第1267話・残された時

Side:久遠一馬


 花火大会を前に尾張には続々と人が集まってくる。正直、一年で一番忙しい時かもしれない。


 幸いなのはこの時期は領内各地から助っ人が集まることか。美濃や三河から集まった人たちが警備兵として働いてくれる。花火も恒例行事となりつつあり、皆慣れてくれたことは本当に頼もしいと思う。


 無論、細々と挙げるとキリがないほど問題は起きている。犯罪も多発する。とはいえこの時代の価値観だとそこまで問題視しないこともまた多い。


 ああ、甲賀と伊賀からは今年も多くの人が出稼ぎに来ている。雑用から領内の見回りまでなんでもしてくれているんだ。甲賀衆は特に花火大会のあとは統治の改革もあるので多く呼んでいる。


 オレは連日、招待客を歓迎する宴に出ている。六角一行と近衛さんと山科さんはすでに到着していて、義賢さんが今回連れてきたのは日頃あまり領地から出ない人も多いようで、尾張の賑わいに驚いていた。


 百聞は一見に如かずと言うけど、尾張が凄いというような漠然とした情報を商人とかから聞くことはあっても、実際に見ないと実感出来ないのはよくあることだからね。


 ちなみに到着している招待客で様子が芳しくないのは小笠原さんだった。実は小笠原と今川との関係も悪化している。小笠原さんが信濃衆をまとめられなかったこともあり、今川が勝手に信濃衆に命令を出したり所領の安堵で武田方を引き抜こうとしたりしていて怒っているようだ。


 それと何度か尾張に来ていると、こちらと自家の力の差を感じるようでもある。


 武田は許せないが、今川も信用出来ない。とはいえ斯波家にこれ以上借りを作ると、結局領地を取られるのではという疑念もあるんだろう。少し気の毒になるほど立場が苦しいからなぁ。


 まあ、あの人。戦の用兵も得意ではなく、国人衆をまとめる能力がない時点であまり評価も出来ない人なんだけど。




 そして花火の三日前となるこの日には招待客も一通り到着した。今日からは連日宴やら茶会やらがある。


「宗滴殿、お久しぶりです」


 最後に到着したのは宗滴さんたちだ。前回会った時より更に年老いたなと感じる。白髪も増えて顔や手のしわも増えたように見える。


「子が生まれたとか、めでたいの」


「はい。ありがとうございます」


 ひとりの人として宗滴さんは尊敬出来る人だと思う。この時代に来て曲がりなりにも家を背負い生きるのは大変だと知った。しかも七十を超えて馬で旅するなんて大変なことだ。


 朝倉家に関しては宗滴さんに正式な招待をする前にオレが個人的な文で確認をした。義信君の婚礼があるけど、誰か来ることはあり得るのかと。


 招待をして断ると関係が悪化しかねないし、朝倉で望まないなら招待をする気もなかった。斯波家との因縁は健在なんだ。デリケートな問題を増やしたくはない。結果として宗滴さんが来るというので招待している。


 以前来てから何度か文のやり取りはある。健康法とか教えたし、宗滴さんからは経験談や流れている噂を教わったりした。今回も来ている真柄さんが来るときには、よろしく頼むと丁寧な文が届くしね。


 話せば分かる人なんだ。ただ、そんな宗滴さんをもってしても因縁を解消出来ていない。


 織田としても斯波としても越前で騒乱なんて困る。加賀一向衆と若狭の細川晴元の抑えでもあるんだよね。朝倉って。


 正直に言おうか。オレはこの人にもう一度会いたかったんだ。年齢と史実の寿命を参考にすると、申し訳ないがいつ死んでもおかしくない。


 だからこそ、今回打診したんだ。


 今の織田と朝倉の関係ではなにか変わるとは思えないけど。


 それでも……。




Side:朝倉宗滴


 なんという豆腐だ。豆の味ととろみのある出汁の餡がよう合っておる。


 清洲に到着したこの日、各地より集まった者らも交えて歓迎の宴を開いてくれた。出された料理はやはり越前でもお目にかかれぬものばかり。


 ああ、わしの体を労わってくれておるのであろう。そんな心遣いを感じる料理の数々だ。


 魚は蒸したものか。柔らかく魚の旨味と添えてあるタレがまた絶品じゃ。


 尾張に来ると越前との力の差を思い知らされる。招かれた者は近衛公、山科卿、六角、今川、小笠原、木曽、北条とおる。今川と我が朝倉家は別にしても信濃の小笠原と木曽。それと北条は親織田と見て間違いあるまい。


 特に北条は嫡男が来ておる。それだけ織田と斯波との誼は深いと見るべきであろうな。


「ほう、こんにゃくの煮つけとは。夏に食えると思わなんだ」


「ええ、季節を問わず食べられる手法を見つけまして」


 馬鈴薯とこんにゃくの煮つけがまた美味い。されどこんにゃくは、元となる芋が冬のもののはず。


 いかにしたのかと思うておると、内匠助殿が教えてくれた。


 そうか。やはり久遠家の技か。かような目立たぬ技はあまり噂にならぬな。それ故、恐ろしいと思う。


 今川も寿桂尼殿が並々ならぬ決意で来たことが窺える。向こうは三河の国人が離反して苦労しておるとか。他人事ではないの。


 六角との関わりも良いようだ。左京大夫殿の様子を見ておれば分かる。北畠はこの場におらぬが、婚礼を機に同盟を結ぶのであろう。西は盤石か。


 ふと手を伸ばして飲んだ味噌汁の味に、わしは越前を思わずにはおられぬ。尾張は揺るぎない。むしろ強固になっておるように見える。


 殿は尾張と争う愚をご理解されておられるが、家中はまったく理解しておらぬ。朝倉家は……いかがなるのであろうか。


 北条の嫡男と楽しげに話す内匠助殿を見ておると、羨ましくなる。わしに今しばらくの時があれば……。


 内匠助殿はいかなる明日を見ておるのであろうか。争い荒れる世にて、わしは朝倉家を守ることで精いっぱいであった。内匠助殿はかような世にて戦をせずに家を大きゅうしておる。


 聞いてみたいものじゃな。内匠助殿がわしのような歳になる頃に世がいかになっておると思うのか。


 あと十年。せめて十年生きられたら……。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る