第1263話・噴火と人の営み

Side:久遠一馬


 加賀と飛騨の境にある白山。正確には四月初旬から噴煙が上がっていたのを確認している。織田領は今のところ火山灰以上の被害はないけど、飛騨の内ヶ島は白川郷を本領としているので白山のすぐ近くなんだよね。深刻なようだと報告があがってきた。


 北美濃の白鳥。白山中宮長滝寺があるところだけど、あの辺りも火山灰が降っていると報告があった。エルに確認したら、元の世界ではあの辺りで五穀の収穫が出来なかったという資料があったところらしい。


 状況に鑑みて、火山灰が降って暮らしに影響が出そうな地域では、お年寄りと妊婦や幼子に対して避難するように命じた。


 元の世界みたいに水道があって気密性の高い家に住んでいる時代ならいいけど、この時代だと健康被害もあり得る。命にかかわるほどでないはずだけど、田畑が駄目になると食べていくことも大変になるしね。


「山が火を噴いたか。我らへの天罰だと騒ぐ輩が出そうじゃの」


 評定の席で義統さんがふとそう呟くと沈黙が辺りを支配する。迷信も信じられる時代なだけに気にする人は気にするからなぁ。


「かず。そなたらは気にしておらぬようだな」


「当家だと本領や伊豆諸島の島にも噴火している山がありますので。それに人が住んでいないところでも野分や地揺れはあり、山が火を噴くことはあるんですよね。従ってどなたに対しての天罰なのかなと疑問には思います」


 ただ、オレたちの様子に気付いたのは信長さんだった。


 否定はしない。けど迷信に疑問は抱くようにしたい。実際、このくらいなら知っていてもおかしくないからね。


「そうであったな。伊豆諸島では山が火を噴いておったな」


 空気が一気に弛んだ。元は北条の島だけど今はウチの領地となっている場所で前例があるからなぁ。特に困ってないと知ると、その程度かと思う人が多いようだ。


「罪人どもを使うか」


 噴火対策として領民を避難させた土地をどうするのか。そこで名前があがったのが北伊勢の罪人たちだった。六角から織田で買い取ったんだよね。今は北美濃と東美濃で街道の難所の工事をさせている。


 信秀さんの命で、彼らは被災地域を維持するための街道整備をさせることにした。


 火山灰はコンクリートの強化などに使えるんだけど、優先順位と人員数の関係でそこまで集められない。まず獣道のような街道の維持が最優先になる。効率で言えば山から火山灰を採掘したほうが遥かにいいんだよね。


 田畑に関しては諦めるしかないだろう。僅か数センチ火山灰が積もっただけで駄目になる。史実の江戸時代では田畑の土を、上層部と深層部を入れ替える天地返しをしたという記録があるくらいだ。


 まあ罪人たちと村に残る人が集めた灰くらいはあとで買い取ってもいいけど。効率で言えばそれで誰かが儲けるほどでもない。広大な自然の広がるこの時代で、自然を相手にするのは並大抵の苦労でないと思い知らされた。


 あと北美濃と飛騨は収穫量がかなり落ちそうだけど、史実だとそこらの資料はない。ただし織田家ではウチが持ち込んだ新品種の米や麦をすでに大々的に植えているので、農業改革の成果も合わせると生産量はおおよそ五割増しになる地域も珍しくない。


 更に毎年備蓄をしつつ、新しい蔵を建てて備蓄量は増やしている。地盤が安定していて比較的土地が高い那古野の郊外には備蓄蔵が並んでいるほどだ。


 加賀や越中がどうなるかは知らないけど、織田領で言えば飢えて困るほどではないだろう。


 今川、武田、小笠原、あとは朝倉辺りがこの噴火で史実にない動きをする可能性はあるものの、大きな問題はないだろう。これを機会に北美濃・東美濃・飛騨の街道整備を促進させたい。




Side:江馬領のとある民


「ああ、今日も降っている」


 まさか夏を前に雪かと思ったものは、お山が火を噴いた時に降る灰らしい。爺様らが慌てて祈り始めたものの、止まない。


 田んぼが駄目になるかもしれない。そう呟いた爺様もいた。


 隣村では冬に美濃に働きに行って飯を食えるというのに、おらの村はそれを許されてない。寒さと飢えで春を待たずに亡くなった奴が幾人もいる。


 歯を食いしばってなんとか春を迎えて、もうすぐ夏になるというのに、なんでこんなことに……。


 おらたちはそれほど罰を受けるようなことをしたのか?


