第1204話・道半ばにて

Side:足利義藤


「ほんに困った大樹じゃの」


 久方ぶりに会うた近衛殿下にそう言われてしまったわ。オレがこうして勝手が出来るのも殿下のおかげというところもある。無論、言えぬこともあるが、この一年のことを話したからであろう。


 足利の天下を終わらせることや、織田に次を任せるつもりであることはまだ言うわけにはいかぬ。殿下を信じぬわけではないが、お互い立場が違うのだ。


「今しかないと思うております」


 されど、オレが父上や代々の将軍と違う道を望み歩んでおることはとうにお見通しのようだ。それ故に困ったと言われるのであろうな。


「戦に明け暮れたとて先は見えておるからの。致し方ないとも思う。されど尾張の真似事をしたとして、あれが日ノ本すべてに通じるかは分からぬぞ。内匠助がおらぬようになっても同じく出来るのか分からぬからの」


「存じております」


 殿下は御存じあるまい。一馬が己で天下を治める気などなく、己がおらずとも天下が治まるようにと考えておることを。


 そもそも戦で天下を治めるほうが夢のまた夢であろう。勝ったとて根絶やしにするわけにもいかぬ。許したとて管領のように勝手をする。土地を召し上げるといえば蜂起し、代々続く家柄に合わせた扱いで遇さねば蜂起する。家によってはその家が権勢を誇っていたかつての栄華を求め戦を起こす。


 心底うんざりだ。


「致し方あるまいな。武衛と内匠頭は未だ兵を挙げて都に参る気はないようじゃからの」


 やはりそのことを望んでおられたか。武衛を管領とし織田と六角で上洛すれば都は安泰だと考えられたか? 所詮公家は都さえ安泰ならば良いということか。


「花火を見た者の中には、尾張が恋しいあまり、都を尾張に移してはとの戯言を口にする者すらおる。近頃は図書寮の再建のための写本でようやく食えるようになった者も多くての。そなたに不満があるわけではないが、細川だ三好だと争うておるのを見ておるとの……」


 公家は病で動けぬ将軍などあてにせぬということか。それもまた本音であろう。本来は朝廷を守り天下を治めるはずの将軍が治めることが出来ておらぬのだ。言い返すことも出来ぬ。


「申し訳ございませぬ。すべては某の不徳にございます」


「わしがそなたを責めておるわけではないぞ。そういう話もあるのだとそなたは知るべきじゃからの。まだ見ぬ世を願うのもよい。されどな、今ある世を忘れてはならん。それだけは肝に銘じておけ」


「はっ」


 あまり勝手ばかりするなということか。まさかオレがすでに次の世のために動いておるなどとは思いもせぬのであろうな。


 尾張に戻り次第、一馬らと朝廷と公家について今一度話す必要があるか。




Side:久遠一馬


 一月も残り僅かとなった。都では義藤さんと長慶さんが会談したと宇宙要塞から報告が入った。


「血筋というのは思った以上に重いらしいね」


 赤ちゃんに母乳をあげているシンディは、唐突に呟いたオレの言葉の真意を考える素振りをしている。侍女が控えているので迂闊なことは言えない。シンディなら同じ報告を受けているだろうし察してくれるだろう。


 失礼ながら史実の歴史から見ると足利家は斜陽の勢力に思えるけど、その権勢の底力と恐ろしさをオレは痛感していると言っても過言ではない。


 義藤さんは頼もしいと思えるけど、同時にこの先を考えると恐ろしくもある。連綿と続いている歴史を変える。オレたちは神に挑んでいるのかもしれないとさえ思える時がある。


「私たちは今を精いっぱい生きるしかありませんわ」


「だね」


 お腹を満たした赤ちゃんを布団に寝かせると、シンディは白湯を飲んで一息ついてそう口にした。


 赤ちゃんの名は『武尊丸たけるまる』と名付けた。信秀さんの命名で、ついさっきまで名前の発表とお披露目をしていたんだ。


 だからこそ血筋というものについて、少し考えさせられる。


 この子はどんな大人になってどう生きるんだろうか? 選べる選択肢は増やしてやりたい。血縁や家柄をなくすことは無理だし、混乱しか生まないだろう。


 でもね。オレの子だからと将来が決められるのだけは避けるつもりだ。


 親バカだと言われそうだけどね。




 お披露目の翌日、この日はあきらの百日祝いだ。


 場所は昨日に引き続き清洲城になる。これに関しては信秀さんと義統さんの意向によるものだ。


 本当は大武丸と希美の縁組も欲しいのだろうけど、それをオレが拒否していることはみんな知っている。その代わりというわけじゃないが、久遠家の子供たちの祝いをみんなで祝うことで、斯波・織田・久遠の結束を示して、拡大していく家中をまとめたいようだ。


 しかしまあ、この時代って本当に冠婚葬祭が多いね。子供の数が多いから必然的に親戚が多いこともあるけどさ。


「慶事が続くとはめでたいですな」


「左様ですな」


 武尊丸のお祝の品を貰うし、輝のお祝いの品も貰う。その返礼は十二分にする。これは資清さんとか湊屋さんが活躍してくれる。無論、関係各所にはこちらから祝いだとお酒や餅やお菓子とかいろいろ振る舞うんだ。


 正直、経済対策でもあるんだ。領内の経済に対してウチがお金を持ち過ぎている。表向きは新参者として皆さんに気を使っているという体裁にしているけどね。


 ただし、ウチが織田弾正忠家と同等以上の力があることなんて、重臣の皆さんはもう気付いていることだけど。


「されど願証寺がここまで変わるとはな」


「困らぬように配慮しておるというのに。何がどう転ぶか分からんものだ」


 輝は歯固めの儀式を行うと寝てしまったので別室に移動した。残る大人の皆さんは宴となるけど、話題は願証寺のことだった。


 武士は武士。寺社は寺社。それぞれに勝手に治めるのがこの時代だ。正直、願証寺のある辺りは輪中なのでそこまで利になる土地じゃない。友好的でいてくれるのなら当分はこのままで良かったんだけどね。


 格差が領民でも目に見えて分かるというのは、いつ一揆を起こされるかという不安で相当恐ろしいのだろう。


 あと現時点では非公式になるけど、津島神社と熱田神社も所領の廃止を検討していることを根回しされた。寺社奉行だから願証寺の動きを知って相当慌てたみたいだ。


 これに関しては、徴税権と検断権を放棄するなら田んぼで米は作ってもいいんだよね。儀式に使う神田とか必要なのは分かるし。あとは農業経営に移行するなら助言してもいいんだけど。


 尾張だと個人で領地を持つ価値がなくなっているからなぁ。他国から見たら摩訶不思議な国になりつつあるほどだ。


 北畠と六角への助言もウチで纏めないと駄目なんだ。まずは叩き台として私案を提出する必要がある。


 エルたちもいるし、資清さんたちもいる。宇宙要塞のバックアップもあるとはいえ、これ以上仕事が増えないといいんだけどな。






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