第1274話・若武衛様の婚礼・その三

Side:朝倉宗滴


 白い菓子は食うたこともない味であった。越前では見たこともない菓子だ。白無垢ケイキか。都からおいでになられておる近衛殿下らも食うたことがないというほど。これが織田の力か。


 続いて出された膳もまた驚きであった。


「そちらの汁物は白カレーというものになります。天竺料理を当家で手を加えました。本来は白ではないのですが、源氏である若武衛様の婚礼ということで白いカレーを用意致しました」


 淡々と料理について語る内匠助殿に、誰もが見入っておるように思える。


 魚もまた白い。いや、魚を模したなにかかと思うた。白いなにかに魚の絵を描いてあるのだ。なにかと思えば、塩を固めたもので鯛を包んだ料理なのだとか。塩釜焼き。そう言うておったな。


 あとは鰻の白焼き、茶碗蒸し、タコともやしの酢の物など、白いものを中心に数多くの料理が並ぶ。


 膳や椀に皿もどれも他所ではお目にかかれぬほどの品ばかり。


 ほう、カレーとはかような味なのか。まったく食うたことがない味じゃの。中に入っておる魚や芋がカレーの味とよう合う。これは美味い。いかにすれば、かような味になるか分からぬくらいに作るのが難しいのであろうな。


 どれ、次は鯛の塩焼きとやらを。これは木槌で叩いて身を出すのか。


 なんと……。これは同じ白い料理でありながらまったく違う。鯛の味をそのまま生かしたものか! 奇をてらい見知らぬ料理ばかりではない。当たり前の鯛の塩焼きをまったく違うものにしてしまうとは。


 なんともこれほど鯛の塩焼きが美味いと思うたことは初めてかと思うほど、品があり別格の味じゃ。


 なにが違う? ああ、飯も違うのだ。米が美味い。炊き方か? 米もまた違うのか? わしには分からぬが、すべて考え込まれた膳だ。


「カレーが白いとは……」


「新しい料理とは。さすがは大智殿だ」


 ふと、織田の者らの話が耳に入った。同じ家中で料理を振る舞う機会も多かろう。そのような者らが初めてと驚くとは。底が知れんの。


 ああ、カレーというのは癖になるな。しばし落ち着こうと酒を飲むとまた食いたくなる。


 婚礼の宴といえば、皆、酒を楽しむが、尾張では料理も楽しむように見える。


 肝心の若武衛殿も織田や久遠と上手くいっておる様子。婚礼という場なだけに気を張っておるようじゃが、不満のある様子はない。これだけ名の知れた者が臣下におれば妬み疑心のひとつもありそうなものじゃが。


 今川の者らもあまり顔色が良うないの。一度や二度の戦で勝って増長した程度ならば笑うておられるが、最早、日ノ本とは別の世になりつつあるとさえ思える。


「これは……」


 腹も徐々に満たされつつあり、ふと漬物に箸を伸ばすとまたもや驚かされる。歯ごたえがよいの。それに美味い。かぶではないようじゃが、はてさて。


「それは大根の漬物になります。尾張でここ数年増やしている作物になるのですよ」


 どこか安堵するような味に考え込んでおると内匠助殿が教えてくれた。


「当家ではこれを教わり作っておるが、まだこれだけの味にならぬ。漬物ひとつとっても後れを取るとはのう。日々の暮らしにも目を向けぬといかんということじゃろうて」


 内匠助殿とわしの様子が面白かったのか。北畠の大御所殿が声を掛けてきた。南伊勢にて揺るぎない力があると聞き及ぶが、織田と斯波と縁を結ぶとはいかにと思うておったところだ。


 領地もあり戦もするが、さすがは公家ということか。家中の者にも聞かせてやりたいわ。


 六角と北畠は、斯波と織田の先行きにいち早く気付き先手を打ったか。いや、これも織田の策か? いずれにせよ争う大義も利もあるまい。


 戦のみならず平時に出遅れるとは、なんたる不覚。




Side:寿桂尼


 六角は多くの家臣を連れてきたとか。己の力を誇示したいのかと思いましたが、違うのかもしれませんね。


 この国は己の目で見ねば、その力も恐ろしさも真に理解することは叶わぬこと。ならば見せてしまえばいいだけのことです。


「……甘い」


「酒以外のものもご用意してあります。なんなりとお申し付けください」


 かような席で酔うてはならぬ立場。祝いとして少しだけ飲み、酒を止めておると別の飲み物が運ばれてきました。


「これは……」


「牛の乳に果物を潰して入れたものになります。メロンという瓜を甘くしたものなんですけどね。作るのが難しくて売るほどない品です」


 なんとも心地よい甘さに思わず驚いてしまうと、内匠助殿が中身を明かしてくれました。得体の知れぬものではないと示したかったのでしょうか?


 私の様子から酒を飲んでいた男衆も同じものを頼み、飲み始めます。


「これもよいの。牛の乳をかような味で飲めるとは」


「日々、様々なことを試しておる成果でございます」


 相も変わらず近衛公は内匠助殿と親しげです。さすがは公家の中の公家。相手を見抜き、その力を理解しておられる。


 かつては公家が牛の乳を飲んでいた。それが尾張で流行っているというので駿河にいる公家衆も誇らしいと言うていたほど。


 信義を重んじるだけではない。身を清めることこそ病に罹らぬ知恵だと喧伝しておることで内匠助殿と薬師殿は寺社からも認められておるとか。かつての公家の暮らしもまた真似ておることで公家衆も喜ぶ。


 まったく隙がありませんね。


「では、そろそろ最後の品を運んでください」


 とても和やかな宴の席です。今川では近年なかなかないと思うほど。


「なに!? まだあるのか!」


「先に言うてくれ! 腹いっぱいに食うてしもうたぞ」


 その時でした。内匠助殿が声を掛けると、新たな膳が運ばれてきます。織田の者らの中には聞いておらぬと驚き笑うておる者すらおるとは。


「申し訳ございません。少し驚かせようかと思いまして」


「あまり驚かせんでくれ。驚いて腰を抜かしてしまうぞ」


「フハハハハハ」


 古参も新参も互いに言いたいことを言えて笑い合える。この光景の恐ろしさを織田の者らは理解しておるのでしょうか?


 膳には大きな硝子の器がひとつありました。これは……。


「果物の膳でございます。氷菓子もありますので、溶けぬうちにお召し上がりください」


 みかん? そんな……、あれはこの時期に手に入るものではありません。中央には赤と白と薄い緑の色をした氷菓子があります。周囲にはみかんや見知らぬ果物があるのです。


 冷たい。しかもなんと濃厚な氷菓子でしょう。果物をそのまま食べていると思えるほどの濃厚な味に誰もが絶句しております。


 やはり臣従以外に今川が生き残る道はありませんね。駿河の地は明け渡しましょう。最後に今川の意地を見せる戦をする時をいただく。これを唯一の願いにしなくては。


 溶けてゆく氷菓子と見たこともない果物の甘さと味に、今川家の守護大名としての終わりを確信せざるを得ません。




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