第1232話・甲賀にて
Side:久遠一馬
東海道を西へと進む。
この時代の治安は基本的に自助努力で守るしかない。どんな身分の人だって武装しているし、商人なんかは護衛だって付ける。
そんなこの時代の人が危なくて避けるという東海道。報告では治安が回復しつつあると聞いていたけど、思っていたほど悪くはないらしい。
当然ながらオレたちの上洛に合わせて道中は要所に兵がいて守っているし、警備犬の姿も見えた。とはいえすれ違う人の様子を見ると、それなりに使える街道だなというところだろう。
街道自体はこの時代にしては整備されているほうだろう。伊勢から近江に入るにはかつては鈴鹿関のあった山越えがあって大変なものの、全体としてそこまで険しい峠道というほどではない。
「お待ちしておりました」
国境を越えると六角側の案内役と護衛の兵が待っていた。案内役は
景色自体はさほど変わるわけではない。ただこの時代としても発展している地域とは言い難く、土壌の違いもあって米作りで生きていくのは大変なのは想像に難くない。
あとは道中に見物人が多いなとは思う。普通、自領はともかく他国に行くとそこまで見物人が多いわけではない。そもそも他国の要人が来ることを知らされないからだ。
暮らしの水準はお世辞にもいいとは言えないみたい。飢えて荒んでいるほどでもないようだけど、着物とか様子を見ると生きていくのが精いっぱいのようだ。
「ここが甲賀かぁ。山の景色はいいね」
途中の村で休憩をすることになり、馬に乗りっぱなしだったので少し体を動かしつつみんなに声を掛ける。正直、馬での移動も楽じゃない。
「良いこともそうでないこともありましたな。この地で生まれこの地で死ぬ。皆そう思うておったでしょう」
故郷か。望月さんの言葉に甲賀出身のみんなは、それぞれに思うところがありそうな顔をしている。
オレもそう思っていた。元の世界のリアルで普通に生きて死ぬのかと思っていたな。未練はないけど、どうなったのか少し気にはなる。
「この地も飢えぬようになるので?」
ふと会話が途切れると声を掛けてきたのは慶次だ。
「そうだね。山には山の役目がある。いずれそうなると思うよ。東海道もあるし、そこまで悪い土地じゃないね」
以前少し話したが、甲賀はお茶と焼き物の産地だ。あと塩野温泉もすでにあるんだよね。ただし、そのままだと農業には土壌の質的にあまり向かないはずだ。六角が発展させるには少し大変だろうね。
一番楽なのは織田の経済圏に入れてしまうことだ。需要も多くある。お茶とか焼き物も尾張だと需要大きいからね。他にもいろいろと産業や生産物の種類を増やしていくことが出来る。
まあ六角でもやれないことはない。なによりここは東海道沿いで立地条件がいいんだ。美濃経由の東山道もだいぶ整備していて使えるけど、地形的にも通りやすい東海道の利点は大きい。あとはプランテーション案を推し進めるしかないだろう。
この日の宿泊先は土山城。当主は土山盛綱。甲賀五十三家のひとつで伊勢に近いところだ。正直、よく知らないけど。
甲賀衆は誰かしらを寄越したようで土山城に集まっている。一昨年の冬のように食えない時には伊勢大湊を介して支援もした。自慢するわけではないけど、ここ数年の甲賀を飢えさせないようにしているのは織田だ。
その恩義に対する返礼もあるんだろう。
土山さんが頑張って宴を開いてくれるみたい。楽しみだなぁ。せっかくの機会なので甲賀の皆さんとはいろいろと話をして意見交換をしたいところだ。
Side:滝川家血縁の男
久遠様か。歳は二十代半ばと聞いておるはずだが、もう少し若く見える。
「よう、達者であったか?」
護衛をして土山城に到着すると、ひとりの男に声を掛けられた。
「今日はなんと名乗っておるのだ?」
「はっはっはっは。なんのことだ」
主どころか斯波武衛家の嫡男の供として来ておるというのに、軽々しく声をかけてきたのは慶次郎だ。
この男が三雲定持を捕らえたおかげで我らは六角の御屋形様から褒美をもらい、暮らしが楽になった。もっともそれを知るのはわしを含めて僅かな者だけであるがな。
「甲賀はいかがだ?」
「変わらぬ。三雲がいなくなり六角の御屋形様が三雲の領地を治めておられるが、この地では誰が治めてもさほど大きく変わらぬからな」
三雲一族が去って甲賀は織田や久遠と争うことがなくなり幾分楽になった。とはいえ食うことで精いっぱいであることに変わりはない。
六角の御屋形様は織田と争わぬと言うておられるものの、それとていずこまで信じてよいのか分からぬというのが本音だ。さらに六角家中において甲賀衆は幾分下に見られる。三雲の愚か者のせいで、それが悪うなることはあっても良うなることなどないのだからな。
滝川一族が甲賀を出ていき、もう六年にはなろうか。その後は望月家も続き、尾張に出ていく者が今も後を絶たぬ。家と所領を守る者は残るが、言い換えればそれ以外は尾張に行ったほうが暮らしは良うなるのだ。
「所領など捨ててしまえば良かろう。尾張ではもう、織田一族も所領を捨てたぞ。俸禄として土地は公儀が治める。六角もそれを試したいと言うておったと聞くが」
「分からぬではないが、口で言うほど容易いことではないわ」
言いたいことは理解するが、一族郎党でいざ所領を捨てるとなると異を唱える者も多い。年寄りは生まれた地で死ぬのを当然と思うておる。先祖代々守ってきた田畑を己の一代で勝手に捨ててよいはずがないと考える者も多いのだ。
まあ、滝川や望月のように久遠様が召し抱えてくださるというのなら話も変わるであろうが。
「では六角が俸禄にすると言うたらいかがする?」
「逆らえる者はおらぬ。されど素直に納得する者もおるまいな」
この男、なにが言いたいのだ? 六角と甲賀衆の関わりなど承知のことであろう。
そこまで話すと、慶次郎はふらふらといずこかに行ってしまった。
相も変わらずよう分からぬ男だ。甲賀の様子を知りたいのは分かるが、それだけとは思えぬ。
まさか織田がこの地を狙うておるのか? まさかあり得ぬな。六角と争うてまで欲しい地でもあるまい。
まあよい、わしは警護を務めればよいだけだ。
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