第1254話・人の定め
Side:久遠一馬
六角と北畠のプランテーションの報告が上がってきた。大小細々と問題はあるが、なんとか進んでいるといったところだ。
他国から銭を借りての領内開発。前例がないしね。問題は起きて当たり前だ。
六角と北畠の両者に共通するのは、適切に管理する人材がいないことか。特に中間管理職以下の現場を任せられる人材があまりいないらしい。
中には土豪や地域のまとめ役に任せてしまい、開発に従事する領民に配られるはずの報酬が大幅に中抜きされているなんて報告もある。あとは村単位で銭を管理することになったものの、村の有力者の私財と化しているなんて報告もあるね。
中には尾張でも経験したこともある。具教さんや蒲生さんには注意事項として教えていたこともあるんだけど、人を挟み下に下にいくとこの時代のやり方で勝手にやっていたなんてのは珍しくない。
「難しいね」
申し訳ないけど、一か所に銭が溜まるとろくなことをしない。公共の利益より自分の家の安泰と繁栄の時代だ。ただ、オレたちも平等という概念はこの時代ではいろいろと危険なんであまり使っていない。
基本的には六角や北畠のためにならないからと指導しているんだけど。
「何事も経験ですよ」
他家ということもあり、相手の体面を考慮して一から十まであまり細かく注意事項を伝えていない。エルも言うように何事も経験だ。こういう報告や困ったことがあればこちらに話がくる。そこから問題解決のために交流が進み、お互いを理解し合うようになる。
いきなり正しいやり方を押し付けるんじゃなくて、試行錯誤する過程をなによりも大切にしているんだよね。
まあ、プランテーションで食べていけるとみんなが感じれば、もう少し変わるはずだ。
六角とはようやく頻繁に話が出来るようになった。プランテーションばかりじゃなく領内の開発全般について、六角からも疑問や問い合わせが結構ある。
上洛の時に力の差が開くと教えたことが利いたらしい。あと宿老クラスになると争ってもお互いにあまり利にならないことを知っている。義輝さんの存在もあるしね。
義輝さんに信頼されて従っているという点で、オレの信頼度が高いとも言えるんだ。
「六角にも人を派遣するべきかな?」
「そうでしょうね。大殿の直臣がよいでしょう」
北畠にはすでに警備兵創設をしていて指導役として数名派遣しており、具教さんの相談にも乗っているんだよね。六角家には今のところ派遣していないんだけど、梅戸と千種が織田に臣従することもある。そろそろ派遣しても大丈夫そうだ。
「そういや、石田殿。物凄く有能らしいね」
そうそう、近江の石田正継さん。史実で石田三成の父親だった人だ。北近江の騒乱で織田に仕官した人なんだけど、人当たりもよく与えられた仕事を軽くこなしていくのでとんとん拍子に出世した。
どうも本人は出世に戸惑っているらしいけど、新参者が織田のやり方を覚えて縁も所縁もない土地で仕事をこなすって難しいんだよね。硬軟織り交ぜた仕事を求められる。舐められてもダメだし、かといって力押しでもダメなんだ。
人手不足に悩んでいたので一気に信康さんの部下に抜擢された。
史実で豊臣の家臣といえばもうひとり、長束正家の父親だった水口さん。ウチの家臣として出世しているんだよね。文官仕事が出来る人は今の織田で引っ張りだこだからなぁ。
水口さんは現在、主に商務総奉行の配下の仕事をしてくれている。随分と落ちぶれて苦しかったようだけど、親戚とか元家臣とか集めて今では御家の再興を果たしたと言えるだろう。
「当家のように育てることが織田では出来ておりませぬからな」
同じ近江出身者として資清さんもどこか嬉しそうだ。特に関わりはないようだけど。
ウチの人材が豊富なのは、エルたちと資清さんのおかげだ。若い家臣が多かったこともあり、資清さんがオレたちのやり方を学びつつ若い家臣の教育に力を注いでくれた。
新参者の寄せ集めだったこともあり、変に遠慮する相手もいなかったのが良かったのかもしれないけどね。
ああ、新しい人といえば石舟斎さんのお父さんの家厳さん。彼もやはり働きたいというので頑張ってもらっている。
現状の久遠家では重臣に属する人たちの他に、文官、武官、警備兵、職人衆、海軍衆、忍び衆とある程度役目を分けているけど、武官は柳生家ゆかりの人も多く、家厳さんもそこで久遠家のやり方を学んでいるようだ。
史実で活躍する人や一族は放っておいても出世するのかもしれないね。相性とかあるんだろうけど。
Side:孤児院の奉公人
「じーじ! また捨て子だ!」
またか。産着も着せておらぬ生まれたばかりの子が、牧場の前に捨てられておったらしい。朝の掃除で見つけたようじゃ。
「可哀想な子じゃの。せっかく生まれたというのに」
ようあることといえばそれまでじゃ。されどここに捨てられたということはまだいいほうじゃろう。ここならば捨て子も育ててやれる。
「御袋様に知らせてくる!」
まだ朝晩は寒い。よう頑張ったの。赤子を温めてやると、少し冷えておった赤子の顔に赤みが差した。
「あらあら、可愛い子ね~。誰かお屋敷に行って医師を呼んできてくれないかしら?」
「はい! 呼んで参ります!」
すぐにやってきた慈母の方様は赤子を抱き上げられると、我が子のように慈しみの顔をされた。
「名を考えてあげないとね~」
ここには乳飲み子が幾人かおる。その子らには昼間は乳の出る者を近隣から雇うて乳を与え、夜は山羊の乳を与えておる。
特に今は遥香様が生まれたばかりで乳の出る女が常に呼ばれておるので、案ずるほどでもあるまい。
「あかご、おせわする!」
「うふふ、ありがとう。お願いね。みんなや遥香の妹になる子よ」
「はい!」
子の名は親が名づけをしておらねば慈母の方様が付けておられる。この子は『
幼子らも新しい子を喜び、緑のためにも励むのだと力強く語る。
御家では美濃の牧場でも孤児を育てることを始めるとのこと。幾人かの奉公人がそちらに行った。誰かが食わせてやらねば死んでしまう子らだ。
慈母の方様はいつまでも孤児院が残るようにと、牧場と共に孤児院を増やすおつもりらしい。
わしももう少し体が動けばの。もっとお役に立てるのじゃが。
なんとも歯がゆい限りじゃ。
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