第1163話・記念日

Side:北畠具教


「あい分かった。ようやった」


 中伊勢で進めておる織田の賦役は概ね上手くいっておる。


 無論、懸念や上手くいかぬこともあるが、今は荒れた中伊勢を復興させることがなによりも肝心なことだ。


 安濃津の湊は織田が銭と人を出して一気に変わりつつある。こちらが動いておらねば中伊勢の民は北畠を見限り、織田に流れておったであろう。


「無量寿院はまだ分かっておらぬようでございますな」


 中伊勢からの知らせに鳥屋尾石見守が困った顔をした。北畠と六角は己らの味方だと勘違いしたようで、盛んに使者を送って寄越すのだ。


 まだ織田と取り持ってほしいというのは分かる。されど中にはこちらの兵をあてにしておる愚か者もおる。滑稽なのは使者によって言うことが変わることであろう。さすがに父上も呆れておるわ。


 寺の意思を統一することすら出来ておらぬ相手と、組めるわけがないということも分からぬらしい。無論、たとえ意思を統一したところで組むつもりなど毛頭ないがな。


「していかがなのだ?」


「今年の年の瀬だけで恐ろしいほどの利になりまする」


「間違っても敵に回せぬな。無量寿院の銭で北畠と六角を変えるつもりだとは」


 一馬もエルも坊主どもより遥かに慈悲深い者らだ。敵地の民ですらいずれは織田の民となるのだからと手を差し伸べる。されど敵となる者には一切情け容赦せぬ。


 まさか無量寿院の銭で北畠と六角を助ける策を用いるとは思わなんだ。確かにこれならば織田への借りが多少は減るし、無量寿院の力を削いで大人しくさせることにもなる。無量寿院も溜め込んだ銭が民の救済に役立てばさぞや満足であろう。民の救済こそ寺社の本分であるからな。


「一馬からは踏み倒しもあり得ると言われておる。無量寿院は長く保たぬやもしれぬとな。銭の掛け取りが出来なくなることも考えておけ」


「はっ、心得ました」


 一馬はこのまま無量寿院から銭を奪いたいと考えておるようだが、そこまで保たぬとも言うていた。北伊勢の末寺において思うた以上に無量寿院を見限った者が多かったのだ。


 一馬らが来て以降、米や雑穀や塩などの値が下がって、伊勢においても楽になった暮らしが、織田と手切れとなって突然かつてのように高い値に変わったとなれば、無量寿院の寺領の民もいつまでも大人しゅうしてはおらぬであろう。


 なんとも厄介な者らだ。




Side:六角義賢


「これが些細な利か」


「謙遜しておるのか、織田と久遠にとっては些細な利なのか」


 無量寿院との商いの知らせが届いた。些細な利と久遠殿の文にあったが、無量寿院はこちらを味方と思うたようですべて言い値で品物を買うてくれる。間に挟んだ寺も驚いて、この値で売って良いのかと改めて問うてきたほどよ。


 重臣らも改めて、驚き、畏怖しておるわ。他家に知恵を授けるだけではなく利も与える。この恐ろしさは皆、よう理解してくれておる。


「されど、これで北近江と甲賀の賦役が進みますな」


 坊主は油断ならぬ相手であるが、此度は相手が悪かったな。


 すでに近江から見て、西と東でまったく別のことをしておる。西は細川晴元と三好が未だ古き戦で争うておるというのに、東は織田がなるべく兵を挙げずに領地を広げ、その領地を整えておるのだ。


 父上が遺言を残してくれなければ、六角とて今頃無量寿院と共に右往左往しておったのやもしれぬ。


「変えていくしかあるまい。亡き父上でさえ変えられなかった世なのだ」


 今までのやり方では日ノ本どころか畿内すらまとまらぬ。それは武衛殿や内匠頭殿ですら同じであろう。上様が織田を、いや久遠を頼りにされるのも分かるというものよ。


 細川晴元には悪いが、あ奴のようにはなりとうない。新たな世が来るならば六角を残さねばならぬのだ。


 尾張・美濃・三河・伊勢・飛騨・近江。これだけの国がまとまれば畿内とも渡り合えよう。そのためにも我らは一刻も早く織田に学び追い付かねばならぬのだ。


 一刻も早くな。




side:久遠一馬


 今日から十一月だ。寒い日々が続いていて、一部ではインフルエンザと思わしき流行り風邪の報告もある。


 織田領は人口密度もこの時代にしては高くなっているし、人の移動も他国と違い多いので病の対策は必須になるんだ。とはいえ関ヶ原などの領境を中心に対策はしているので、大規模に広がる前にある程度抑えられそうだ。


