。


 無論、この荒れた世で寺院を守るには銭も米も要るのは分かる。織田とて領地を守るために備えは欠かしておらんのだからな。


「高僧の屋敷にもいろいろとあったとか」


「そのようだな」


 寺院の外には高僧が構える屋敷もある。そちらにも金銀や銭が山ほどあったと知らせが入っておる。


 捕らえた高僧の私財含めて無量寿院のすべてを、一旦我らで接収する。雑兵や紛れ込んだ賊が盗もうとする故、今は織田の警備兵を寺院に配してある。


 左兵衛大夫殿とはそのような者らの扱いについて、少し話をすることになった。




Side:久遠一馬


 無量寿院の討伐が終わった。立てこもった者たちは職人などを除き、そのまま観音寺城に送られることになった。義輝さんが直接裁くのかどうかまでは決まっていないが、帝の勅と公方様に逆らった者として裁きを受けさせることは決まっている。


 伊勢から観音寺城まで罪人として縄を打たれての旅だ。プライドの高い連中には辛い旅となるだろう。


 最終的には日ノ本からの追放で調整が進んでいる。この時代の追放は、死罪より厳しいとさえ言われることもあることだ。


 ウチで使い潰してもいいし、どこか世の果てにでも放逐すればいいということになった。


 死ねば極楽浄土に行けると信じている狂信者たちだから、死罪は喜びかねないという懸念から生かして罰を与えるべしということになった。


 無量寿院に関しては存続が事前に決まっている。勅願寺という看板はいまだ健在だ。看板の返上をさせるべきという意見もあるが、とりあえずは前のトップである尭慧さんと尾張高田派の人たちで存続することになっているんだよね。


 勅願寺に任じた当時の帝の体裁もあって廃寺は難しい。


 責任はすべて捕らえた坊主たちに負わせる。悪いのは最後までいた坊主たちで一向宗高田派ではないというのが、落としどころになる。


 寺領は最低限を除き、すべて召し上げ。海沿いと織田領に囲まれた土地は織田であとは北畠の領地となることになるだろう。


「それにしても末寺が酷いね」


「奪うことしか頭にない者らでございましたからな」


 頭が痛いのは無量寿院の寺領と北伊勢の末寺の有様だ。田植えもしていないところが半分以上あるし、末寺は織田による再建途中での返還だったことから、後に入った連中が荒らしただけで良くなっているところがない。


 戦後処理だが、無量寿院の寺領と末寺の接収と復興費用は当然ながら無量寿院に出させる。もちろん戦の費用なども無量寿院に請求する。寺にある金目のものはそのまま幕府軍で確保して返還する予定だけど、全然足りないだろう。足りない支払いは分割だろうね。


 この時代、寺を攻めると一切合切を攻め手が奪ってしまうのが通例だが、今回は義輝さん名義でそれを禁じた。ただ、六角と北畠とは戦費を言い値で無量寿院が出すことで話がついているけどね。


 無量寿院が寺領内の領民に貸し付けていた銭や種籾などはすべて放棄させる。これは一揆を起こさせた罰だ。さらに国人や商人たちへの借財等も一旦無量寿院を潰したことにするので、返済義務がないこととする。


 この件で得するところもあれば損をするところもある。ただし、こちらの策で無量寿院にあれこれと売っていたところには、こちらで利益の補填をする。最終的には織田と北畠に従う者の借財は棒引きで、掛け売りの利益は補填する形だ。


 ああ、宇治山田のように勝手にやっていたところは知らない。新しい無量寿院と勝手に相談してもらう。


「恨むんならすべて最後まで残っていた連中を恨んでもらおう」


「うふふ、紙芝居の用意は出来ているわ」


「北畠と六角からもほしいと言われているんだよね。安くしてないんだけど」


 メルティに頼んで、この件も紙芝居とかわら版にしてある。悪徳破戒僧が寺院を私物化して一向宗と仏教に泥を塗った。そんな内容だ。


 散々猶予を与えても戦いを望んで負けた以上は、すべての責任と恨みを背負ってもらう。


 オレとしては高田派が落ちぶれても構わないんだけどね。尾張高田派の人たちも無量寿院の一件には我慢して頑張ってくれていたから、彼らに対する褒美がいる。


 まあ、宗派間の争いに巻き込まれたくないというのが織田、六角、北畠の本音だけどね。



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