第1132話・第六回武芸大会・その十

Side:京極高吉


 女があれほどの武を示したかと思えば、まさか戦遊びもしておるとはの。この国はいかがなっておるのじゃ?


 驕っておるのではあるまいかと思うところもあるが、強き者が驕るのは当然のことやもしれぬの。


 もっとも己の近習すら信じられずに毎夜の如く寝所を変える小心者の管領と比べると、よほど武士らしいとも言えようかの。


 昨日は三木に誘われて津島と熱田と蟹江に出向いた。まさか主上や公家衆の和歌があるとは……嘘とは言わぬが、にわかには信じられなんだほどよ。


 津島では幾つもの書画と南蛮絵があり、蟹江では噂の南蛮船や見たこともない馬車なるものがあったが、南蛮船に乗りたい民たちが長い列を作っておったわ。


 公方様や主上が斯波と織田をこれほど信じておるとはの。さらに驚いたことは津島にあった内匠頭の書の前で跪いて祈る者があまりに多かったことか。背筋が寒うなったわ。坊主でもない者が仏と呼ばれ民に拝まれるとはな。


「織田は家臣の間での小競り合いも禁じておりまする。されど戦を禁じたことで実戦の機会が減ったため、このような形での鍛練を増やしたのでございましょうな」


「ほう、そう見るべきか」


 それとこの男。三木直頼。鄙者と思うておったが、よう物事が見えておる男よ。時折わしもハッとさせられることがある。家臣に恵まれずここまで落ちぶれたが、ようやく最後の最後で恵まれたのやもしれんの。


 気を許せぬところもあるが、それはお互い様であろう。わしは父上より受け継いだ京極の家を残すこと、三木は京極の名で姉小路から独立して織田の治世を生き残る。そこらが折り合いの付け所というべきかの。


「そなた、織田に仕えるとなれば清洲に屋敷を構えるつもりか?」


「はっ、そうなるかと思いまする」


 ふと気になったのは、わしのこれからのことじゃ。上様からは隠居して都か高野山に行けと命じられたのじゃがの。


 老い先短いとはいえ高野山になど行きとうない。ならば都かと思うたが、都に戻ったところでわしの居場所などあるまい。ならば近江や越前よりも栄えておる尾張で隠居したほうがよいのではないかと思えるようになったのじゃ。


 今更北近江を取り戻すなど出来るわけがないことはわしにでも分かる。されど六角さえ恐れる尾張にて隠居して出家でもしたほうがよいのではあるまいかとな。


「尾張にて隠居なさいまするか?」


 やはり賢い男じゃの。わしの考えておることが分かったらしい。


「無理にとは言わん。されど今更都に戻ってもの。口の悪い京雀に愚か者呼ばわりされるのが落ちじゃ」


 わしには最早、体裁を取り繕うことすら出来ぬ。領地もなく俸禄もない。上様もそこは配慮してくださるやもしれぬが、三木に家督を継がせるのならば三木の世話になるのが筋というもの。


 それに三木が織田の下で生きるのならば、わしが他所でおかしなことをすれば京極の家のためにもならぬのは確かであろう。ならばいかような形であれ斯波と織田の下で働くべきやもしれぬ。


「では某から内匠頭様に願い出てみまする」


「おそらく許されよう。上様はわしのことを信じてくださらぬが、憐れんでおろうゆえな。それにそなたもあちこちに屋敷を構えると費えが大変であろう。じゃがの、京極の家だけは残せ。あとはいかようにでもするがよかろう」


「はっ、肝に銘じておきまする」


 幾つまで生きられるか知らぬが、わしに出来ることをするしかないか。管領のように上様に疎まれて盗人のように逃げ続けることだけは御免じゃからの。




Side:吉岡直光


 剣で一番になるには、あと二人か。残るは過去の大会で勝ち過ぎて予選どころか最後の一戦以外は免除になった柳生殿と、目の前におる愛洲殿だ。


「吉岡殿か。ぜひ一度手合わせをしたいと思うておった」


 オレを前にして笑うとは世の中にはとんでもない男がおるな。


「伊勢や尾張でも知られておるとは嬉しいね。陰流愛洲殿。御父上の名はわしでも存じておるわ」


「わしは兄弟子らから父上の不肖の倅だと言われておった程度の男だ」


 不肖だと? おっかなくて逃げ出したいほどだ。こんな男は見たことねえ。


「聞いた話とは随分と違うな。たいした力量もなくて北畠の御所様に追放された愚か者がおったとは聞いたがな」


 隙がない。互いにここまでの試合は見ておるんだ。そこは互角のはずだというのに。


 待ちの剣は性に合わぬ。攻める。攻めて攻めて、愛洲殿を退かせてみせるわ!


「信じられぬな。その強さ」


 木刀を振るう。幼き頃より幾度も振るった。今では人に教えるくらいに強うなったというのに。


 乱れた息を整えつつ、間合いを保つ。まさかまったく通じぬとは思わなんだ。世の中にはこれほどの使い手がおるとは。


「この一年、わしは尾張にて多くの者に武芸を教えると同時にまた教わった。他流との手合わせは良いものぞ。同門同士では学べぬ多くの技を学ばせてもろうた」


 参ったな。勝てん。されど、それ以上に気になるのは、まるでこの試合を楽しむかのように相手をされておることだ。負けることへの恐れや勝つことへの力みがないのだ。この男には。


「ならばわしも学ばせてもらおうかね」


 負けることを恐れる気はない。されどせめて一矢は報いたい。オレが負けても吉岡流が負けるわけではないのだ!




Side:久遠一馬


「強いな。吉岡殿が敵わないなんて」


 吉岡さん負けちゃった。今までの試合とはレベルが違うのはオレにも分かる。愛洲さんは戦い慣れている感じだ。


「武芸大会には武芸大会の戦い方があります。それに他流試合を多くこなしている者はやはり有利ですよ」


 セレスの言う通りなんだと思う。この時代でも名のある人は他流試合とかあまりやらない。家名や流派の面目が掛かるからね。たとえただの野良試合であってもね。


 ところが武芸大会となるといろんな流派や自己流の人が多い。必然的に他流試合をしている織田家のみんなが有利になるんだよね。


 場の雰囲気もある。さすがの吉岡さんも多少は飲まれていた気がするしね。


 太陽が西に傾いてきている。次が武芸大会最後の種目である剣の部門の決勝だ。今年はジュリアが出られないことと、石舟斎さんがあまりに強いので勝ち抜いた相手と戦う決勝からの出番になった。


 広い会場で最後に残ったこの一戦を多くの人が見つめている。


「命を懸けずとも、名を懸け武士としての面目を懸ける。これならば戦がなくなろうとも武芸は残るであろうな」


 ふとそう呟いた菊丸さんが将軍様の顔になっていた。


 出来れば名前とか面目は過剰に懸けないでやれるようになってほしい。勝った名誉はあってもいいけどね。


 ただ、戦がなくなって平和になったら武芸がどうなるかはみんな気にするんだよね。


「セレス、この試合どうなの?」


「私にもわかりません。愛洲殿は武芸大会に慣れました。去年のような差はないことは確かです」


 日頃の手合わせだと勝敗が決まるまでやらないからな。あのふたり。気が合うのか結構仲がいいんだよね。ウチで武闘派の宴会をすると一緒に酒を酌み交わしながら話をしているのをよく見かける。


 西の空がオレンジ色に変わりつつある中での試合か。まるで映画の時代劇のクライマックスのようだね。


 石舟斎さんの六連覇はなるのか。それとも愛洲さんの初優勝か。


 見ているこっちが緊張してきたよ。


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