第1271話・花火・その二

Side:真柄直隆


 胸を震わせるような花火が次から次へと上がる。


 ここは招かれた奴らの家臣らが見物している席だ。オレは昨年に続き二度目だが、見たことねえ奴は信じられねえのか拝んでいる奴までいる。


「美味いねぇ。家臣に出す飯なんて、いずこに行ってもそう変わらんと思うんだが」


 川では巻藁船が流れてくる。巻藁船の提灯の明かりと花火は、なんとも言いようがない光景だ。


 ここにいる奴ら皆に重箱と酒が配られた。お代わりも出来るそうだ。薄めてねえ金色酒なんて越前だとまずお目にかかれないってのによ。


 中に入っている塩むすびがまた美味え。白い米の味も塩の味も最上物だ。海老やら魚やらあるかと思えば、馬鈴薯の煮つけまであるじゃねえか。久遠殿の家で食わせてもらったから覚えている。


 ふと、『斯波と織田など物の数ではないわ』と豪語しておった奴の顔を思い出した。いけ好かねえ奴だ。ただ、心情は理解する。祖先を貶めることはオレも出来ねえ。朝倉にとって斯波から領地を奪ったと認めることは出来ねえだろう。


 宗滴のじじいはさすがにもう歳だ。五年、十年後には戦には出られまい。朝倉は今川のようになるのか?


 あのじじいの恐ろしいところは、戦では織田に勝てないと認めていることだろう。はっきりと口には出さねえが、そのために何度も尾張まで足を運んでいるんだ。


 因縁を終わらせることが出来るのか? じじいならあるいは……。


 オレは人より体がでかい。だが、それでも空に浮かぶお天道様や月は届かねえんだ。だからこそ分かる。朝倉は宗滴のじじいが死ねば終わりだ。


「おおっ!!」


 色の違う花火が上がると、周りの奴らが興奮したように声を上げた。いつの間にやら、皆が花火に魅せられている。


 この先、この中に織田と戦をする者もいるかもしれねえ。だけどそいつは戦場でこの花火を思い出すだろう。家のため、一族のため。そう言い訳をして、この花火を見るために寝返ってもオレは驚かねえな。


 かつて、鎌倉が世を治めていた頃、立ち上がったのが足利だとか。世が移り変わるときには選ばなきゃならねえのかもしれねえな。


 戦場で最後まで戦うのも悪うない。己の力の限り抗ってみたいとも思う。


 だが……、夏にはこうして酒を飲みながら花火を見て、秋には武芸大会に出る。そんな暮らしもいいかと思ってしまう。


 己の力と技で一番を目指すか。


 悪いこと覚えちまったな。見渡す限りの織田の民がオレに喜びの声を上げていた。余計なことを考えずただ、勝つために戦えた。


 あれは武士にとって戦場以上の面目を得る機会なんだ。


 織田は怖いねぇ。敵も味方もみんな変えちまう。それは宗滴のじじいにも無理なことだ。




Side:朝比奈泰能


 尼御台様は静かに花火をご覧になられておる。一時の慰めにでもなればよいのだが。


 尾張に到着した我らは、先日には吉良殿と会うた。まだ若く、家の存続を決めるにはあまりに若すぎるとすら思うた。恥を晒したというが無理もない。家をまとめることはそれだけ難しきことだ。


 驚いたのは織田で重臣と言うても過言ではない役目に就いていたことか。愚か者には見えなかったが、新参者に役目を与えたことには驚く。


 家臣も守れず己の所領を失った大うつけと駿河では謗る声も聞かれるが、尾張ではさほど恥じ入る様子もない。まあ、余所者のわしには見えぬところで、陰口を叩かれておるのやもしれぬがな。


 しかし、まさか今川家が戦も出来ぬまま降伏に追い込まれるとは……。敵ながら天晴としか言えぬ。


 戦は勝てばよいのだ。わしもずっとそう考えておった。されど、戦をせずに勝つならそれに越したことはない。孫子の兵法でも『百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』とあるからな。


 銭で負けぬ戦か。寺社の坊主でさえ兵を上げるというのに。まったく織田は。銭を使うなど卑しき者だと謗るのは容易い。とはいえ騒いだところで織田に勝てるわけでもなく家が残るわけでもない。


 そもそも織田はここしばらく戦でも負け知らずだ。すでに兵の数が違い過ぎる。内匠頭と内匠助が前に出てこぬ限り、武田との戦と同じく決着など着かぬ。


 強き者に従うしかない。世の習いだ。


 公方様が織田を疎み動かれるならまた話が変わるが、そのような様子もない。よほど病が良うないのか、お認めになられておるのか分からぬがな。


 武田、朝倉、六角、北畠。この辺りをまとめて織田と争うことが出来れば、また違ったのであろうがな。されど、そのようなことは斯波と織田とて承知のこと。出来るはずがない。


 致し方ないことだ。織田に頭を下げて生き残るしかあるまい。今川家の御為。朝比奈家のために。




Side:久遠一馬


 花火も中盤から終盤に差し掛かっている。今年は色付きの花火を増やしたので見栄えがいいな。


 ここからは見えないけど、巻藁船と花火の競演も最高なんだよね。子供たちは喜んでくれているだろうか。


 しかし、花火が随分と重要なイベントになったなぁ。オレはみんなで楽しく花火を見たかっただけだったんだけど。気を付けないとな。影響が大きすぎる。


 エルたちは今回も招待客の花火見物の席にはいない。寿桂尼さんもいるし出てもいいんだけど。女衆や子供たちとの花火見物に参加している。


 今年の料理はこの後に義信君の婚礼もあるので若干控えめだ。それでも他国では出せない料理を出しているけど。


 蚊取り線香の匂いと花火。夏だなと思う。


 周りを見ると、皆さんそれぞれに楽しんでいるようだ。ただし、素直に楽しめていない人もいるみたいだけど。


 こういうお祭りと宴の席も仕事なんだよね。信秀さんや義統さんだって、自分の力を世に示したいとやっているわけでもないし、招待客だって立場や関係から来ている人たちだ。


 それでも少しでも楽しんでもらえるように頑張ったんだけど。なかなか難しいね。


「おおっ!」


「なんと……」


 そろそろフィナーレだ。今年の最後は二色の花火になる。元の世界のような完成された花火じゃない。でも二色が入り混じった花火に公家衆の皆さんが歓声を上げてくれた。


 一番反応してくれるから、実は公家衆の皆さんに珍しいものを披露するの結構楽しいんだよね。


 今年も一歩花火は進化した。これが、オレからの皆さんへのメッセージだ。


 人は変われる。来年に希望と期待を抱いて頑張ろうという願いを込めたんだ。


 今川家と朝倉家の皆さんは気付いてくれるだろうか?




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