第1292話・無量寿院の終わり

Side:千種三郎左衛門


 堀と土塀を軽々と越えていくものを見ながら、中に火矢を射る。聞こえてくる声がこの策が効いておることを示しておるな。織田は戦も桁が違うわ。


 前には梅戸家と楠木家もおるな。楠木家は先祖のことで朝敵だったのが、織田に臣従した途端に許された。


 織田の大殿は、『いずれにせよ許される頃合いだったのであろう』と仰せだったと聞いた。されど代々の悲願なのだ。ようやく許されたと涙を流して喜んだと聞き及ぶ。


 織田に仕える伊勢衆の動きが変わったのは、それもあると聞く。末寺や無量寿院におる血縁の者を必死に離反させたようだ。


 所領は失ったが、暮らしは楽になった。さらに代々の懸念を晴らしていただけるとなると、目の色が変わるのも無理はない。


「さて、ひとつ脅してやるか」


 周囲の者が息を飲んだ。織田でも限られた者にしか使えぬと言われる大筒と、久遠家の金色砲が目の前に運ばれてきたのだ。正しくは金色砲ではなく木砲というらしいがな。


「よいか! 出てきたら討ってもよいが、こちらから抜け駆けはならんぞ!」


 織田の将はそう命じると、大筒と金色砲を山門に向けた。


「撃てー!」


 馬が暴れぬようにと押さえつつ、撃つ様子を見る。花火のような轟音が間近で聞こえた。胸を詰まらせ、腹に響くような衝撃が皆に戦が変わったことを教えてくれる。


「おおっ!!」


 山門にいとも容易く穴が開いた。特に金色砲は凄まじく、中の様子が見える。


「ひぃぃ!!」


 幾度か撃つと中が見える。火が着いて燃え広がっておるようだ。先ほどまで弓を射てくる者もおったが、こちらが鉄砲と金色砲を撃つと姿が見えなくなった。


「助けてくれ!」


 あと一息となっておった山門を打ち壊したのは、中におった小坊主と職人らのようであった。後ろで逃げる者を斬り捨てる僧兵が見えるが、ものともせずに山門を打ち壊してこちらに逃げてくる。


「殺すな! すべて捕らえよ!!」


 降る者はすべて捕らえるようにと事前に命じられておる。中には身分を隠して降る卑怯者もおるかもしれん故に放置も解放も出来ん。


 それと僧兵は討って構わぬが、坊主どもも出来うる限り生け捕りにしろと命じられておる。生かしたまま捕らえて、一揆や我が千種家への謀の詮議を行うとのことだ。


「かかれ!!」


 中から逃げてくる者が途絶え、煙も収まった頃。ようやく我らにも命が下った。


 腹を切った者らも坊主どもの余計な謀がなければ、あのようなことをしておらぬかもしれん。皆で死した者らの無念を晴らしたいとこの日を心待ちにしておったのだ。


「思い上がった坊主を許すな!」


「己らのせいで父上は!!」


 皆が駆けていく。所領を失ったのは世の流れであろう。仕方ない。されど死なずに済んだ者はおるかもしれんのだ。


 さあ、わしも行くぞ!!




Side:無量寿院の高僧


「山門、突破されました!」


 なんじゃと!? 早すぎる。


「ええい! 僧兵どもはいかがしておるのじゃ!」


「それが……、土塀を越えて先日の毒と思わしきものや油が投げ込まれております。火矢も放たれておりますれば、皆、逃げ惑うばかりでございまする!」


 いかになっておるのじゃ!? 寺院に毒や油を使うたというのか!!


「おのれぇ!! 許さぬ! 許さぬぞ!!」


 誰が日ノ本を守り支えてきたと思うておるのじゃ! 織田のような成り上がり者や久遠のような氏素性の定かではない南蛮崩れなど許してはならん。


「皆をここに集めるのじゃ! 突破された以上、山門はもうよい!!」


 何故、皆、命を懸けて寺を守ろうとせぬのじゃ。ここは真宗の総本山。ここが落ちれば仏道が終わるも同然なのじゃぞ。


「やはり多勢に無勢……、ここは降ったほうが……」


「おのれは仏道が汚されてもよいのか! この堕落した世を救うのは我らしかおらぬのじゃぞ!」


 嘆かわしい。退けぬのじゃ。例えこの場の皆が殺されようとも。我らには仏がついておる。最後まで仏敵と戦い仏の下に行かねばならん!


「さあ! 皆の者、経を唱えるのじゃ! 無法者どもに我らの意地と志を示す時ぞ!!」


 許さぬ。決して許さぬぞ。必ずや己らを地獄に落としてくれる。


 必ずや……。




Side:柳生家厳


「お方様、本堂が落ちたようにございます」


 勝鬨の声がここにも聞こえる。一日と持たなかったか。元より守れるほど人がおらなんだことが大きいとはいえ、御家の投石機やら金色砲が戦を変えてしまった。


「ご苦労様、酒や兵糧は孫三郎様の命に従って。あとは彦右衛門殿たちに任せます。私はしばらく手が離せないわ」


「はっ、畏まりましてございます」


 味方優先とはいえ、敵味方問わず医術にて助けるか。なんとも驚くべき御家よ。


 新参のわしに出来ることは多くはない。周囲に人を配してただ命に従うだけ。


「殺せ! わしは命を懸けて仏道を守るのじゃ!!」


「黙らせなさい」


「はっ!」


 暴れる者。騒ぐ者。そのような者らを取り押さえて大人しゅうさせる者もおる。今運ばれてきた者は年老いた高僧のようだ。まるで鬼に見えるほど血走った目をしておるのが見えた。


「いいこと。貴方たちがどんな信念で生きているかなんて、私には関わりのないことよ。私は私の信念のままに生きるだけ。敵であろうと私の前に患者としてきたなら、助けるわ。たとえ死を望んでもね。死にたいなら後で勝手に自害しなさい」


 まるで武士のようだ。久遠家ではお方様も戦場に出ると聞き及び、いかなるお考えかと思う時があるが、信念。まさにその一言がすべてなのであろう。


「仏道を守らねば……」


 ああ、狂気にも似た坊主が気迫に押されたのか大人しゅうなった。


「あいにくね。ウチはどこよりも多くの寺に寄進して、仏道を守っているわ」


 そのまま坊主は口をふさがれて傷の縫合をされていく。痛みからであろう。うめき声を上げる坊主の声が静かなゲルの中に響く。


 たいしたものだ。己の矜持しか見えぬ坊主を諭してしまったわ。


「よし、次!」


「はっ、ただちに」


 お方様しか出来ぬことをすると坊主は運ばれていく。残りは他の医師が行うのだ。そしてまたひとり傷の深い者が運ばれてくる。


 頃合いを見て、お休みいただく時を作らねばならんな。これではお方様が先に参ってしまうわ。






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