第1290話・追い詰められる無量寿院
Side:久遠一馬
「ちーち! はーは!」
海パンで砂浜を走る大武丸がこちらに手を振った。
「大武丸、走ると危ないぞ」
オレたちは蟹江郊外の浜辺に海水浴に来ている。伊勢では一揆が起きて幕府軍が対処をしているが、尾張は平和そのものである。
伊勢衆や尾張高田派は一揆に加担しそうな北伊勢の末寺を止めたりしているものの、あとは平常通りだ。加賀と飛騨の境界にある白山の噴火の影響も出ている。一部の地域では早くも稲の収穫が全滅になると報告があるほどだ。
また東を見ると今川の動きも注視する必要がある。寿桂尼さんが臣従をするというのは確かだろう。ただし、無量寿院に手間取ればどう転ぶか分からない。
ああ、一番肝心なのは尾張を中心とした経済活動を止めないということだ。それで食べている人も多いし、戦費よりもそちらのほうが被害が大きくなりかねないからね。
「伊勢は大丈夫かな?」
「問題ありませんよ」
出産を経験してもうちの妻たちはスタイルが変わらないなと改めて感心する。その筆頭であるエルと少し伊勢のことを話す。
筋は通したし、打てる手は打った。元の世界の催涙弾とまではいかないが、暴動鎮圧用の催涙薬は用意した。この時代だと唐辛子がまだそれなりに高価になるけど、今回は一揆勢を生かしておくことに意味がある。
無量寿院の統治による飢えと不手際を喧伝するには生き証人が一番だ。温かいご飯を与えるのは誰なのか。それを示せば、二度と無量寿院が勝手なことをすることは出来なくなるだろう。
「皆の衆! 競うのでござる!」
「一番になったら褒美をあげるのですよ?」
今年も海水浴は賑やかだ。すずとチェリーが若い衆と家臣や孤児院の子供たちを競わせ始めた。こういうのが盛り上がるんだよね。
あまり小さい子たちは海辺で沖に出ないようにと大人が見張ってくれているしね。ありがたい限りだ。
ああ、ロボ一家も今日は元気だ。お市ちゃんが久しぶりに織田家と斯波家のロボの子たちを連れてきたので、ロボ一家も今日は勢ぞろいだ。
織田もすべてが上手くいっているわけじゃない。でもみんな悩みながら進んでいる。
秋に向けていろいろと支度もあり、みんな忙しいけどね。戦に行った信光さんたちが羨ましいなんて声も少しあるようだ。
武士として戦はやはり特別なんだろう。
それもまたいいなと、最近は思うようになったかな。
Side:無量寿院の僧
何故、わしが……。
まさか六角、北畠から当主が来ておるとは。織田は北伊勢を平らげた守山城の信光か。
一揆勢を瞬く間に鎮圧した奴らは、使者を出せと言うてきたのでわしが使者として出向いた。このような役目は望むはずもないが、命じられた以上は仕方なきことか。
「畏れ多くも勅願寺でありながらこのような不手際、決して許されることではない。上様の下命により厳しき詮議を致す。早々に無量寿院を開けてすべての者で出頭せよ」
……思わず我が耳を疑った。これでは罪人扱いではないか。
「お待ちくだされ。何故、我らが。我らは詮議される覚えなどありませぬ。さらにここは真宗総本山であり勅願寺であるところ。いかに公方様といえども、勝手に詮議とは乱暴でございます」
「無礼者が!!」
声を荒らげたのは軍監として先ほどから話をしておる三淵弾正か。公方様の側近と聞き及ぶが。何様のつもりだ?
「控えよ。帝の勅である。帝は度重なる無量寿院の振る舞いに御心を痛めておられる。此度、上様にすべてを一任された。その上様の下命にて我らはこうして来ておるのだ」
勅だと!!! まがい物ではないのかという言の葉が出そうになるが、思いとどまる。まことであったらわしの首だけでは済まぬ。織田はともかく、六角と北畠がかような謀をするとも思えぬ。
「一日の猶予をやろう」
左京大夫の顔を見る。本気だ。戦も辞さずということは明白だ。
わっ、わしではいかんとも言えん。早う戻らねば。寺が、御寺が。
Side:六角義賢
一揆勢は粗方捕らえた。下手に蹴散らしては逃げて周囲に損害が出るからな。捕らえるに越したことはないが……。久遠は相も変わらずというところか。
かような策があったとは。
「飯を食わせてしまえば、民は寺ではなくこちらに従うか」
織田でなくば出来ぬ策とも言えような。坊主よりも武士を信じるなど仏の弾正忠なればこそ。自らの寺領の民の信を失うとは、坊主からすると末代までの恥というところか。恐ろしいことをする。
「酒でも出そう。兵を休ませるか」
使者が下がると織田
酔うてしまうほど飲ませるわけにもいかぬが、近江から来た者らはそろそろ休ませたいところだ。勝手に周囲を荒らすなと命じておるが、寺領の村を荒らしに行き織田方に捕らえられた者もおる。厳罰に処さねばならぬな。
Side:無量寿院の高僧
「帝の勅だと!!」
謀られた。織田が大人しいと訝しんでおったが、すべてはこのためだったのだ。
「六角とは誼を通じておったはずだぞ!」
「それが、千種の一件を許しておらぬようで。千種家の謀叛を我らが謀ったことも此度の勅に関わりあるようでございます」
「あれは愚か者が勝手にやったことぞ! 謝罪したであろうが!!」
六角を責めても仕方あるまい。今考えるべきなのは、奴らに降るかということだ。
一揆勢は織田が用いた毒の煙にやられて捕らわれてしまった。僧兵も同じ毒にやられたが、幸いなことに死ぬものではなかったようで今は落ち着いた。
されど、あのような卑怯な策を用いる者を許してはならん。
「退けぬの」
「ああ! 退けぬ!」
「奴らが勅ならば、我らは奴らを仏敵として討つまで!!!」
本願寺のような下劣な者らと通じるだけに仏道も道理も理解しておらぬ。退くことは出来ぬ。我らが仏の道を守り、日ノ本の正しき在り方を示さねばこの世は地獄と化すであろう。
「待て! 待て! 退けぬというていかがするのだ? 戦うのか? 忘れたわけではあるまい。三河本證寺の末路を!」
「臆したか! 仏は常に我らの味方だ! 必ずや奴らには仏罰が下りて、我らをお助けしてくださるはずだ!」
「奴らに仏罰が下る前に我らが殺されては元も子もないわ!」
ちっ、この期に及んで怖気づく小心者が。本證寺の愚か者と一緒にするな! 御寺は堀も塀も強固なのだ。それに高い銭を出して鉄砲も手に入れた。織田だけが鉄砲を使えるわけではないのだ。
返り討ちにしてくれるわ!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます