第1134話・武芸大会を終えて
Side:久遠一馬
武芸大会は過去最高と言えるほど盛り上がった。エキシビションとはいえ卜伝さんの参戦にはオレも正直驚いたけどね。
試合の後には清洲城では関係者で慰労会の宴が朝まで行われたし、町でも興奮冷めやらぬ領民たちが名勝負の余韻のままに夜遅くまでお祭り騒ぎとなった。
「こうして積み重ねていくことが次に繋がるんだろうね」
「そうだと思います。来年は更に北畠や六角からも参加者が増えるでしょう」
ロボ一家と大武丸と希美にエルと一緒に朝の散歩をしている。ついさっきまで清洲城で宴をしていたのでオレは徹夜明けで正直眠いんだけどさ。
卜伝さんとは宴で話をしたが、石舟斎さんと愛洲さんの試合を見ていて久しぶりに血が騒いで参加したくなったんだそうだ。みんなで楽しむのが武芸大会だから卜伝さんの参加は嬉しかったね。
日頃から卜伝さん自身で稽古を付けることは滅多にないし、技を見せることなんかないのでみんな本当に驚いていたほどだ。
一緒に観戦していたジュリアいわく、北畠家と六角家の皆さんの驚きも凄かったみたい。
具教さんや義藤さんに剣の手ほどきをしている卜伝さんは、現役では畿内周辺で最も名が知れた武芸者であり、それだけの権威もある。飛び入り参加して秘伝の一の太刀まで見せたことに信じられないと言わんばかりの顔をしていたそうだ。
東三河の国人衆や信濃の木曽さんも来ているが、彼らは観戦の途中から顔色が良くなかったと言っていた。木曽さんに関しては領地が隣接する飛騨の姉小路と三木が織田家に臣従したという情報が漏れたらしく、それにも驚いて危機感を抱いたようだ。
現時点で木曽家とは懸案事項もない。こちらとしては特に重要視する必要もないが、木材の商いくらいならしているし今後も続けることになるだろう。
「神宮と願証寺と大湊の会合衆は無量寿院のことを少し気にしていたよ。親しいわけでもなく庇うつもりもないようだけど」
あと伊勢から招いた伊勢神宮と願証寺と大湊の会合衆とも話をした。
「ひと騒動はあると見ているのでしょう」
エルも仕方ないと言いたげというか、止める気がないと諦め顔だ。だって止めるメリットがないんだよね。宗教が武力を持ち過ぎているし、無量寿院の傲慢な対応に織田家ではすでに態度を硬化させていることもある。
高田派の本山はかつて関東の下野にある高田山専修寺だった。だいぶ前に焼け落ちていて今は無量寿院が専修寺を名乗ることもあり本山の役割をしているが。
それに高田派は無量寿院の住持であり飛鳥井さんの弟の尭慧と、真智という人物のふたりが権力争いをしている。元は先代の住持だった応真と真智の争いであり、一旦は和解して落ち着いたかにみえたが、朝廷や幕府も巻き込んで長いことどっちが正統な住持かと水面下では争っていたんだよね。
今でも根深い対立があるらしい。
無量寿院でさえも複雑な血縁や利害と力関係があり一概にどちらが正統と言えることではなく、尭慧派の寺も真智派の寺も中には織田に素直に従っているところもある。交渉をしていた頃には、密かに真智を住持と認めて支援してくれたらと言っていた人もいたらしいが、当然ながらこちらは無視した。
願証寺に至っては離脱した高田派の末寺を引き入れたいようだったが、織田で止めている。悪いけど、ここに本願寺派と高田派の争いや高田派の住持争いを持ち込むのは得策じゃない。
まあこのまま分裂してくれたほうがいいのかもしれない。真智は史実では何年かしたら越前に寺を建てて対抗しようとするはずなんだよね。
「ちーち、はーは」
朝の散歩の時間は大武丸と希美もご機嫌な時間らしい。侍女さんに抱かれているふたりはオレとエルに手を伸ばしてきたので抱いてやるとキャッキャッと喜んでいる。
ロボとブランカは慣れたものだ。大武丸と希美を見上げながら散歩を再開するのを待っている。
文化祭も冬になる前にしたい。準備はしているが、具体的にいつやるかは決まってないんだよね。
大武丸と希美にも見せてやれるかな。楽しみだ。
Side:織田信長
「武芸大会も年を追うごとに真似できなくなるな」
武芸大会も終わり、その余韻のまま宰相殿と清洲城の庭で茶を飲む。
宰相殿は同じようなことが出来ぬかと考えたが無理だと諦めたそうだ。まず家中の者が望まぬのだと面白くなさそうに教えてくれた。
あれは親父とかずだから出来たことだからな。ふたりがやれば異を唱えられる者などおらぬからな。他家では真似は難しかろう。
