第1253話・出来る男は知らぬ間に出世する

Side:久遠一馬


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


「遥香、どうした?」


 アーシャの子供が生まれて一週間が過ぎた。女の子だったのでアーシャと相談して名前を遥香と名付けた。


 この一週間は忙しかったな。お祝いに来てくれる人のもてなしをしたし、いつもと同じように領民に対してお酒や餅をお祝いとして振る舞った。


 女の子だし嫡男とか次男でないから、そこまで大々的に振る舞う必要もないとも言われたけど、ウチの振る舞いは一種の経済対策でもあるんだよね。


 義統さんと信秀さんに止められるまではやりたいと思う。


「ああ、おしめか」


 突然泣き出した遥香をあやしつつ理由を探るとおしめが濡れている。ささっと替えのおしめを交換してやると、ご機嫌な様子になって笑ってくれた。


 ウチでは子育てはみんなでしている。オレもおしめの交換とかミルクを飲ませることを機会があればやっているんだ。まあ、仕事もあるからごくたまにしか出来ないけどね。


「問題ない。健康そのもの」


 今日はアーシャと遥香の検診の日だったらしい。ケティが診察をしている。


「そういえばケティ、産休は早めに取ったほうがいいわよ。大変だもの」


 アーシャと産後の体調について話していたんだけど、ふとアーシャがケティの産休に触れた。


 そうなんだ。ケティが妊娠したんだ。まだ二ヶ月なので妊娠したかもしれないとしか表向きにはいっていないが。


「うん。パメラとマドカを中心にカバーしてくれることになってる」


 ケティの往診は順次パメラとマドカが引き継ぐらしい。医療奉行の代行はパメラにするようだ。


 実は先日評定にて、この産休と代行について少し議論があった。そもそも女性が要職についているのは織田家だけで、もっといえば今のところ土田御前を抜くとウチだけなんだよね。


 病の時の代行なども含めて、織田家でも少し考えるべきではという意見があった。一応信秀さんの権限を信長さんで代行する体制は整えているけど、奉行とかそれ以外はほぼそういったことを考えていない。


 織田家、正直ここ数年で文官が激増していて、有能な人に仕事が集まるような形になっている。


 今のところ過労で倒れたりしないのは、ケティたちが過労を止める指導をしているからだ。仕事が止まってもいいからとドクターストップをかけることが何度かあった。


 さらに今年から十日に一度の割合で休日を設けることを始めていて、その兼ね合いもある。もう少し誰かが代行出来るような体制にしたらどうかという意見があったんだ。


 他家なら自分の役目は絶対に人には渡さないとかなるんだろうけど、織田家では忙しくてそんなこと言っていられないからなぁ。


 ああ、学校に通う武士の子弟も激増している。読み書き計算が出来て、字が綺麗に書けるだけで文官として引っ張りだこなんだ。今までのやり方では名のある師を招くのだってお礼が要る。学校にくれば基本無料で高度な学問や武芸が学べるんだ。


 ならば学校でいいのではないかと考える人が増えた。まあ、これには所領がなくなったので町に住む武士が増えたことも影響していると思うが。


「殿、そろそろ登城しませんと……」


「ああ、そうか。みんな後をお願いね」


「はい!」


 むっ、お仕事の時間らしい。遥香との触れ合いタイムはここまでだ。子供たちが周りで一緒に見ていたので、後を任せる。


 みんなウチの子供だ。リリーの方針でオレとリリーで親代わりとなっているので、元服後も年末年始には帰ってくる。


 身分保障というわけではないけど、血縁も身分もないとあまりいい扱いされないからね。


 さあ、仕事を頑張ろう。




Side:石田正継


 織田に仕えて半年が過ぎた。いつの間にか京極様も尾張におられるが、もうわしには関わりのないことだ。


 北近江三郡は六角の手に落ち、争うた者らは渋々ながら従うておるとも聞き及ぶ。わが石田家の所領を奪った盗人は美濃の血縁がある者の下で働いておるとか。関所で会うて以来会うこともない。


「石田殿、そのほうには三河に行ってもらう」


「はっ、此度はいかなる役目でございましょう」


「矢作川の新川が出来たのだ。開通させるときに守護様と兄上が三河に入られるのでな。その前に場を整えねばならぬ」


「畏まりましてございます」


 わしはいかなるわけか、図書権頭ずしょごんのかみ様の下で役目に励んでおる。大殿の下の弟君であり、織田一族のまとめ役でもある御方だ。


 美濃、三河、伊勢とあちこち巡り、文官として忙しく働いておったのだが、先々月から突然図書権頭ずしょごんのかみ様の下に付けられた。俸禄が数倍になり間違いではないかと思うたほどだ。


 取り立てて功を挙げたわけでもなく、命じられた役目をこなしておっただけなのだが。


 ただ、織田家では新参者といえど立身出世することは珍しくないのだとか。


「ああ、石田殿。尾張はいかがですか? なにか困ったことがあれば、いつでも言ってください。お力になりますよ」


「これは内匠助様。お久しぶりでございます。分不相応なほど皆様にはようしていただいておりますので、今のところは困りごとなどありませぬ」


 さて、三河に行く支度をするために先々月与えられた新しい屋敷に戻ろうとしたところで、内匠助様と出くわした。


 織田でも上から数えたほうが早い御方だが、いかなるわけかわしによう声をかけてくださる。


 図書権頭様に仕える際に新しい屋敷をいただいたのだが、その際もいろいろと贈り物を下さったほどだ。


 返礼に困り、図書権頭様に内々に打ち明けたのだが、無理をせぬ返礼でよいと教えを受けた。これも織田家ではようあることなのだとか。


 お気に召された者には助力を惜しまぬ御方らしく、内匠助様のお眼鏡に適った者は立身出世をするという噂すらある。


「所領を捨てて良かった」


 織田ではすでに家臣どころか一族すら所領を放棄しておる。皆が所領を持たぬのならば欲しいとも思わぬ。いち早く尾張に来て良かったと安堵するわ。


 そういえば滝川様も所領を捨てて一族郎党で内匠助様に仕えたとか。内匠助様は所領を捨てる決断をした者を好むのであろうか?


 まあ、よいか。わしはわしの役目をこなすのみ。


 これ以上の立身出世は望めまいが、与えられた役目と俸禄の分は働かねばならぬからな。




◆◆

図書権頭=織田信康

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