第1262話・白山噴火

Side:久遠一馬


 清洲城に一報が入ったのは、夕方に差し掛かった頃だった。


 『加賀、越中のほうで山が火を噴いた』という、北美濃にいる忍び衆からの緊急連絡だった。オレたちは指示を出していないけど、ちょうど伝書鳩を持っていた忍び衆があちらにもいたようなんだ。


 もともと北美濃には対朝倉の監視要員もいる。北美濃は既存の城や砦を流用しつつ対朝倉の防備を整えているものの、通信網は忍び衆が今のところ一番早い。


「出雲守殿。領内と加賀越中の様子を探ってください。ただし危ういと思ったら退くようにお願いします」


「はっ、ただちに」


 オレには宇宙要塞シルバーンからの情報も入る。史実にもあった加賀白山の噴火だ。諸説あったものの、五月二十八日だったらしいね。


 忍び衆に情報収集を命じて、稲葉山城の道三さんにも同じく情報収集をしてもらうように指示を出す。それと飛騨の姉小路家と三木家にもすぐに領地に現状確認をするようにしてもらう。


「領外への米や雑穀の商いは一旦止めようか」


 清洲城はバタバタと慌ただしくなる。オレは商務総奉行として食料の確保を優先する必要がある。元の世界だと食料の流通停止なんてしたら騒動になるけど、この時代では問題ない当然の権利と行為だ。


「内匠助殿、国境は……」


「賦役はいかがすればよいのであろうか?」


「飛騨は荒れるやもしれぬが……」


 オレのところには、あちこちの部署からどうすればいいのかと相談が次々と舞い込む。たいしたことがなければそれでいい。ただし、三河の矢作川氾濫では騒動も起きた。その時の経験が生きているから対応が早い。


 大切なことは最悪を想定して最善を尽くすことだ。あとはいたずらに不安を煽らないことも必要だろう。


 緊急で評定を開いてもらうべきだけど、その前に各所に役割を教えるべきか。




 あれから二日。火山灰が飛騨や北美濃に広範囲に降っている。すでに田畑への被害も出始めていて、楽観視出来ない状況になりつつある。


 天候と風向きで火山灰は広範囲に降り注ぐからな。


 米や雑穀の販売は北畠、六角など誼が深いところは再開したものの、今川や武田など友好関係のないところの商人には禁止したままになる。もっともこちらから売る米や雑穀はさほど多くはない。心理的な影響はともかく実害は多くはないはずだ。


「田畑が駄目になったところは避難させようか。中美濃に下げて賦役をやらせる」


「食料は十分確保してあります。むしろこれを機会に街道と治水の賦役を進めるべきでしょう」


 連日評定が続く。オレたちはいろいろ献策をしているけど、こうなると抜本的な方針転換がいる。エルと相談して山間部の集落などは避難させるべく具体案を検討していく。


 この時代だと田んぼで生きていける分だけ、その地で暮らす人がいることが一般的だ。生産力があまりない北美濃なんかは人口密度が低い。申し訳ないが、避難してもらって人口をある程度集約したほうがいい。


「飛騨、内ヶ島からは救援の要請がくると思われまする。あそこは北美濃の東家と繋がりがあるようなので……。それと江馬がいかに動くか」


「ああ、そっちもあったね」


 昨年の秋に姉小路と三木が臣従をした飛騨は、街道整備もこの春に始まったばかりだ。収穫が見込めないところは主要街道の整備に人員を回したほうがいい。


 領内はいいのだが、資清さんから懸念する相手として内ヶ島と江馬のことを告げられると思わずため息がもれそうになる。


「武官を送るしかないか」


 どさくさ紛れに係争地を奪いに出るなど当たり前だ。江馬家が動くか分からないけど、国境沿いの人たちは飢えると知ると争いになっても奪いに来る。こちらが食えることはすでに承知のことだろうからね。


 この件の献策はジュリアとセレスに任せよう。防衛する策と反撃の支度も要る。それとないとは思うけど、朝倉が北美濃にちょっかいを出すことも想定しておかないといけない。


 六角は大丈夫だろう。今川辺りが天罰だと調子づくとおかしなことになりそうだけど、そっちは影響が限定的だ。


 この噴火、数年続くはずだったんだよね。元の世界の資料だと。まあ、ずっとこちらの領地に影響を及ぼすかは分からないけどさ。シルバーンで状況の予測もしているだろうから、直に報告があると思うけど。


 前途多難だなぁ。




Side:斎藤道三


 山が火を噴いたか。並みの男ならば天罰かと怯えるところなれど、内匠助殿は天を恐れぬ。


 山を鎮めるべく祈禱を頼むこともなく、民を救い飢えぬようにする。天がいかに動こうが、己は人としてやれることをすると考えるべきかの。


 領内の者も勝手をしておるところはほぼない。飛騨ですら大人しいというのは恐ろしくもあるの。


 飢える恐れから争い、隙に乗じて所領を広げる。それが今の世だというのに。


「ご隠居様?」


 尾張からの命を家臣らに伝える。


 三河でもそうであったと聞くが、内匠助殿は見切りも早い。無理に田んぼに拘らずともよいという命があるわ。


 美濃も街道を整え、川の堤も増えた。されど北と東美濃は未だ手付かずのところが多い。この機にそのようなところの街道と治水を進めるか。


 北美濃の東家など慌てて祈禱を頼み、救援を求める使者を送って寄越したというのに。


「さて、今川はこの機をいかに見るか?」


 気になるのは東か。止まらぬ勢いを止める天罰だと考えて、矛先をこちらに向けるやもしれぬ。迂闊に戦をせぬ慎重さは見習いたいとすら思うが、それだけでは後れを取るばかりだ。


 噂の黒衣の宰相は和睦を願っておると噂だが、当主の義元は未だに斯波家と織田家の風下に立つことを嫌がっておるとか。


 朝倉は動くまい。僅かな者が勝手をすることはあっても、宗滴が敵を増やすとは思えぬ。噴火は加賀白山だとか。攻めるなら加賀であろう。


「天の動きすら、織田を止めることが出来ぬのかもしれぬの」


 仏の弾正忠と称される大殿と、神仏の使いだと言われる内匠助殿。山が火を噴いたことで織田への民の信が揺らぐといかがなるのかと案じたが、そのようなことは内匠助殿らにはすでに分かっておったようじゃの。


 祈るのは坊主にでも任せておけば良いとでも言いそうじゃ。


 有り余る米や雑穀が織田にはある。北美濃や飛騨の収穫が数年なくとも懸念はあるまい。


 なんとも恐ろしいものじゃの。



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