「内々の話だが六角も兵を出すそうだ」
「そうか、安堵したわ」
宰相殿は悩まれておるな。なまじ理解しておるだけに苦心しておる。だが吉報もある。無量寿院がおかしな動きをした場合は六角も兵を出すと内諾を得た。
三河の本證寺のような一揆にはなるまいが、このまま大人しく終わるとも思えぬ。
「飛騨に東三河か。周辺の者は深く考えずに羨んでおろうな」
「面倒な地ばかりだ。飛騨には急ぎ食物を送る手筈を整えた。冬は屋根に届くほど雪が深いという地ゆえ、春まではこのままであろうな。東三河は今川の直轄領がある。つまらぬ諍いでも起きるといかになるかわからぬ」
無量寿院も厄介だが、臣従することになった飛騨と東三河もまた厄介といえば厄介だ。それに関しては宰相殿も理解している。
今川が再び武田攻めとして甲斐と信濃に出兵したと三河から知らせが届いた。こちらと戦をする気はあるまいが、なにかきっかけがあればあり得なくもない。
織田家中でもあまりに早く広がった領地に、いかにすればよいのか分からんという声が上がっている。久遠家から出された献策を基に皆で話して決めるしかない。
この後、飛騨と東三河の臣従を受け入れ次第、従う者らを歓迎する宴を開く予定だ。それと六角左京大夫殿と宰相殿と僅かな者らで宴を開き、もう少し実りある話をする場も設けることになった。
宴ばかり続くが致し方ないことなのであろうな。
Side:六角義賢
武士も僧も民も、皆がひとつとなり祭りをする。恐ろしい相手が隣国にいたものだ。
「任せる。そなたと武衛らで決めよ」
夜通し続いた宴も終わり一休みしたのちに、わしは久遠殿の屋敷を訪ねた。京極高吉が都ではなく尾張で隠居したいと言いだしたようで上様のご裁定を仰ぐためだ。
もっとも上様は京極家の行く末などあまり興味がないご様子か。
「左京大夫、尾張に来て良かったであろう? 余もまさか師があの場で出てくるとは思わなんだ。最後の最後で驚かされたわ。くっくっく」
ご機嫌はすこぶるいいご様子だ。武芸がお好きな上様にとってこれ以上ない祭りだったのであろう。
「はっ、学ぶべきことが多いと改めて思い知らされました」
「そう急くな。そなたは十分ようやっておる。そうであろう? 一馬」
違うのだ。あまりにも違い過ぎる。力で従えるわけでも、仏の名で従わせるわけでもない。武士も僧も民も、皆が望んで従おうとするなどわしでも信じられぬほど。
「はい。近江は広いですしね。都も近い。治めるには難しい地ですよ。織田は六角がいるおかげで、畿内の揉め事に巻き込まれないで済んでいるという事実もありますし」
久遠殿の子を抱きかかえながら嬉しそうにしておる上様の姿に我が目を疑う。上様がこれほど穏やかな顔をなされるとは……。
「北近江三郡はあまり上手くいっておらぬ。久遠殿、いかがすればよいのであろうか?」
「上様のおっしゃる通り、左京太夫様はよくやっておられますよ。あとは焦らず続けることです。食わせて働かせる。こちらも微力ながらお力添えいたしますので」
供の者は蒲生下野守ひとりしかおらぬ。虚勢を張る相手もおらぬ。素直に久遠殿に北近江三郡のことを問うが、やはり一朝一夕に治まるほど容易い策などないか。
「私たちは最初の年に偶然流行り風邪が猛威を振るいましてね。その対処で皆に信じていただけました。それと同じように北近江の冬は雪深いので民が凍え死にしないように手を尽くせば、春になる頃には風向きも変わりますよ」
民を食わせ凍えさせぬか。かつては考えたこともなかったな。そのような余力がなかったのも事実だ。されど己のことは己でするのが当然だと思っておったからな。
「ああ、賦役をする際には村ごとではなく、複数の村を集めて一緒に行うほうがいいですよ。村の垣根を越えて共に働く。そうすることで同じ立場となりますので話す機会も増えますし、わだかまりや諍いも少しずつ減ると思います」
変えてしまったからな。乱世を。尾張だけがまるで別の世を見ておるような気になる。
織田領の者はかつてのように戻るのを望んでおるのか? 中には戻りたい者もおろう。されど大勢の者は戻りたいとは思うまい。
強き者に従うしかないか。権威もある、朝廷や上様の覚えもめでたい。付け入る隙がまったくないのだからな。
父上が生きておられても、きっと同じことをされたはずだ。
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