「ごほん……ごほん……」


 灰が降って以降、具合が良くない奴が出始めた。祟りだと天罰だと騒ぎ、皆で祈っても一向に良くなることはない。


「死ぬなら最後に腹いっぱい飯が食いてえ」


 田んぼの稲に積もる灰は、落としても落としても降り続く。親と子を冬に亡くした男が、空を見上げてそう呟いた。


 仏様はおらたちに死ねと言うておられるのか。


「おい! 隣村は女子供と年寄りを逃がすそうだぞ!」


 隣村か。三木様が昨年に尾張の織田様というお方に従ってから変わった村だ。さほど親しくしていたわけでもないが、争うていたわけでもない。


 隣村から嫁をもらった男に、嫁の家で逃げるからと知らせてきたことで隣村の話が広まった。逃げていかがするんだと言うと、織田様の命で別のところで働くそうだ。


 また、江馬様だけなんにもしてくれねえ。なんでそんなところに従わなきゃならねえんだ?


 村の長老のひとりが江馬様の家中の者の血縁だからと今まで江馬様に従ってきたが、なにかいいことがあったか?


 とはいえ、一揆を起こせるほどの人も集まらねえ。この村は終わりかもしれねえな。


 どうせ死ぬなら、いっそこんな村など捨てるのも悪うないかもしれん。




Side:無量寿院の僧


「ハハハハ! 仏罰が下ったぞ! 斯波と織田に仏罰が下ったぞ!」


 加賀と飛騨の境にある白山が火を噴いたと知らせが届いた。


 御仏を崇める我らを愚弄し、良からぬ謀をする織田にいよいよ天の怒りが下ったのだ。


「これで流れは変わる」


「飛騨、北美濃と荒れればいよいよ好機だ!」


 皆で祝杯をあげる。密かに斯波と織田に仏罰が下るようにと、祈禱をしていた者もおるからな。皆、この日を待ちわびておったのだ。


「仏などと畏れ多い名を用いる織田など滅んでしまえ!」


「我らに逆らうは神仏に逆らうも同然。かならずや報いを受けさせようぞ!」


 近頃、日和見を始めた北畠と六角もこれで目を覚ますであろう。


 千種の謀叛が何故我らのせいになるのだ。己の家臣も抑えられぬ愚物が悪いのだ。それだというのに六角め。謝罪をせぬのならば今後の誼を考え直すとまで言いおって。


 所詮、武士など神仏の教えに背く無法者ということか。


「さあ、飲もうぞ!」


「飲むぞ!」


 まあ、よい。今は飲んで織田の天罰を喜ぼう。


 直にすべてが元に戻る。誰が日ノ本において世に安寧をもたらすか教えてやるわ。





 ◆◆

 天文二十三年、五月二十八日。加賀と飛騨の国境にある白山が噴火した。


 この時の記録は幾つかあるものの、織田家においては久遠一馬が陣頭指揮を執り災害対策をしたという記載が『織田統一記』にある。


 当時、火山の噴火などは天罰だと信じられていた時代で、織田家中でも不安に思う者がいたようである。ただし久遠家においては人のいない辺境で活動をしていたためか、天変地異と神仏の関わりに疑問を抱いていたと『資清日記』にある。


 そんな一馬の毅然とした対応に多くの者が感銘を受けたようで、『山が火を噴こうとも、人は人としてなすべきことをなさねばならない』という言葉が織田家で広まったとも伝わる。 


 個人の武勇があまり知られていなかった一馬だが、災害時などの差配により織田家ではその胆力と実力を侮る者はいなかったとも言われている。



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