第1193話・受け止め方は違っても答えは同じ

Side:六角義賢


 茶会も終わり、夜の宴までしばし休むことになった。少しゆるりと考える刻を設けようという配慮であろう。


 後藤但馬守も蒲生下野守も言葉が出ぬようだ。喜んでよいのか怒ってよいのか分からぬのであろう。代々守り続けたことが変わる。それは安易に喜べることではないからの。


「遅かれ早かれ、来るべきことが来たのやもしれませぬな」


「というと?」


「仮に天下を統べるべく兵を挙げて上洛する者が現れれば、我らは臣従するか同盟を結ぶか戦うか、いずれかを選ばねばなるまい。今の乱世がいつまで続くかなど分からぬのだ。織田と久遠は上洛など望んでおらぬが、別の誰かが同じく力を付けたならば上洛を望むであろう。さすれば我らはその時々の世の流れに合わせて生き抜かねばならぬ」


「まあ、それは確かにそうであろうな」


 蒲生下野守が目を閉じて語ることに後藤但馬守が言葉少なく同意した。望むか望まないかではないのだ。今為すべきことをいかに為すか、ただそれだけか。


「先ほどの実入りの話は話半分としても織田は逆立ちしても勝てる相手ではない。しかも戦を望んでおらず味方になれと望んでおる。さらに上様は信じられる御方だ。となれば我らが選ぶべき道はひとつしかあるまい」


「織田は国人に対して臣従しろとは求めぬという噂だ。婚姻がないゆえ同盟と言えるか分からぬが、自ら求めただけでも違う扱いと言えような。わしは三好筑前守殿と話したことがある故思うが、三好と組んだところで先はあるまい。あれは都と摂津を治めるだけでも精一杯だ。畿内を制したとて織田には到底勝てぬわ」


 蒲生も後藤も思うところがあるのであろう。あえて己の思いを口に出しておるように見える。己を納得させるためであろうな。


「是非もなしか」


「はっ、左様に心得まする」


「右に同じく」


 嘘か真か七十五万貫の実入りだと言うたが、おそらく嘘ではあるまい。わしの目に狂いがなければ久遠殿はそのような浅はかな嘘をつく男ではあるまい。


「懸念は織田との力の差があり過ぎることか?」


「それはあまりご懸念には及ばぬかと。久遠殿の政はいずれ守護も役目が変わるはず。領地そのものを持たぬ代官のようになるのでしょうな。美濃斎藤家のようになるのかと思われまする。皆が領地を持たぬならば諦めもつくというもの」


「蒲生殿、つまり我らもいずれは臣従も致し方なしと申すのか?」


「あえて聞かなんだが、七十五万貫だぞ。御無礼ながら御屋形様より滝川八郎のほうが実入りは多いのではないのか? 抱える家臣が違い過ぎるのだ。それにあそこは家禄と各々の職禄が別にあると聞く。家禄で低いと言うてもあてにならぬわ」


 後藤は蒲生の話に顔色を変えておるわ。蒲生は織田で政を学んだからな。久遠の事情に詳しいのだ。己よりは滝川八郎のほうが暮らしは上であろうと言うておったくらいだ。


 臣従も致し方なしか。意地や家柄だけで生きられるならば誰も苦労はせぬからな。


「とにもかくにも織田は速いのだ。動きも変わることもな。此度のこととて織田の本音はこちらの動きが遅いと懸念しておるのであろう。望まれるうちが頃合いだ。今川のようになりとうはないからの」


