第1205話・新たな季節

Side:久遠一馬


 ようやく長い冬が終わる兆しを迎えた頃、暦は二月に入っていた。新暦で言えば三月だ。梅の花もほころび始めてそろそろ春が近いなと感じることが増えた。


 今年は大根が豊作だった。やはり栽培するのが難しくないことが普及の理由だろう。昨年までと比較すると生産量が増えたこともあって値段が一気に下がり、領民の多くも食べることが出来たと思う。


 やはり食糧事情の改善はこの時代の最優先課題だ。二十日大根やもやしが普及しているとはいえ、野菜が増えるのは栄養的にもいいことだ。


 米や雑穀の雑炊がメインの食事だった庶民も、魚の干物や野菜が増えたりと、食生活は確実に良くなっている。


「そうか。なら工業村と銭湯で試してみようか」


「うん。それがいいよ。採掘はそこまで難しくないけど、いきなり使用を増やさないほうがいいと思う」


 それとプロイが正月に持ってきた、亜炭に関して報告をまとめてくれた。この時代ではそこまで気にするほどでもないけど、公害の心配もある。まずは織田家の管理下で使用して試すことにするか。


 そろそろ井ノ口や関ヶ原などの町にも銭湯が欲しかったところなんだ。


「泥炭もあるけど、こっちは燃料にするには加工したほうがいいかな」


 あと類似する泥炭。これも史実では豆炭にするなどして、燃料として一時期使っていたもので、試掘とテストの報告書をまとめてくれた。でもまあ燃料としてよりも肥料やウイスキーの香りづけとして使う方が多そうだな。


 どちらも埋蔵量の心配はないレベルで、環境問題に配慮しつつ採掘する技術に合わせて使っていいだろう。


 植林は軌道に乗っているし、炭窯の普及も進めている。とはいえ織田領の人口は増加の一途を辿っている。今から森林資源の保全は更に進める必要があるんだ。


「まーま! これ!」


「まーま! まーま!」


 プロイが説明している横で相棒のあいりは、輝を抱きながら大武丸と希美に囲まれてご満悦の様子だ。もちろん表情は変わらないものの、オレには分かる。


「そういえば、神津島で温泉が出たらしいよ」


「ほんと!? 行ってみようかな? あの島もまだ調査したいんだ」


 あいりの様子を楽しみつつ、今朝届いた報告を教えるとプロイが興味を示した。プロイとあいりは時間を作っては、史実の情報とオーバーテクノロジーによる極秘調査を基に、領内の鉱石や地質の調査を行なっている。


 使えそうな情報もちらほらあるんだけど、国内の資源はなるべく温存したいというオレの考えから調査だけに留めているんだよね。


 神津島に関しては、昨年から数か所で試験的に採掘していた温泉が一か所で湧いたらしい。


 少し前から伊豆の船なんかも神津島に来るようになったらしく、賑わっているそうだ。米や麦に大豆などはそれなりの値で買うように命じているしね。


「ああ、あとね。鉱脈を見つける山師も育てたほうがいいよ。織田家にその手の人が少なすぎる。僕が甲賀衆に少し教えておいたけど、飛騨もあるから全然足りないね」


「山師か。人手不足だからなぁ」


 そのままプロイと意見交換をする。工業村の発展と職人の進歩は凄いけど、同時に全体の底上げがまだまだ足りないと言われた。さらにもともと尾張の平野部を治めていた織田家では山師などの山岳部で働く人が足りないんだよね。


 まあ、言い訳ではないけど、開発のリソースを港湾や街道整備、治水や農地改革に割り振っているから人員に余裕がないとも言えるけど。


「うーん、検討して上申しておくか。指導は任せてもいい?」


「うん。僕たちもいつもは尾張にいられないけど」


 このふたり、放っておくと山とか人のいないところに行くから、そっちが得意な甲賀衆がほぼ専属で護衛に付いている。別に山師にするつもりはなかったんだけど、ちょうどいいので彼らに覚えてもらおうか。


 硝子工房を造っているので今は尾張に滞在しているけど、宇宙要塞の管理とメンテナンスも担当しているからなぁ。結構忙しいふたりなんだよね。宇宙要塞の管理とメンテナンスをどうするか少し考える必要がある。


「まーま?」


「散歩に行こう」


 ふたりのスケジュールを確認して悩んでいると、あいりは集まってきた家臣の子供たちも連れて散歩に行ってしまった。


 楽しそうでなによりだね。




Side:織田信長


「わしは構わぬぞ。そなたらが良いのならばな」


 津島神社と熱田神社が所領を献上すると言うとはな。親父は特に驚くでもなく淡々と受けておる。思うところはないのであろうか?


「今こそ我らが先陣を切り、戦のない世を導かねばならぬと存じます」


 神田と幾ばくかの田畑は残すが、税を払うことすら受け入れたか。こればかりは戦で勝ったとて変えることは出来なんだであろうな。


「真宗の者らには思うところもあるか」


「はっ、それに久遠殿の申すこと、いちいちもっともなれば。同じ仏を信じる僧侶が殺し合う。考えてみれば民の信を失うこともあり得ぬことではないと思いまする」


 高田派か。あの者らの動きは確かに織田の治める地の者らに神仏とはいかなるものか、坊主とはいかなるものかと考えさせられる。


 親父もまた考えさせられるのか、ぽつりと呟くと津島の堀田が本音ともとれることを口にした。


「同じ僧ですら説き伏せることが出来ぬ者の語る仏の道など、信じるに値せぬ。神仏の怒りを買うのは武士か坊主か。はてさて、いずれであろうな」


 親父の言葉に堀田と千秋の顔が険しくなる。まことに坊主が神仏と近しい者なのか? そんな疑念が今の尾張にある。


 かつては村から出ることのなかった民も、今では賦役や祭りで広く領内に出ていくようになった。


 坊主の教えに対してかつては疑念など抱きもせなんだ民も、村の外の者らと会うことで疑念を口にするようになったのだ。


 そこで、まことに神仏と坊主は同じなのかという疑念が出るのは当然のことであろうな。服部友貞や本證寺の一件も民に考えさせるきっかけであろう。


 かずは言うていた。日ノ本の外には神仏とはまったく違う神がいると。人が崇めるものは数多あるのだとな。それをこのふたりは知る故に、己らの行く末を案じてもおるとみえる。


 神仏は今の世をいかに見ているのであろうな。聞いてみたいものだ。



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