第1269話・津島天王祭
Side:久遠一馬
津島天王祭当日。
ロボ一家と大武丸と希美と朝の散歩に出かけると、今日の花火を楽しみにした領民のみんなに声を掛けられる。
花火が恐ろしく銭がかかると領民も知っている。織田家とウチだからこそ出来ることだということもね。
娯楽というものは限られた身分の人にしか得られないもので、庶民は年に一度の村祭りを楽しみにしている時代だ。毎年花火を上げるだけで感謝される。
招待客の皆さんは今年も勝幡城での見物となる。警護の問題とかあるから、昨日のうちに移動を済ませている。
あとは孤児院のみんなも昨日のうちに津島に移っている。お年寄りと赤ちゃんなどは津島の屋敷にて泊っていて、あとは川辺でゲルを使ってキャンプをしているんだ。
子供たちは今年も屋台を出すことになっていて、張り切っているよ。
元の世界との違いは平等という価値観がないので、招待客などを優遇しても文句などこないことか。
恒例となった駿河と越前からの公家衆も来ている。いろいろ問題はあるけど、花火大会を楽しみたいという人は多いんだよね。
「大武丸も希美もいい子にしているんだぞ」
「はーい」
「ちーち、いってら!」
子供たちと一緒に祭り見物を今日は出来ない。残念だ。
メルティとパメラたちが孤児院の子供たちの屋台を手伝いに行くというので、今日はふたりも連れていってくれることになっている。楽しんでほしいね。
馬車で津島に移動して、津島神社に挨拶に行き屋台や船などいくつか確認するところを回る。
津島と近郊は人で溢れかえっていた。お揃いの軽鎧を着た警備兵も多く、また臨時の人員の中には警備兵の目印となるタスキを身に付けた人も多かった。
迷子案内所や救護所も設置していて、刃傷沙汰は誰であれ捕らえると御触れも出してある。
まあ、ここまでやっても問題は起きるんだが。
「ああ、セレス。どう?」
「はい。概ね、上手くいっています」
途中でセレスと出くわした。すでに何人か牢にぶち込んだらしい。捕らえるほど騒ぐのは大抵余所者らしいけどね。元の世界でだって祭りで逮捕者が出ることはある。そう考えるとこんなものなのかもしれない。
「マリア、テレサ。こっちはどうだ?」
一通り確認を終えると津島の屋敷に入った。仕事をしていたのはマリアとテレサ。マリアが二十四歳。テレサは二十三歳になる。
戦闘型アンドロイドで姉妹という設定だ。少しピンク寄りの赤い髪をしている。マリアはショートヘアにテレサはロングヘアのふたりだ。
彼女たちは津島の追加駐在員として現在ここに住んでいる。戦闘型アンドロイドなんだけどね。戦闘なんて滅多にないし。
リンメイは妊娠初期なのでまだ公開はしていないけど、仕事量を調整している。その分だけ彼女たちが頑張っているんだよね。
「忙しいわよ!」
ああ、タイミングが悪かったらしい。テレサに当たり前のことを聞くなと言われた。
「ごめんなさいね。ここ数日忙しくて」
姉であるマリアに謝られるが、オレも声の掛け方が悪かった。なんだかんだと二十人くらいの妻たちが今日は津島で働いているけど、それでも忙しいんだよね。
津島神社は祭りの神事と境内の差配とかで忙しいし、これだけ人が集まると司令塔となる運営本陣が必要になる。花火大会はウチで管理しているので、ここ津島の屋敷とウチで差配することが多いんだ。
「いや、いいよ。ここは任せる」
みんな協力して頑張ってくれているし、改めて指示を出すこともない。花火大会は年々集まる人出が増えているからなぁ。花火大会の分散をそろそろ考える時期かもしれない。
Side:久遠家の孤児
「いらっしゃい、美味しいよ~」
みんなで御家の屋台をする。これがオレたちのお役目だ。料理を作るのも必要な品を運ぶのもみんなでやっている。
「おっ、美味そうだな。たこ焼き、三つくれや」
「ありがとうございます!」
オレはたこ焼きを焼くのが役目だ。最初の頃は織田の若殿がされていた仕事なので名誉ある役目なんだぞ。
外に焼き目を付けつつ、中はふんわりというのが掟になる。中に入れるタコは大きめに切って下茹でもしてある。味付けも秘伝だから他じゃ食えない代物なんだ。
「これだよ。これ。これを食わねえと祭りに来た気がしねえ」
待ちきれないのか、受け取るとすぐに嬉しそうに食べる人を見てこのお役目が誇らしく思う。
オレは捨て子だ。実の親のことで覚えているのは、粗末な家で父に殴られていたことだけ。物心ついたときには孤児院で暮らしていた。
捨て子なんて珍しくない。爺様や婆様からは、拾っていただいたことを感謝しなさいと教えられた。毎日腹いっぱい飯が食えて学問や武芸も学べるなどあり得ないと何度も教えられた。
ただ、己がいかに恵まれているか身をもって知ったのは学校に行ってからだった。
日々食べていた料理や畑の作物が、牧場村を出ると銭を出しても手に入らないものばかりだと教わってはいたが、その価値を学校に行くまで理解していなかった。
学校においてもオレたちは孤児とは思えない扱いだった。殿さまが後見してくれるおかげで、武士の子弟と同じく好きなことを学ぶことを許された。
元服した奴らも養子とまではなっていないが、殿様と御袋様が父と母の代わりをしてくれてみんな喜んでいた。
「たいやきとお好み焼きを頼むぜ」
屋台から人が途切れることはない。みんなで力を合わせて汗だくになりながら働くんだ。
「おい、交代だ。飯を食え」
「うん。任せた」
お天道様が真上になる頃、同じ役目の奴と交代する。
腹いっぱい飯を食ったらオレは、次の役目である荷を運ぶ役目になる。津島のお屋敷から食材を運ぶんだ。荷車を使えないほど人がいるから、みんなで背負って運ぶ。
重いものは予め運んであるが、生ものは悪くなると駄目だからと日に何度かに分けて運んでいる。
荷を運んでいると、ふと見覚えのある顔があった。
オレを捨てた親だ。
向こうは気付いていない。捨てられてから一度も会っていないからな。分からないんだろう。
なんの感慨も湧かなかった。憎しみも悲しみもなにも。
「どうした?」
「ううん。なんでもない」
一緒に荷を運ぶ奴が立ち止まったオレに声をかけた。オレにとってあの人たちは他人なんだなと分かっただけで良かった。
オレが孝行する父と母がいるとすれば、殿様と御袋様だ。
一所懸命に励もう。それがなによりの孝行だ。
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