第1230話・二度目の上洛

Side:久遠一馬


「ちーち、ちーち」


「大武丸も希美も輝も武尊丸もいい子で待ってるんだぞ」


「一馬殿、お気をつけていってらっしゃいませ!」


「はい、姫様。行って参ります」


 海と船を見て喜んでいる大武丸と希美に、まだそこまで分からないだろう輝と武尊丸。子供たちと、お市ちゃんや孤児院の子供たちに見送られて出発することになった。


 寂しいなぁ。このまま一緒に屋敷に帰ったら駄目だろうか。


 すでに季節の献上品と上洛のお土産を積んだ船は出航している。今回は船に京極さんと一益さんが乗っている。前回は信安さんだったんだけど、今回は信安さんが義信君と同行するため京極さんに献上品の輸送を任せたんだ。


 今回は献上品を運ぶのは石山本願寺に頼むから大丈夫だと思うんだけどね。でもそれなりの家柄の責任者が必要なんだ。


「じゃあ、留守をお願いね」


「はい、お任せください」


 留守はエルたちに任せる。前回上洛したエルとジュリアとマドカは留守番することになった。エルとジュリアは子供が生まれたことが理由だ。マドカは前回行ったこともあり、今回は別の子に譲っていて美濃の牧場に家畜の検診に行っている。


 今回はメルティ、セレス、ジャクリーヌになる。


 ジャクリーヌは医療型アンドロイドだ。身長は百七十センチでスリムな体型。ベリーショートの黒髪と灰色の瞳。イケメン系女子という顔立ちをしている。本人曰く医療型戦闘タイプと自称していた子だ。初期設定が十七歳だったので、今は二十四歳になる。


 医師としての活動よりも雷鳥隊の指導とかしていたんだよね。


 医療型の同行者はケティに選定を任せたんだけど。まあ、尾張でもあまり知られていないからだろう。


 今回も妻たちの同行者は最小限にした。時代的に侍女などを同行させることはなくないのだろうが、どうしても目立つからね。あとは献上品の船団としてリーファと雪乃がいるくらいだ。


 蟹江で見送られて船で桑名に渡ると、陸路で東海道を西へと進む。


 伊勢は川に橋がないところも多く、また街道の整備もまだまだなので馬車は使えない。馬と徒歩での旅だ。季節的には春の陽気なので暑さも寒さもなくちょうどいい。


「伊勢もよいところじゃの」


 義信君は楽しげだ。義信君は初めての領外への旅だからな。いろいろ大変なのは教えたし、一日中馬に乗って移動するのも実は結構大変なんだけど。


 ちなみに護衛だけで三百人ほどいる。東海道沿いはこちらで押さえてあるけど、付近には無量寿院とその末寺の寺領もあったりして、織田領にしては治安がいいとは決して言えないところだからだ。


 一行には観音寺城にいる義輝さんへの献上品も運んでいるので、荷物を運ぶ馬もそれなりにいるんだよね。さすがに狙われるほど手薄な護衛には出来ない。


「このような形で甲賀に行くことになろうとは」


 望月さんはこんな形で甲賀に行くことに感慨深いものがあるらしい。


 ああ、家臣の同行者は望月さん、益氏さん、慶次といった甲賀出身者の他に、太田さん、石舟斎さん、曲直瀬さん、あとは若い衆がいる。望月さんは甲賀を通ることもあっての同行だ。六角の改革が思ったほど進んでないんだよね。義賢さんとも事前に話をしていて、ちょっと手助けする予定で必要なんだ。


 あと一益さんが船団のほうに行っている。


「八郎も観音寺城で同じような顔をしておったな」


「確かに、そうですね」


 信長さんは望月さんの様子に前回の上洛を思い出したらしい。旧主たる今は亡き定頼さんと会う時、資清さんはなんとも言えない顔をしていた。


「捨てたとはいえ甲賀は生まれ育った故郷であり、六角家は旧主でございます。立身出世を喜ぶところもありまするが、捨てた負い目もないとは言えませぬ」


「それでよいと思うがの。誰しも負い目のひとつやふたつあるものであろう。父上とて過ぎ去りしことで悩む時がある。内匠頭や一馬とて同じであろう」


 素直に思いを語ってくれた望月さんが個人的には本当に心強い。そんなオレの気持ちを察してくれたのか、義信君が望月さんに声を掛けていた。


「ええ、悩みますよ。私は分不相応な立身出世をしてしまいましたので」


「かずの官位が低すぎるのではという者がおるというのに」


「私が官位をいただいたのは、朝廷や公方様に従うという意思によるもの。従ってもっと低くても良かったんですよ」


 義信君の言葉に答えると、信長さんと義信君に怪訝そうな顔をされた。


 官位の価値は理解している。でもね。オレにとって官位とはその程度のものだ。ウチが目立ち過ぎていて朝廷や公家衆に疑念を持たれないようにとの意味合いが強い。この件は義輝さんも気に掛けてくれていたことだ。


「久遠殿はそれでよいのでしょうが、朝廷や公家衆とすると困りましょうな。誰よりも尊皇の志を見せておる久遠殿をいつまでもそのままというのは」


 苦言を呈してくれたのは信安さんだった。思えば関東行きや一度目の上洛や久遠諸島への帰還と、一緒に旅をする機会が多かったからな。それに久遠と織田と斯波の関係をすべてではないけど知っているひとりだ。


 外交的な視点をもって見ることも出来るし、頼もしい限りだ。


「官位が欲しゅうないと申されるのか?」


 戸惑う顔をしたのは姉小路さんだった。公家ということで同行している人だけど、まだ織田にも慣れていないからな。いろいろと苦労をしている人だ。


「いえ、分相応でいいと考えているだけですよ。私自身は織田一族のひとりであり、それ以上ではありませんので」


 理解出来ないのだろう。正式な官位の任官は勝手に僭称する官位とわけが違う。朝廷の権威と官位を否定するような言い方はよくない。


 まあ、一介の家臣とか一族のひとりだと言って信じるのが難しいのは理解する。ただ、別にオレが立身出世しなくても困らないんだよね。日ノ本統一には。


「久遠家の本領は朝廷のさだむる大八洲おおやしまの外にあるからな」


「そうでございましたな。外に領地がある身となれば、いささか事情も違いまするか」


 最終的に信長さんがフォローしてくれた。いろいろ難しい立場ということもある。今のところ誰もそこを突っ込む人がいないので助かっているけど。


 しかし、伊勢の治安。思ったより悪いな。オレたちにちょっかいを出す人はいないけど、道中には警備兵と黒鍬隊が多い。オレたちのために東海道の治安維持をしているのだろうけど、数とか配置を見ると思った以上に深刻なのが分かる。


 治安維持に割く人が多い分だけ、賦役が進んでいないんだろうな。むしろ甲賀に入ったほうが反織田の勢力が少ないだけに安全なのかもしれない。




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