第1273話・若武衛様の婚礼・その二

Side:久遠一馬


 お昼を過ぎて午後三時頃だろうか。婚礼の儀が始まる。開始時刻も慣例だった夜から早めている。


 婚礼の儀に関しては評定にて何度も議論をした。これは義統さんの指示だ。


 近年で結婚があった信長さん達やオレ達の婚礼や、昔ながらの婚礼のやり方も含めて再検討した結果になる。


 当たり前だと疑問すら許されなかった伝統や慣例を、改めて理由や必要かどうか検討するべきだというのが義統さんの考えだった。これ、原因はウチなんだよね。やっぱり。


 婚礼の儀を尾張に来るまでしていなかったものの、ウチはそれで成り立っていた。それと神仏への祈りは誰もが認めるが、宗教関係者の言いなりなのはどうかという疑問も織田家中には生まれつつある。


 婚礼を夜に行うということは一説には陰陽思想が根底にあるらしい。陽の男と陰の女。陰の女を迎えるには夜がいいということ。ただ、ウチだとその辺を気にしていないということから疑問が生まれた。


 エルたちがそれで問題があったのか? また守れば家が繁栄するのか? 実は義統さん自身は、神仏が人を個別に救うことも罰を与えることもないと考えている節がある。


 義統さんの父親である義達さんは伝統や慣例を守ったが、結果として家を衰退させた。一方で義統さん自身は家を繁栄させている。神仏が一介の武士の家如きに御心を砕かぬのであろうと少し冷めた考えがあるようだ。


 いろいろ考慮して津島神社と熱田神社なんかにも意見を聞きつつ、最後は義統さんが午後からの婚礼を決断した。


 日ノ本ばかりか大陸や欧州の話すら義統さんにはしている。その影響が出たとも言えるだろう。神仏はその地により形が変わり、教えも違う。重要なのは祈ることだというのが今のところの認識だと思う。


 あと、花嫁さんの義父となる晴具さんと義兄になる具教さんが出席するが、これも義統さんの提案を北畠家が了承した結果だ。


 理由はウチの風習を取り入れたということになっている。昔はオレたちがウチの風習だと言って言い訳にしていたのに、今では義統さんも使っている。まあ言い訳という言い方は適切ではないかもしれないけど。


 見届け人として六角義賢さんが出席する。これも前例がないことだ。他家の人が見届け人となるなんて。


 あと変えたことは、三々九度などの儀式を皆さんの見ている前ですることになった。現在は当人同士と僅かな人しか同席しないが、変えてもいいのではないかということになった。


 権威と力は偉大だね。今の斯波家が行いたいと言えば大きく反対する人はいない。理由を考えて辻褄を合わせてくれる。


 元々、義統さんはここまで大規模な婚礼にはそこまで賛成ではなかった。今でも自分が祭り上げられることが嬉しくないらしい。


 信長さんやオレの婚礼より立派にしないと、織田家として困ることから反対もしなかったけどさ。義統さんにとって婚礼を変えることは、自分を助けてくれなかった足利や世の中への意趣返しにも感じる。


 ああ、出席者も変えてある。初日は一族衆だけで婚礼の宴をするはずが、今回は北畠、六角を筆頭にした招待客と、斯波一族に織田一族などが揃っている。斯波と織田の一族は主立ったところは夫婦で参加しているので、女性も相応にいる。


 無論、女性は正室がひとりだけ出席しているけど。例外はウチか。エル、ジュリア、セレス、ケティ、メルティが役職を持っていて、エルが正室として出席する以外はジュリアたちが役職として出席している。


 この辺りは外交的な影響も大きいだろう。




 婚礼が始まると、三々九度などの儀式が進むのをみんなで見守る。ただ、これ義信君と花嫁さんはより緊張している感じだ。


 なお、招待客の皆さんは自分たちの婚礼のやり方と違うことに驚いているようだ。義賢さんを見届け人として紹介すると、小笠原さんや木曽さんたちが信じられないと言いたげな顔をした。


 正直、この時代だと同盟をわざわざ他家に教えることはまずしない。婚姻などで血縁が出来たのを見てそう判断するのが一般的だ。教えてやる義理などないというところか。


 見届け人。本来は花嫁の実家が出すもので、信長さんの婚礼では義龍さんが来た。それが他家である六角家の義賢さんが見届け人として座ると驚かれて当然だろう。


 実際、婚礼に関して説明してあるのは北畠と六角だけだ。あと近衛さんと山科さんには始まる前に教えてあるが、今川、朝倉、小笠原、木曽などの招待客には教えていないからね。


 今川と朝倉はそれなりに情報収集をしているようで、知っていたようだけど。教えてはいないが、隠しているわけではない。朝倉は六角家と親交があるし、今川は雪斎さんが尾張の情報を積極的に集めている。


 まあ今川も朝倉も歴史に残るだけに手強いなと改めて思う。




 三々九度などの儀式が終わると、ホッと一息つける。この後は宴だ。


 最初に運ばれてくるのは純白のケーキだ。白無垢ケイキといつの間にか呼ばれている、三段重ねの大きなケイキが幾つか運ばれてくる。今日の宴は人数が多いから、複数のケイキになった。


 これ最初じゃなくていいんだけどね。信長さんの婚礼の印象が強いのだろう。最初がいいという意見が多かった。この後は宴会になるから、先のほうがいいという事情もあるけど。


 料理人の人が緊張した様子でケイキを切り分ける。これも今までエルたちがしていたことだけど、今回は料理人がすることになったらしい。これだけの人たちの前で切り分けることは大変な名誉なことだと相当練習したと聞いている。


 配られたケイキはみんなで静かに食べる。不思議と厳かな儀式のような雰囲気だ。


 金さんの結婚式で彼と奥さんのために作ったケイキが、こうして義信君の婚礼で諸国から来た招待客の前に出されると別物に見える。


 フルーツもなにも入れていない、シンプルなホイップクリームのケイキ。生地とクリームの味だけにシンプルで素材の味を楽しむものになっている。


 これ、白無垢ケイキにしたのには斯波家が源氏という理由もある。源氏は源平の頃から白旗だからね。変えるべきところは変えるが、縁起を担ぐという時代の常識は押さえているんだ。


 純白のケイキがふたりの明るい未来となってほしい。そんな思いを込めるのも悪くない。


 さあ、次は宴だ。



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