第1291話・無量寿院討伐戦
Side:ジャクリーヌ
「飯をくれ! なんでもする!!」
「まずは重湯で我慢せい! その体で急に飯など食うたら死ぬぞ!!」
捕らえた一揆勢の収容場所は難民キャンプだね。仏と言われる織田だから抵抗は少ないけど、それでも空腹で我を失っている者もいるわ。
衛生兵が説得しているけど、それを信じない。または待てない者も多い。リアルな飢えとはこれほど悲惨で恐ろしいものだなんてね。
その隣では重湯ですらありがたいと泣いておる者がいれば、あと少し早ければ助かった者もいたと嘆く者もいる。
残念だけど民の命を惜しむという概念はこの時代ではほとんど存在しない。
「お方様、あまり近寄っては……」
護衛と私たちの戦を学ぶために同行している柳生美作守家厳殿に、難民キャンプに行くのを止められる。
年の功という奴だろう。なにかと気が利く人だね。
「そうね」
アタシは重傷者の手当てで忙しい。さらに久遠の女と知ると騒動になる可能性もある。難民キャンプのほうは衛生兵に任せるしかない。ケティのようにあまり顔を売りたくはないということもある。
「忙しそうだな」
「これは黄門様。傷の深い者の手当ては一通り終わったわ」
陣に戻ると北畠の黄門様がおられた。彦右衛門殿たちと無量寿院攻めの相談をしていたようね。
「お方様、投石器。いつでも組み立て出来まする」
「そう、ならこことここでいいんじゃないかしら?」
投石器は三機持ってきた。三方から使うべきかしらね。逃げ道は作っておかないと攻めるのも楽じゃないわ。
「金色砲を見られるかと楽しみにしておったのだがな」
「中に焙烙玉とか投げ込んだほうが早く落ちるわ。山門は木砲で十分ね」
黄門様に限らず、金色砲がどんな武器か見たい者は多いのでしょうね。だけど山門も鉄砲の対策すらしていないようだし、必要ないわ。
寺院内の人の数は二千から三千人。真宗高田派は妻帯を許しているから女子供もいる。あとは職人や小坊主なんかもいるわ。高僧といえるのは多くても一割程度かしらね。
僧兵などの戦闘要員は千名に満たないはず。広い寺院を守り籠城するには厳しいわね。
「策を変えようか。最初に投げ込むのは催涙薬がいいね。恨みと責めは上の者らに負わせればいい。黄門様いかがかしら?」
彦右衛門殿たちの情報からアタシは策の変更をすることにした。公方様の命に背いた者を許せないけど、責めは上の人間が負うべきね。職人や下の坊主を殺したところで得るものはないわ。
「北畠としては構わぬが……」
「なるべくなら寺院を傷つけないほうが後で楽なのよね」
「まあ、それはあるな」
あとは六角に根回しして了解が得られればそれでいくか。
「それにしても本当に籠城する気だとはね。公方様の
「公方様どころか主上でさえ、仏道に関しては己らが上だと思い上がった者らだからな」
神道と仏教は正式には違う。神道では帝は神官であるけど、仏教では信徒という教わる側という扱いになっている。これ史実だと明治政府が変えたのよね。よろしくないからと。結果として有名な廃仏毀釈が起こったのだけど。
この時代やより古い時代に強訴なんていう横暴が許された原因にはそれがある。武士は当然下に見ているし、帝だろうが公家だろうが気に入らないと変えてしまおうとする。
これ、ゆくゆくはなんとかしないと駄目ね。
まあいいわ。無量寿院には仏教界の改革の礎になってもらうわ。
Side:織田信光
「よいか! なにがあっても投石隊を守れ!」
「はっ!!」
刻限になっても使者は戻らなかったか。山門を見るとあからさまに戦支度をしているので分かっておったことであるがな。
織田は山門のひとつと投石隊の守りに兵を充てた。此度は相手も鉄砲があるということで、木で出来た矢盾の裏に竹を束ねたものを付けた鉄砲盾を用意してある。あとは投石隊を守れば、日暮れまでには戦は終わるだろう。
「始まったか」
降伏を促すことはもう要らぬ。久遠の投石隊が寺院内に次々と弾を撃ち込む。
「坊主というものは強情でございますな」
織田の陣は愚かな坊主を憐れむ者すらおる。前に出たのは梅戸と千種などの新参者と戦を待ちわびておった武官らだ。梅戸と千種は出す気がなかったのだが、特に千種がいかんとしても前に出たいと嘆願があった。
無量寿院の僧の口車に乗って家と領地を失った。今でもそう思うておる者が多いと聞く。前に出ねば治まらなかったのだろう。
「あれも籠城殺しでございますな」
空堀も土塀も越えて投げ込まれるものを見て、少し険しい顔をしたのは安藤か。伊勢亀山を任せておる男ゆえ呼んだのだが、素直に喜べぬと見える。
此度わしはここで大人しく見ておるしかあるまいな。あまり織田が目立っては六角と北畠が困ろう。後ろで大人しくしておるのはあまり好かんのだが。
Side:無量寿院の僧
「よいか! 必ずや仏は我らにお味方下さる! 仏の寺院に一歩も踏み入れさせるな!!」
「おー!」
高僧の檄が飛び、士気が上がる。鉄砲を懸念して山門を木材で補強した。いかに織田には自慢の鉄砲や金色砲があろうともこれで防げると言うと、皆が誇らしげな顔をした。
「ぎゃー!!」
なっ、なにが……起きたのだ?
「上だ! 上!!」
壺のようなものが飛んでくる。山門を守る我らを狙ったように飛んできた壺は割れると中から赤いものが周囲に散らばった。
「痛い! 目がっ!! 目が痛ぃぃ!」
近くの者が乱心したかのように騒ぐと、その場から周りの者が逃げ出す。
「おのれぇ! 仏の地である寺院に毒を投げ込むなどと!!」
ちっ、愚か者が! そのようなことを言えば!!
「毒!? にげろ!!」
寺院内におる小坊主らが毒に恐れおののき逃げ出した。愚か者が! 高僧を名乗っておきながら戦の差配も知らぬのか!!
「毒ではない! 逃げるな! 逃げると仏罰が下るぞ!!」
目が痛い。されどここで逃げれば山門を突破されてしまう。
「ひぃぃ!」
「なんだ!!」
次から次へと飛んでくる壺から赤い油が流れてくると、外から火矢が飛んでくる。赤い油を踏んだ者の草鞋に火が付くと、男は乱心したように走り回り、油と油がついた木材に火が回っていく。
「熱い! 熱い!!」
「痛い! 目が痛い!!」
なんだ? 油が燃えると、火を消そうとした者らがまた目が痛いと騒ぎだした。
赤い油はただの油ではないのか!?
おのれ!
「弓だ! 弓を射れ!」
こちらも戦わねばこのまま犬死だ。許さぬぞ。許さぬぞ!!!
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