 手洗いとうがい。それと風邪の症状が出たら早めに休ませて薬を飲ませる。これだけで効果は目に見えるほどに出ている。


 賦役に関してはオレの想定以上に効率的に進んでいる。現場単位で互いに競うように頑張っているところもあるし、領民も熱心だからね。


「大武丸、希美。誕生日おめでとう」


「ちーち?」


 今日は大武丸と希美が生まれて初めての誕生日になるんだ。みんなでお祝いの準備をして誕生パーティーを開くことにしたんだ。


 もちろん大武丸と希美はまだ誕生日というのを理解出来ないようでキョトンとしているけど、尾張にいる妻たちと重臣のみんなが揃った姿には嬉しそうだ。ふたりとも賑やかなのが好きだからね。


「生まれた日に祝うのか」


 この日は信長さんと帰蝶さんと吉法師君とお市ちゃんも来ている。誕生パーティー、説明するときにウチの風習ということにしたからね。見てみたいとなったんだ。


「一年に一回、無事に生まれて健康に育ってくれたことを感謝する。そんな感じですかね」


 この時代でも七五三のお祝いならある。ただ歳の数え方が正月にみんな一緒に歳を重ねる習慣なので、誕生日そのものを祝う風習はないんだ。元の世界でも誕生日を祝うようになったのは近代以降なんだよね。確か。


「さあ、お祝いしよう」


 あまり堅苦しいことはしなくていい。ただ生まれてきてくれて無事に育ったことを感謝するだけだ。


 もちろんバースデーケーキもある。先日の益氏さんの婚礼では秋ということもあり、栗を使ったマロンケーキを作ったら大好評だった。栗はこの時代では勝ち栗と言われる縁起物だからね。


 今日は春先に作ったイチゴジャムを使った、イチゴのケーキだ。温室で育てた生のイチゴも少しだけど飾り付けてある。


 大武丸と希美はオレとエルで食べさせてあげる。すでに離乳食を食べているのでふたりにも合わせたご馳走を作ったんだ。


 この世界に来てから宴をすることが増えた。元の世界だとそんなにあることじゃなかったんだけどね。


 ロボ一家も宴に慣れたなぁ。楽しそうに尻尾が揺れている。


 ご馳走を食べておしゃべりして、余興として歌を歌ったり楽器を弾いたり。舞いを披露してくれた人もいる。


 まだ生まれたばかりのあきらも一緒にいる。さすがに寝ている時間が多いけどね。


「大武丸、希美。元気に育ってくれよ」


「あーい!」


 正直、神様なんて信じていないけど、願ってしまう。この子たちの明日に幸あらんことを。


 こうして記念日を祝うことで、オレたちも明日への活力となる。


 今日は思う存分楽しもう。




◆◆


 天文二十二年十一月一日。久遠家にて久遠一馬と大智の方こと久遠エルの子である大武丸と希美の誕生日を祝う宴が開かれたことが、『資清日記』に記されている。


 久遠諸島では古くから生まれた日を祝う風習があったようで、これが現在の日本圏にて誕生日を祝う誕生祭誕生パーティーの原型である。


 源流は恐らくギリシャ神話にあると思われるが、それ以上の資料はなく不明である。


 この時に出された白いクリームに赤いイチゴのケイキは、近代になり大河ドラマにて再現されたことで現在では誕生ケイキの元祖と認識されており、誕生日を祝う定番の菓子となっている。


 なお、この時の様子は絵師の方こと久遠メルティ作の絵画『誕生の宴』にて描かれていて、前述の大河ドラマでも参考にしたものとなっている。


 この『誕生の宴』は現在も久遠家所有の絵画であり、久遠メルティ記念美術館にて公開されている。


 いつからか一歳児がこの絵画を見ると健康長寿になるという伝承が生まれたことで、現在でもこの絵画を見るために久遠メルティ記念美術館を訪れる親子連れが多いことでも有名である。


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