第1252話・インパクト

Side:武田晴信


 主立った者を集めたが、目の色が変わったか。


 織田の娘を北畠の養女として斯波に嫁がせる。見届け人として六角がそこに加わると清洲におる真田から知らせが届いた。


 同盟か。そろそろ動くのではと思うておったが、にしても……。


 尾張・美濃・三河・飛騨・伊勢・志摩・近江・伊賀。そのまま受け取るわけにはいかぬが。八か国の同盟とは。


「御屋形様! 今こそ好機でございますぞ!」


 尾張など関わることもない国だと思うておったが、あれよあれよと言う間に近くにおる。信濃では小笠原長時が斯波との誼を後ろ盾としてしぶとく残っており、三河はすでに織田の手に落ちた。


 西と同盟を結ぶとなれば、目指すは北の朝倉か東の今川であろう。近頃の様子に鑑みると東と見て間違いあるまい。


 待ちに待った機が訪れたと皆が騒ぐのも当然であろうな。


 さらに武衛の嫡男が元服して公方様と帝に拝謁するために上洛したという。近年の織田の動きを見ておると根回しも済んだということか?


「そう急くな。織田の動きは今一つ分からぬ」


 機であることは確かであろう。されど気になるのは織田の動きと考えはわしには理解出来ぬものが多いことか。


 まさかとは思うが、信濃の小笠原への援軍ではあるまいな。信濃に織田が来れば武田は終わる。小笠原から援軍を求めてもおかしゅうない。


 わしなら今川の利になることなどせぬが、あそこは今一つ分からぬのだ。


 あり得ぬとは思うが、今川が降伏して密約でもあれば先に動いた我らが攻められかねぬ。


「久遠内匠助か。会うてみたいものよ」


 西保三郎と真田らの文によう名が出てくる男だ。氏素性も怪しき男であったはずが、わずか数年で武衛殿や北畠卿や関白殿下にまで認められたという。身分も家柄もなく立身出世をするとは恐ろしい男だ。


 もっとも西保三郎の文によれば穏やかな男で、学校にて子らに慕われておるとか。虎を仏とした男。尾張ではそう呼ばれておる。


 戦を武勇のみで語る武辺者が多い甲斐衆に見習わせたいわ。


 さて、いかがするか。今川の動きも探らねばならぬな。




Side:北条氏康


 まさか三国で同盟とは恐れ入ったわ。随分と誼を深めておったのは聞き及んでおったが、ここまでなるとは思わなんだ。さすがの叔父上も驚いておる。


 今川攻めの機は熟したということであろうな。


「殿、良き時に伊豆諸島をくれてやりましたな」


「ああ……」


 ひとりの家臣が安堵したように伊豆諸島のことを口にした。あそこをくれてやらずとも遅かれ早かれ今川攻めはあったはず。恩を売る機を逃すところであったわ。


「叔父上、いかがした?」


「いや、織田は……久遠殿は、天下をいよいよ見始めたのかと思うての」


 なにやら考え込んでおった叔父上に声をかけるが、その顔はいかんとも言えぬものがある。久遠殿のことを随分と気に掛けておるからの。わしもつまらぬ戦で死なせたくないと思うほどよ。


 思えば織田が気になるとわざわざ尾張に出向いたのは叔父上だ。あれがなくば北条も随分と違ったことになっておったであろう。


 内匠頭殿は天下への野心などないと言うていたとか。されど周りが放っておかぬのだ。


 まだいかがなるか分からぬところはある。公方様はこの件をいかがお考えなのか。三好はいかがするのか。


 されど織田はこの先も所領を広げよう。今川を降したあと、わしはいかがするべきなのであろうか。まずは三好との嫡男の婚礼の件、仇となるやもしれぬ。少し時を稼いで様子をみねばならぬか。


 戦って勝てるとは思えぬ。されど臣従するには相応の大義名分がほしい。


 欲を出す気はないがな。


 最早、他人事ではないということか。




Side:久遠一馬


 アーシャの陣痛が始まったというので急いで牧場に駆け付けた。


「アーシャは!」


「はい! だいじょうぶでございます!」


 牧場の孤児院は広く、奥にはリリーやアーシャが暮らしている部屋がある。孤児院に入ると数人の子供たちがオレを待っていたようで、案内してくれながら現状を教えてくれた。


 途中でお年寄りが祈っている姿も見えた。まだ出産の危険性を理解出来ず、お祝だと喜ぶ幼子をあやしながら祈っていた。


「アーシャ!」


「慌てない慌てない。大丈夫よ」


 数日前からケティたちが交代で付いていたが、今日はマドカが当番だったらしい。年配のお婆さんたちと一緒に出産の支度をすでに終えていた。


「一馬殿、お任せください」


 ああ、今回もお市ちゃんが先に着いていた。学校からわざわざ駆け付けてくれたらしい。オレは清洲から駆け付けたので、お市ちゃんのほうが早かったみたいだね。


 しかし、お市ちゃんには毎回叱られているような気がする。何回経験しても心配なんだよね。


「うふふ、大丈夫よ。私は陣痛も楽みたい。みんなが祈ってくれるおかげかしらね」


 肝心のアーシャの顔色がいいことにホッとする。アーシャは学校での付き合いが多いのでお坊さんたちに知り合い多いんだよね。


 祈禱とかしてくれたりしているところが多いらしい。


「子供たちのほうが落ち着いているなぁ」


「みんなで出産の教えをうけたもの。それに牛や馬の出産を手伝っているから慣れているわ」


 孤児院の子たちはテキパキとお手伝いをしていて、それ以外の子たちは大人しく近くの部屋で待っていた。その姿に驚いたけど、リリーの教育のおかげか。


 清洲城にも文官の下で清書の仕事とか手伝うために孤児院出身の家臣が行っているけど、礼儀作法とか仕事の速さに驚かれるんだ。


 オレはアーシャの傍で見守りたいけど、アーシャと付き合いのある人たちが集まってきているんだよな。応対しないとだめだ。


「殿様! 大丈夫でございます! 皆でたくさんお祈りしました!」


 アーシャのことはマドカとリリーたちに任せて、子供たちと来客の応対をする。


 オレの顔が少し不安そうだったのだろうか? 年長さんの子供に励まされてしまった。


 医療設備の整った世界に生まれて、オーバーテクノロジーの塊とも言える宇宙要塞を知る身としてはどうしても不安になる。


 子供たちはみんな笑顔だ。神仏を信じてオレたちを信じてくれている。オレとアーシャの子供が生まれないなんてありえないと思ってくれているようだ。


 祈りか。そういえば帝も祈りで世を治めようとしていた。


 あり得るんだろうか? 祈りで何かが変わるなどということが。


 ただ、思うんだ。こうして祈ってくれる人の絆が未来を切り開くんだろうと。


 子供たちを見ていると、そんなことを教えられた気がした。



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