第1264話・婚礼に向けて

Side:久遠一馬


 飛騨と北美濃には天候と風次第で火山灰が降っている。一部の独立勢力である寺社などは対象外になっているけど、大半の地域で女性と子供と年配者の避難を進めている。これ強制になったので割とスムーズに進んでいると思う。


 領民の権利とかあまり考える時代じゃないので強制になった。これは口を出す問題じゃない。


 あと飛騨の江馬、内ヶ島や、北美濃と越前の境にいて両属のようにしている独立勢力が僅かにいる。そこらの領地から流民がくることを想定してもいる。


「飛騨と北美濃の民を除くと、山が火を噴いてもあまり気にしておりませぬな。むしろ若武衛様の婚礼が近いこともあり、祝いの支度をしておるところも多うございます」


 望月さんから現在の領内の報告を受ける。噴火の影響はやはり思ったほどじゃないか。この時代だと領国単位で考えるからな。加賀と飛騨の境の山が噴火しても北美濃と飛騨以外は影響ないし当然か。


「越中斎藤家があまり芳しくないようでございまする」


「援助の支度をしておくか」


 噴火の一件は一通り指示を出すと落ち着いた。織田に従っている武士や寺社ばかりではない。半独立勢力である寺社も僅かにある。そんなところにも困ったら力になると使者を出した。


 あと被害が多くなりそうな越中斎藤家。美濃斎藤家の親戚だからな。救援要請が来た場合は助けないと道三さんと義龍さんが面目を失う。銭よりも現物での支援がいいだろうね。これは義龍さんと相談しておかないと。


 被害としては加賀が一番大きくなるとの予測がシルバーンでは出ている。ただ、あそこの一向衆と特に関わりもないので関与する予定はない。石山本願寺を経由して要請があれば別だけど。


「朝倉と長尾。動くかな?」


「長尾家は越中又守護代である椎名家から救援要請がなければ動かないでしょう。朝倉家は動きませんね。共に一向衆を好んでいません。荒れて飢えるとなると奪えるものもなく、戦をしてまで領地を広げる旨味がありませんので」


 気になることをエルに聞いてみた。史実だとこの噴火で大きな情勢の変化はない。ただ、この世界では織田が地域覇者になっているからな。影響が気になるんだ。


 もっともエルが言うように軽々しく動くとも思えないところはあるけど。


 史実では足利義輝が殺されて、三好と織田が畿内を事実上支配していた時代になると、世の中の情勢が流動的になった印象がある。ただし、それ以前はそこまで領地を取ったり取られたりということは多くはない。


 東越中は越後の長尾が守護代になっているものの、積極的に関与もしていない。興味がないのかそんな余裕がないのかは知らないけど。朝倉とすると加賀一向衆は厄介者以外の何者でもないからなぁ。


「気が滅入る話だね。それより婚礼のほうはどう?」


「はい、料理と菓子は決まりましたよ。また来賓の受け入れ態勢も整っております」


 織田も大きくなったなと思う。領内では噴火より義信君の婚礼と津島天王祭の花火大会の支度で忙しい。


 花嫁さんは北畠の霧山御所にいる。数日後にはこちらから使者を出して迎えに行く。


 見届け人となってもらう六角からは結構な人数が花火見物も兼ねてくる予定で、こちらも道中を含めて受け入れ態勢は整えている。他には信濃の小笠原に、今川と朝倉も今回は招待をしている。


 今川と朝倉、はっきりいえば関係ないんだけどね。どっちかというと敵だし。


 今川は寿桂尼さんが因縁解消に本気で動きだしている。本家筋になる吉良家に文を寄越しているし、商いで関係が出来ている富士浅間神社の富士家を介してウチにも接触を試みているという情報がシルバーンから届いている。富士家も仲介をする気のようだ。


 あと東の北条と今川は血縁がある。こちらも本格的に関係改善も進めているようなんだよね。


 朝倉、ここも因縁が簡単じゃない。宗滴さんとはオレも何度か文をやり取りしているし、商いを続けていくことに変わりはない。当主の義景さんも織田や斯波との関係修復を考え始めているみたいだし。ただし、越前の扱いと元家臣という立場。それに家臣団にも反織田がいる。まあ難しいよね。


 宗滴さんは解決したいようだけど、朝倉宗滴という英雄がいる限りは無理だろう。個人の意思で因縁を解消出来るほど、因縁が軽くはない。宗滴さんや今年に入り延景から名を改めた義景さんの力もそこまで強くはないんだ。


 加えて言うなら、朝倉宗滴という人物が朝倉家の軍事面における絶対的な存在だからな。だからこそ言えないことも多いはず。それに下手なことを言い出すと越前が分裂して荒れかねない。


 国人領主の連合というこの時代の統治から変えつつある義統さんや信秀さんだって、あの因縁はどうしようもないことだ。先祖のことを思うと軽々しく許せることじゃない。


 あと都から近衛さんと山科さんがくる。これも必要な招待ではない。義統さんの婚礼の時なんて、公家の招待なんてなかったらしいし。今回は近衛さんを義統さんが、山科さんは信秀さんが招待する形とした。


 まあ実のところ上洛時に相談したんだよね。義信君の婚礼の話になった時に。


 招待客は今日か明日には織田領に入るだろう。近衛さんたちは六角家の皆さんと一緒にくることになっている。


 花火大会の準備も進んでいる。尾張でも一番多くの人が集まるイベントが花火大会だからね。津島ばかりか尾張や西美濃や西三河も含めて受け入れ態勢を整える必要がある。


 この期間で動く銭と品物の量は莫大だ。この経済効果は織田やウチにとって大きな力となる。ウチの蔵もどこも品物でいっぱいにしても、それがまたた市場しじょうへと流れて行くくらいだ。代わりに残るのは、相変わらず悪銭鐚銭の山だけど。


 噴火は火山灰の影響が長期化する懸念があるけど、これを機会に街道整備や治水を整えて、人口集約を考えたほうがいいのかもしれない。


 山間などでギリギリの生活をしているところなんかは、村を放棄してもいいとすら思う。まあ領民は心情的には帰りたいだろうから、捨てろとは言わないけど。


「わー!」


「おにだ!!」


 仕事に一息つけると、庭から子供たちの声がする。鬼ごっこでもしているんだろうか?


 家臣の子供たちとも仲良くやっているようでなによりだ。身分や立場。完全に忘れろとは言えないけどね。一緒に楽しく遊ぶことだけは妨げないように言っている。


「わっはっは! 鬼でございますぞ!」


 ああ、騒がしいと思ったら遊んであげているのは慶次か。納得だ。慶次も仕事しているんだけどなぁ。忙しい最中でも遊んでくれているようだ。


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