第1235話・一馬の戦い

Side:久遠一馬


 公式な場はオレが特にすることはない。義信君が挨拶をして義賢さんとか義輝さんが答えるだけだ。


 義信君は外交デビューを立派にこなしている。


 ただ、問題はここからだ。内々に話がしたいと義賢さんに伝えて場を用意してもらった。同席する人は任せる。重臣がいてもいなくてもいい。ただ、非公式でとお願いはした。


「一馬、なにかあったか?」


 義輝さんがお茶を飲んで声をかけてくれた。公式の場ではないということで、そこまで畏まってはない。こういう時の態度は変わったなと思う。


 同席したのはほかに義信君と織田側の主な人たちとメルティたちや望月さんたちもいる。六角側は義賢さん、それと宿老だろう。重臣もいる。


 場は尾張流と言える茶会だった。飲み物は抹茶になるけど、茶の湯と違うのはひとりひとりに抹茶と菓子が出されていることだ。これ、紅茶の飲み方から尾張で流行っているもので、義賢さんも何度か体験済みだ。


 元はシンディが始めたことで、みんなで一緒に楽しもうというものになる。


「差し出がましいとは思いますが、この旅で気付いたことをお話し出来ればと考えました。ただ、あくまでも私ひとりの考えによるものです。斯波とも織田とも関わりのないこと。それはご理解ください」


「前置きはいい。なにかあれば余が責めを負う。皆の者よいな?」


「はっ」


 あらかじめ言っておかなくてはならないことは、これから話すことが誰の責任で話すかということなんだけど、義輝さんが後々問題になりそうな可能性を潰してくれた。


 助かるなぁ。危ういとも思うけど。


「では良いことから。甲賀は手を入れれば暮らしはもっと良くなると思います。また東海道を整えれば商人の往来が増えることで、六角の大きな利となるでしょう」


 まずはいい報告から。義賢さんたちから安堵の表情が見られる。少し驚いたのは素直にそんな顔が見られたからかもしれない。


「懸念は新しいことを始めることを警戒したり望まぬ者が多いことでしょうか。これは近江に限りません。織田の領地でもそうですし、当家の海の向こうもそんなところはあります」


 静かだ。誰も口を開かない。雰囲気が少し重苦しいな。


「あと申し上げにくいのですが、今のままだと尾張との力の差は開く一方になります」


 義信君が少し驚いた顔をした。観音寺城に来て言うことじゃない。そう思ったのかもしれない。愚弄しているとか受け取られると一気に関係が悪化しかねない。だからこそ最初に予防線を張ったんだけど。


「織田はまだ変わるとおっしゃるのか?」


「平井殿でしたね。その通りです。今のままでは荒れた世は収まりません。今を知る世代が生きている間に日ノ本を統一し、代替わりしても乱れぬ体制を整える必要があります」


 尾張に習い、真似る。そこは大きな異論はないようだ。少なくともこの場にいる皆さんは。それにホッとする。ただし、そこを終着点とされると困る。


「日ノ本の統一とは……」


「上様がこうしておられるのです。ならばそこを目指さねば、尾張も近江もいずれ再び乱れることになりましょう」


 ほんと、義輝さんのおかげでこの場がいかに助かっているか。斯波と織田で日ノ本の統一などと言い出せば驕ったと受け取られるかもしれないけど、義輝さんがいるおかげで理屈としてもおかしくないことになる。


「一馬、策は考えたのであろう?」


「はい。ただ、六角家の面目にも関わり、覚悟が要ることもあります。いずれを申し上げてよいのか」


 義賢さんはじっと聞いている。口を開かないことで六角側は言葉が止まる。そこでオレに話の先を促したのは義輝さんだった。


「一番、早い策をお教え願いたい。体裁や面目で家を没落させることだけは誰も望まぬ」


 そこでようやく覚悟を決めたような顔をした義賢さんが義輝さんに促されるように口を開いた。その姿にふと、亡き定頼さんを思い出す。


 会ったのはちょうど前回の上洛だったな。最後に見送りに出てくれた時の顔が今でも思い出される。


「では、遠慮なく。甲賀を直轄領として、甲賀衆を俸禄とするべきでしょう。また六角家の直轄領や、この場においでの皆様方の所領内でも俸禄化をするのが近道かと思います。甲賀衆は及ばずながら当家が不満を申す者を受け入れることが出来ます。あとは血縁者、とりわけ近しい者から俸禄とするのが一番理解を得られるかと思います」


 理想は時間をかけた改革だ。ただし、六角家には久遠がいないんだ。いかに目標となる尾張があるとはいえ、歴史がある近江の地で改革なんて、それこそ義賢さんの生涯を掛けてやることと言っても過言ではない。


 無茶を言っているのは承知のことだ。織田に臣従したわけではない。だからこそ家中から反発や抵抗もあるだろう。改革だって成果が出るまで相応の時間が必要だ。だけど、十年も掛かると六角であっても保たないかもしれない。


「あの田畑を織田が営む織田農園とするやり方だけでは足りぬか」


「はい。世の流れが早いんです、私が思う以上に。必要とあらば更に銭の貸し付けもします。これは誰の名義になるか、尾張に戻らねば言えませんが」


 一番驚きがないのはやはり義輝さんか。気付いていたのかもしれない。六角の改革速度では、織田の領地が広がる速度に体裁だけでも整えることが難しくなることを。


 プランテーション案、対外的には織田農園と呼称している。織田が他国で田畑を運営するということからそう名付けた。あれでは間に合わない。メルティたちともその意見で一致した。


「あと、若武衛様の婚礼に六角家をお招きすることになります。不満や異を唱える者はその時に尾張にお連れいただくべきかと思います。それならばこちらもその者たちを納得させる手助けが出来ます」


 返答はない。考える時間も必要だろう。ただ、こちらからアクションを起こさないと六角としても考えることが出来ないんだ。


「今、申した策。必ずしもすべてをそのまま使う必要はありません。家中でご検討をされて、その答えを私にお教えください。さすれば、そこからまた考えます。皆がなるべく納得して上手くいく落としどころを共に考え、探しましょう」


 あからさまに敵意を向ける人はいない。異を唱える人も。とりあえず成功したかな?


 メルティを見てオレに大きな失態がなかったことを理解し、ホッとする。


「忝い。是非ともお願い申す」


 最後に義賢さんが少し安堵した様子でそう言ってくれた。悩んでいたんだろうな。分かるよ。未知のことをどうやって変えればいいのか。当主ならば悩まないほうがおかしい。


「こちらこそよろしくお願い致します。六角家とは先代の亡き管領代様が繋いでくださった縁です。管領代様の遺志を無には出来ません」


 義輝さんとの最初の拝謁は定頼さんが場を整えてくれたものだ。オレたちもその恩に報いる必要がある。


 六角では未だに定頼さんの存在は大きいのだろう。オレが名前を出すと少ししんみりした空気となった。


 かなり危うい橋を渡ったけど、これでなんとか先に繋げたと思う。


 正直、疲れたよ。



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