第1131話・第六回武芸大会・その九

Side:エル


 今年の武芸大会は北畠と六角からも人が来ていることから、男衆と女衆は別の席で観覧をしています。私は女衆と一緒に観覧していますが、すっかり慣れたおかげで物珍しげにされなくなったことに時の流れを感じます。


 あとは織田一族の子供たちも別の場所で一緒に観戦しています。私としては子供たちと一緒でもいいと思うのですが、身分ある女性が自ら子育てをする者はいませんので仕方ないことでしょうね。


「あれは……」


「なんと……」


 領民は性別や年齢に関係なく出場していますが、身分ある女性は出ていません。


 そんな中、セレスの継ぎ矢に女衆も静まり返ってしまいましたね。武芸を知らぬ者でも凄さが分かる技。セレスらしいと言えますが、思い切ったものです。


「ふふふ、殿方らの驚く顔が見られぬことが悔やまれるわ」


 土田御前様が笑い出すと周囲の女衆もまた笑い出しました。この時代、女衆は自立しています。それぞれに化粧料などという名目で所領があることも珍しくなく、時には実質的な当主として御家を切り盛りすることもあります。


 司令の元の世界にあった大和撫子というイメージなどは、明治期以降に作られた幻想になります。


 女であるセレスが優れた武勇を見せたことで、時には高慢ともなる男衆の鼻を折り、女衆の留飲が下がったのでしょう。


 織田家でいえば、ケティが女も日に当たることを勧めていることもあり、青白い顔の人はほとんど見られなくなりましたね。


 日差しが強くない時間に屋敷の庭を散歩する。それだけでも確実に健康になるのですから。喜ばしいことです。


「よいですか。皆の衆。女もまた強く賢く生きねばなりません。己の力で生きる久遠家の女をわらわたちも見習わねばなりませぬよ」


 土田御前様もまた私たちの生き方を見て学んでおられます。女としての礼儀作法や必要なスキルも当然ありますが、新しいことも積極的に学び取り入れています。


 清洲城では出産適齢期を過ぎた女性の文官も増えました。すでに尾張では武家の女は屋敷に籠もるような時代ではなくなりました。


 実家と嫁ぎ先というふたつの家を繋ぐ存在であり、ふたつの御家が存続するようにと尽くすのがこの時代の武家の女。


 無論、子を成すことが第一というのはこの時代では当然です。ですが、身分がある者は子育てを父親がして子守りは乳母がします。新しき女の道を見つけたということなのでしょうね。


 血縁や氏族で繋がるこの時代。その利点は生かさねばなりません。


 織田は、強くなりましたね。内なる部分から。




Side:久遠一馬


「お疲れ様。よくまあ外さなかったね」


「風がなくて幸いでした」


 弓の技の披露をしたセレスが戻ってきた。本人もホッとしている様子だ。百パーセントなんてありえない。セレスもまた生きているんだから。


 当日と同じ場所で何度も練習していたんだよね。太田さんと一緒に。


「愛洲殿の件があったとはいえ、よくまあ……」


 菊丸さんと与一郎さんも驚いていた。ふたりの驚く顔もなかなかよかったね。


「不利なことと知りつつ挑んだ者を愚弄するのは許されることではありません。果敢に挑んだ者たちすべてのために、はっきりさせておく必要がありましたので」


 冷静沈着なセレスの少し怒気の籠った言葉に、菊丸さんと与一郎さんは再び驚き言葉が途切れた。


 いろいろ状況が重なった。本来はジュリアが力を示す予定だったが、妊娠により出来なくなった。北畠と六角や東三河からも多くの武士が来たこともある。信秀さん直々に頼まれたんだよね。セレスの参加は。


 当人の希望で弓での参加になったのは、ジュリアのことを相手が手を抜いたのだという受け取り方をする人がいたから対人種目は避けたのだろう。それにこの世界に来て、セレスは弓を気に入って結構練習していたので自信もあったようだけどね。


 もっともセレスは感情を表に出さないが厳しさのある女性だ。実力もないくせに陰口を叩いたりする人を許せないと怒っていたことも事実だ。


 あと優勝候補の太田さんと大島さんにも二人の見せ場を奪うことになりかねないから事前に相談したんだけど、裏で陰口を叩く卑怯な者たちに本当の実力を見せつけるべきだと賛成してくれたこともある。


「出た者を守るのも役目か」


「当然です。それが私たちのやり方ですので」


 愛洲さんの件は具教さんの逆鱗に触れてしまい、愛洲さんを罵倒した連中はほぼ裸一貫で伊勢から叩き出された。中には尾張で強盗をしようとして密かに監視していた忍び衆に始末された人もいたけどね。


「織田の強みだな。足利など連なる者や従う者らを潰し合わせてしもうた。御家を守るため仕方なきことと思うが、罪深いことをしたものだ」


 セレスとジュリアが武闘派に信頼されるわけは、この辺りにあるんだよね。彼らの気持ちを理解して動いている。


 菊丸さんが少し寂しげに足利家のことを口にするが、正直それは仕方ないとオレも思う。


 オレたちだって仕方ないことが幾つかある。無量寿院とかもそうだ。出来ることと出来ないことがあるしね。




 その後も競技は続いた。


 すでに領民参加の競技は昨日で終わっていて、今日は武士の団体競技である野戦築城・模擬戦・荷駄輸送や、刀・槍・無手などの残りの武士による個人種目の決勝を残すのみだ。


 武士の団体競技は、織田家においては領地がすでに僅かな本領と城しかないことで今年は縮小廃止を検討したんだけど、意外に人気の種目らしく存続となったんだよね。


 領民を動員しての参加は大幅に減ったけど、一族や親しい武士と一緒に出るなど工夫をしていて参加者も多く事前の予選があったほどだ。


 これに関しては織田家において戦が激減したことも影響している。今の織田家では家中に対して小競り合い程度の争いですら禁じていて、破ると厳しい罰がある。


 結果として困ったことは、初陣組の出られる手頃な戦が減ったことだ。


 昨年にあった北伊勢での一揆討伐にもだいぶ初陣組が出ていたという報告もあったけど、命じられるままにしか動けない実際の戦の前にこの競技で鍛練と経験を積ませようと考える人が増えたらしい。


 ちょうどよく勝つと武功に準ずる名声も得られることから、熱心に毎年参加している人が多い。


 この競技は盛り上がるのも確かなんだよねぇ。手間と時間が掛かるけど。


 スケジュール的にギリギリなんだよなぁ。今日中に終わるかな?


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