第1270話・花火
Side:久遠一馬
一通り仕事が終わったので勝幡城に来た。招待客も先ほどまで津島見物をしていたようで、一足早く戻り夜の花火を待ちつつお茶にしていたようだ。
人の賑わい。オレは元の世界で慣れているし町が栄えているなと嬉しくなるけど、この時代の人、特に他国の人からすると脅威に見えるんだろう。義賢さんが連れてきた六角家の家臣たちは少し圧倒されたようになっていたと報告をもらった。
文化や統治法を見てもらうことも必要だけど、織田の力を見せることが第一なんだよね。言い方が適切か分からないが、勝てない相手に意地を張る人は決して多くはない。
「今川と朝倉か。面倒なことにならねば良いがな」
同じくこの日、招待客として津島を訪れた具教さんと晴具さんもすでに到着していた。具教さんは寿桂尼さんと宗滴さんを見てなにか感じたのか、オレを見るなりそう囁いた。
義統さんも因縁は解消したいと考えている。ただ、斯波家もあっちこっちに因縁やら血縁があるからなぁ。迂闊なことが出来ないんだよね。
「なるようになるしか、ならないのかもしれませんね」
寿桂尼さんには申し訳ないが、オレは宗滴さん個人に手を差し伸べたいとは思うくらいなんだよね。
家と面目を残したいというなら手を尽くしてもいい。ただ、駿河の領地は譲らないとか改革に逆行する条件を言われると、オレとしては動けない。
確かにそろそろ決着は付けたいけど、統一自体は今川の動きにかかわらず進める方針を考え実行に移してもいるんだよね。
「まあ、今日は面倒なことは忘れてお楽しみください」
あまり先を見過ぎても足をすくわれる。今日は義信君の婚礼の前祝いのようなものだ。花火を盛大に上げて、北畠と六角との誼を深めることが重要だ。
両家とも苦労をしつつプランテーションは進んでいる。その対価として渡った銭や無量寿院から得た銭で、荒れたまま放置されている田畑の復興を始めているんだ。この流れを軌道に乗せなくてはならない。
オレはそのまま招待客の皆さんに挨拶をしていく。人間やれば慣れるもんだなぁ。こういう堅苦しい仕事、あまり得意じゃないんだけど。
でも挨拶をすることって大切なんだよね。そういうのはいつの時代も変わらない。
頑張ろう。子供たちのためにも。よりよい明日のためにも。
Side:とある一家
「父ちゃん。花火まだ?」
東の空が暗くなってきた。妻と子らと共に津島様の方角を眺めておる。子らは握り飯を食いながら、今か今かと待ちわびているようだ。
「もう少しだろうなぁ」
周囲には誰とも知らぬ奴らが肩身を寄せ合って座っている。隣の奴は三河から、その向こうは美濃から来たってさっき聞いたな。
夜の空を見上げりゃ花が見える。
そんな与太話だと最初は誰もが笑った。ところが今では遥々東国や西国からも見物に来るってんだから驚きだよな。
今では関所もなくなって遠出も楽になった。一年懸命に働いてみんなで花火見物にくる銭を貯めることが出来たんだ。
「楽しそうだね!」
待ちきれないのか、近くに座っている奴が田植え唄を歌い始めると、周りの奴らもそれに合わせて騒ぎ始める。村のとは違う、聞いたことねえ田植え唄だ。
周りの奴も恐らくそうだろう。ただ、それでも合わせて騒ぎ始めると祭りのようになる。
「余所者なんて口を利くなと言われたもんだがなぁ」
「ああ、おらも言われた」
隣の奴が、そんな騒ぎにふと漏らした言葉が聞こえた。隣村の奴と勝手に親しくすると裏切り者だと言われる。余所者と口を利くと長老に叱られるんだ。
そういや、そんなこと聞かなくなったなぁ。
近頃じゃ賦役があって、隣近所の村のやつらは大抵一緒になる。最初は村の奴で固まっていたが、いつの間にか気にする奴はほとんどいなくなった。
「花火が上がるぞ!!」
騒がしい場が静まり返る。いつの間にかすっかり暗くなっていた。
すでに手を合わせて拝んでいるやつもいる。
津島様の方角の空に一筋の火が上ると、皆で手を合わせた。
「うわぁ!」
お星さまが霞むくらいに大きな火の花が咲いた。神仏に感謝をして織田様や久遠様に感謝をする。こんな凄いのが見られるなんて信じられないことだ。
もう昔のように、飢えや寒さに怯える暮らしに戻らなくてもいいように祈ろう。
仏様もきっとこの花火を御覧になられているはずだからな。
Side:斯波義信
学校の皆は今頃、野営をしながらこの花火を見上げているのだろうか。
ゲルという幕を張り、飯の支度をする。そのまま夜を待って皆で花火を見るのだ。あれは楽しかった。
元服をして大人となれたことを喜んだが、ふとこうして花火を見ておるとあの頃に戻りたくなる。
斯波家の因縁も他国も、本音を言えばいかようでも良いのではと思えるときがある。朝倉の宗滴や今川の寿桂尼が、いかに苦心しておるかは分かっておるつもりであるし、父上や一馬らが太平の世のために動いておるのは承知しておるがな。
立身出世はほどほどでよい。一馬の考えが歳を追うごとに理解出来るようになった。
「かような馳走が食えるとは尾張が羨ましいの」
「左様じゃの」
今宵は明の料理。駿河の公家衆が舌鼓を打ちつつ、わしに聞こえるように話しておるわ。かようなことを言うたとて招かぬぞ。父上や内匠頭殿はもてなしならばするが、是非尾張にと招くことはしておらぬからな。
わしならば御しやすいと探りを入れておるのやもしれぬ。公家というものは怖いの。
「若武衛様、いかがされました?」
「いや、なんでもない」
わしの顔色に気付いたのか、近習が声をかけてくる。いかんな。顔色など見せてはならぬというのに。
まあよいか。わしは嫡男だというだけ。あとは父上がお考えになるだろう。今は一年でこの日しか見られぬ花火を楽しむとするか。
花火というのはまことに良いものじゃの。これだけはいかに力や権威があろうともこうして夜空を見上げて見ねばならんのだ。
咲いて刹那の間に散る。それもまた美しい理由かの。
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