第1257話・熱田祭り
Side:久遠一馬
熱田祭りだ。今年は花火大会が津島の番なので、そこまでの人出は想定していないものの、いざ来てみると結構賑わっているね。
生活圏が広がるに従い、こういったお祭りは人出が増える傾向にあるようだ。近年はお祭りや市に力を入れている寺社も多い。
ウチも頼まれるとリリーと孤児院の子供たちが屋台を出すので、尾張の寺社の祭りには結構参加しているんだよね。
熱田の町も、オレたちが尾張に来る以前と比較すると倍以上に広がっている。新しく町を広げた部分は道に余裕を持たせたり、火除け地も兼ねた公園を整備しているけど、旧来の町のところはあまり区画整理が進んでいない。
那古野は以前には家臣の屋敷が少しと村程度しかなかったので、ちょくちょく整備していてウチの屋敷を広げた際にきちんと区画整理したんだけどね。
「しかし、騒動が減ったみたいだね」
この時代、人と人がぶつかるほど混雑することは滅多にない。また身分が違えば同じ人間ではないと感じるほど認識の差があるけど、ぶつかったとかで喧嘩になることも見た限りないようだ。
身分のある人、武士や僧侶には領民が道を譲ったりぶつからないように避けている。仮にぶつかっても怒ったりしない。そんな感じの常識となりつつあるようだ。
「かじゅ!」
「ああ、若様。手を離してはいけませんよ」
「あい!」
今日は大武丸と希美たちや吉法師君たちを連れてきている。大武丸と希美はまだ人混みを歩くには不安なので侍女さんたちが抱きかかえているが、吉法師君とか御付きの子たちは手を繋いで歩いている。
これ、この時代にはない習慣なんだよね。当然ながら。
どうも孤児院で散歩とか移動する際に手を繋いで歩くことをやっていたら、お市ちゃん経由で織田家に伝わったらしい。
いいのかなとも思うけど、信長さんも信秀さんもまったく気にしていない。子供の教育に関してはオレやエルにアーシャと何度か話したこともある。
身分や行儀作法は当然必要だけど、一方で集団での暮らしや人とのかかわり方など個人として学ぶべきことも多い。
特に信長さんは、身分が上がっても特定の人にしか会えないような子供にはしたくないようなんだよね。自身の子供の頃や義輝さんの様子を見ていて思うんだろう。
ウチに遊びに来て、孤児院や学校に行くくらいでちょうどいいと考えているみたい。
「新しい熱田焼きがありますね」
「あら、本当だわ」
どうしてもオレが移動すると大人数になる。今日はお清ちゃんと千代女さんが一緒にいる。ふたりはウチの暮らしに慣れたなと改めて思う。
今ではエルたちと遜色ないくらいに働いてくれている。オーバーテクノロジーとかまだ明かしていない秘密はあるけど、少なくとも家臣や外から見て劣っていると見えるような働きはしていない。
ちなみにふたりとも禄は結婚した時に返上しているので、今はオレから禄を出していないんだよね。これに関してはエルたちと同じ扱いをふたりが望んだ結果だ。
織田家から禄を貰うことはあるけど、オレとエルたちの間で禄を出していなかったから。
もちろん不自由をさせてはいない。この時代の武士だと夫婦でも家計が別なのが当然だけど、ウチは一緒というだけだ。ふたりが結婚前から連れている侍女たちはウチが禄を出しているし、欲しいものとかは普通に買い物をしている。
まあ、ウチだとあまり買い物とかしないけどね。必要なものがほとんど手に入るし。ふたりの場合だと贈り物とかでお金を使うくらいだ。
「うわぁ!」
熱田祭りの山車はいつ見てもいいものだ。子供たちが歓声を上げた。
賑やかな祭りの雰囲気と大きな山車。これって大人になっても忘れない思い出になるんだよね。
特に吉法師君は、天下人として日ノ本を治めることになるのかもしれない。だからこそ、こうして子供として人としての思い出を残してほしい。
決して孤独な権力者になどならないように。
Side:とある行商人
「なんで、おらの村に来ねえんだ!」
飛騨の村々で商いをして美濃に戻ろうとかとしておると、道をふさぐ男らに出くわした。江馬様のところの村の若い者だ。
「てめえの村が、銭も払わねえで品物を奪うからだろうが!」
共に遥々飛騨まで来ておる商人の男は、数打ちの槍を片手に若い男らに怒鳴った。
「おかしいんだ! 隣村とあんなに違うのは!」
織田様の領地とその他じゃ品物の値がまったくちがう。それはわしら商人が謀っておるわけではない。むしろ織田様が領内の者が困らぬようにと配慮なされておるだけだ。
ところが愚か者は幾度それを説いても理解せぬ。若い男らの村は、我らが儲けておるのだろうと武器を手に品物を奪ったことがある。
本来、我らは織田様の命で飛騨の者が困らぬようにと美濃から遥々来たのだ。江馬様の領地で売る義理はない。されど頼まれて売りに行った者がそんな扱いを受けたとあっては美濃から来ておる商人は誰も行かなくなって当然だ。
飛騨の商人も美濃から手に入れると同じく安くはない。それが当然だというのに、隣村と違うと不満を口にして暴れる。始末に負えぬわ。
「ええい、文句があるなら江馬様に言え! 我らは織田様の商人だ! 手を出すとただでは済まぬぞ!!」
警護の者も合わせて皆で武器を手にして男らを追い払う。
まったく。美濃では賊も減って行商が楽になったというのに、飛騨はろくに儲けもないというのに危うくて困るわ。
「随分とやせ細っておったな」
「ここいらはいずこも楽ではないからな。姉小路様や三木様の領地は、民も美濃に出て働いておる故、違うが……」
危うい目をしておった。飢えて我らばかりではない。すべてを恨むような目だ。
共におる商人らと話をして次の村へ急ぐことにする。江馬様の村の者が押し寄せて我らを殺してでも奪うと考えてもおかしゅうないほど飢えておるように見えた。
「警備兵の砦はもう少し先だったな。知らせに行かねばなるまい」
領境には警備兵という織田様の兵の砦が幾つかある。そこに知らせると褒美がもらえる上に、必要とあらば荷を守る人も出してくれる。
まったく困った者らだ。織田様としても貧しい地をこれ以上欲しておるまい。にもかかわらず領境の者らは織田様に従いたいと騒ぐのだ。
「江馬様は動かれるか?」
「動いていかがするのだ? あそこは兵を動かしても百か二百かというところだぞ」
かつては我らも決して豊かとは言えなかった。ところが今では食うに困らぬ。それ故、先ほどの男らの心情も分かるのだ。
されどあちら側に行くのは御免だ。
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