 なるほど。確かにこちらは助けを受ける側だ。同盟を結ぶのならば従うているだけでは済まぬのだ。そう考えると己の立場が見えてくるな。


「悔しければ織田より豊かになり強くなるしかないか」


「ああ」


 やれやれ、織田は臣従を求めておらぬが、代わりに我らは大層苦労しそうだわ。




Side:鳥屋尾満栄


「面白い男だ」


 大御所様はそう呟かれて笑みをこぼされた。


「父上、それはいかなるわけでございますか?」


「遥か先を見ながらも、己でそれを成す気はない。そなたの申したことが正しかったと得心が行ったのじゃ」


「確かに一馬は立身出世など望んでおりませぬな。官位もさほど喜んでおったとは見えませなんだ。己が疑われねばいい。その程度と見えました」


 よう分からぬ男だ。わしにはそう思える。まだ春と申した奥方のほうが分かりやすいわ。


「それが欠点でもあり利点でもあろう。己で天下を望まぬ無欲さ故に皆が信じるのだ。もしかすると世を変えるとはあのような変わった男でなくば無理なのやもしれぬな。これでも公卿なのだ。そのくらい分かるわ」


「父上……」


「そのような変わった男を恐れもせずに、一切任せる武衛殿も内匠頭殿も並みの武士ではない。わしにはかの者らは、御仏がそろそろ戦乱を止めよと使いを寄越したように思えてならぬわ」


 確かにあり得ぬことだ。そもそも戦乱を無くすなど他の者が聞けば笑うだけであろう。武士が戦を恐れてなんとするとな。


 まことに神仏の御使いなのか? 仏の弾正忠というのはただの通り名であろう?


「面白きことになるぞ。これからもっとな。わしは頃合いをみてこの屋敷に移ることにする。そなたは霧山で好きにやるがいい」


「なっ、大御所様!」


 それではまるで人質に出たように見えるではないか。家中が黙ってはおるまい。それに無量寿院はいかがする!? 裏切られたと騒ぐぞ!


「そなたらでなんとか致せ。従わぬなら討つなり放逐するなり好きにすればよい。いずれ織田に臣従するのも遠くはないのだ。従わぬ者は勝手にすればよい」


 なっ、そこまでお覚悟を決められたのか? 先ほどの謁見で。


「呆けておるではないわ。上様が頭を下げて頼まれたことは決して軽うはないぞ。もう我らの面目は十分に立ったのだ。これ以上を望んではならぬ。北畠家の名が堕ちるわ」


「はっ、肝に銘じまする」


 世が動くというのは、かようなことなのか。わしはなんという場に同席を許されたのか。




Side:足利義藤


「あの様子ならば上手くやるであろうな」


 かつての南朝の大物。いかほどの者らかと思うたが、なかなかの男らであったわ。


「一馬、そなた話すのが上手うなったな」


「ほう、そうなのか」


 これで伊勢の海は安泰であろうと安堵しておったが、内匠頭が面白きことを口にした。


「一馬は任せられる者がおると己でやろうとせぬ男ゆえ、もとより話すのはエルのほうが上手いのでございます」


「ああ、なるほど。言われてみると確かにそうであるな」


 エルは殿下をも唸らせた女だ。同じことが出来る女などそうはおるまい。肝心のエルは宴の支度の手伝いでここにおらぬのが残念だ。この話にいかなる顔をするのであろうな?


「私はただの商人なのでございます。過大に期待されては困ります」


 まことに困った顔をする一馬に皆が笑った。本人は必死だったのやもしれぬな。こう見えてあまり顔に出さぬ男だ。


 それに人を差配するより畑仕事でもしておるほうが楽しげな男だからな。此度は望んでおった役目ではあるまい。されど一馬が言わねばならぬことだったのは間違いない。余にはそう思える。


「一馬、そなたあまり己を低く見ぬほうがよいぞ。傲慢よりは謙虚なのが良いが、場合によっては良う思われぬからの」


 性分なのであろうな。されど少し気になるところだ。己を謙虚に控えめにしておると見えればよいが、小賢しう見えると誤解されかねぬぞ。


「申し訳ございません。あまり慣れておりませんので」


 おかしな男だ。遥か先が見えるかと思えば、己の隙は見えぬとみえる。それが人であると言えばそうなのであろうな。


 


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