第1130話・第六回武芸大会・その八

Side:愛洲宗通


「面汚しが!!」


 次の出番を待っておると、ふと昨年の武芸大会の後に兄弟子に言われたことを思い出した。


 『父の名を汚した』『陰流の恥さらし』他にも言葉の限りを尽くして罵倒された。女にも勝てぬ程度の相手に負けたということだけの理由でだ。


 そんな兄弟子らも今はいずこにおるのやら。


 負けたのは己の力が足りなかったためだ。わしは一切反論せなんだが、事が北畠の御所様の耳に入ると兄弟子らは怒りを買った。


 『それほど己の力が優れておるというのなら、己の力で生きていくがよい』、そう仰せになった御所様に兄弟子らは追放されてしまった。


 ある者は父の弟子で一番とも言われる、上野の上泉殿を頼り東に行ったとも聞く。またある者は戦の多い西国へ向かったとも聞いた。


 すでに消息も途絶えており、こちらからは探す気もない。


 あれからわしは御所様に請われて、北畠家中と尾張にて剣を教えておる。特に尾張においては強い者が多くこちらの鍛練にもなる。父のことや兄弟子らのことなど、思い出すこともないほど充実した日々であった。


「奥平殿か」


 名を呼ばれて試合の場に行くと、奥平殿が見えた。三河の出で、すでに織田家中でも名の知れた男だ。幾度か手合わせをしたことがあるが、粗削りながら才のある男に思えた。


「お願いいたす」


 共に木刀を構える。今年からは鍛練で用いる防具を身に着ける決まりとなった。そのようなものなど要らぬという者も多いが、怪我人が出ぬようにという配慮も分かる。木刀が当たれば骨折や死ぬこともあるゆえな。


 歳の頃はわしとさほど変わらぬ。奥平殿は三十にならぬくらいであろう。されど腕前はわしが上であった。以前に手合わせをした際にはな。


 といっても油断出来る相手ではない。そもそも尾張に来るまでは確かな師を持たず我流で鍛練をしていたというだけあり粗削りだったのだ。それが尾張で柳生殿らの教えを受けてめきめきと実力を上げておる。


「参る!」


 ああ、相も変わらず荒々しい剛の剣だ。ただひたすらに剣の道に精進をしておったのであろうことが分かる。


 されど、動きが以前とは違う、鹿島新當流や久遠流に我が陰流も学び己の技としておる。才ある者とはこういう者なのだなと教えられるようだわ。


 ふと笑みがこぼれそうになる。昨年、柳生殿が強いわしと手合わせを出来て喜んでおった心境が少し分かるような気がした。


「うおおおお!!」


「一本! それまで、勝者、愛洲!!」


 昨年ならば負けていたやしれぬ。尾張に来るようになり、多くの相手と手合わせをしてわしも学んだのだ。特に鹿島新當流と久遠流は学ぶべきことが多いと今でも思うくらいだ。


「やはり、勝てなんだか」


「戦場ならば違う結果であったやもしれぬがな」


 奥平殿は穏やかな顔で己の負けを受け入れておった。力の差はあった。とはいえそれは一対一の試合ならばこそ。


「次こそは負けませぬ」


「わしも負けぬよ」


 敗れても次がある。剣に命を懸ける者からするとぬるいという者もおろう。されどわしはこれでよいと思うようになった。


「これは御所様」


「なかなかの試合であったな」


 控えの席に戻ると御所様がわざわざ訪ねてきてくださった。


「ここまでくるとそう容易く勝てませぬ」


「羨ましい限りだ。わしも出たいのだがな。立場があるゆえな」


 北畠の御家の面目もある。それを忘れたことなどないが、御所様は楽しめと言われる御方だ。


 城と領地を守り生きるという、古くからの習わしをあまり好まぬ御方。


「小七郎。世は変わるぞ。そなたの剣。決して移香斎に負けておらぬ。それを示せる世が来るはずだ。楽しみにしておれ」


「はっ」


 北畠家中ではあまりに織田贔屓な御所様に不満を抱く者もおると聞くが、御所様はそれもご存知の様子だ。


 父上に負けぬか。まずは次の試合で勝たねばなるまいな。




Side:吉田重政


 身分に問わず、多くの者が惜しみなく褒め讃える姿に、六角家中の者らも幾分羨ましげにしておるようだ。


 新参者が勝っても怒るわけでもなく相手を讃える。内心ではいかに思うておるか分からぬが、そのような姿を見せるだけで敗れた者も己の器の大きさを示せる。


 武衛様か、内匠頭様か。いずれの差配か知らぬが見事なものよ。


 気になっておった弓の一番は美濃の大島殿であった。久遠家の太田殿との一騎打ちであったが、僅かな差で勝ったか。


 己の力と技をさらけ出す恐ろしさもあるが、数多の者らに褒め讃えられる姿はやはり武士として羨まずにはおられぬというところか。


 場が少し静かになったのは、そんなふたりの前にひとりの女が姿を見せたからだ。銀の髪をした女だ。噂の久遠家の奥方であろうか。


「まさか……」


 かの者の姿が袴だったことと、控える家臣が持っておる弓に織田の者らが騒然とし始めた。


「ほう、氷雨の方がよく出ましたな」


「皆で勧めておったのだが、気が進まぬと出てくださらなんだというに」


 噂の今巴の方と双璧をなす奥方として織田家中では知られておるが、当人があまり武功を求めておらぬようで、人前で技を見せることがなかったと世話をしておる者が教えてくれた。


「愛洲殿のこともあったからな。この機会に皆に分かるようにと頼んだのだ」


 仔細を話す内匠頭様の言葉に、北畠家の者らがいかんとも言えぬ顔をした。こちらは先ほど勝った愛洲殿を昨年負かした相手が、久遠家の奥方に負けたことで、領地に戻ってから兄弟子らに罵倒され大事になったのだとか。


「なるほど。弓ならば手加減のしようもありませぬからな」


 射る場は先ほど大島殿と太田殿が勝負したその場だ。両者が見守る中、女が引けるのかと思うような立派な弓を手に持つと軽々と引いてみせた。


 なんと無駄のない姿勢だ。思わずまことに女かと問いたくなった。


「おおっ!!」


 これだけ多くの者が見ておる中でも一切の気の迷いもなく射た矢は、一の矢からど真ん中に命中して耳が痛くなるほどの声が辺りに響いた。


 初見でしかもあの距離を……。


「なっ!」


 騒がしい最中に平然と二の矢を放ったその先に、思わず声を上げてしまったわ! あり得ぬ!!


「まさか……」


 御屋形様もまた信じられぬと目を凝らしておる。二の矢が命中したのは他でもない。最初に射た一の矢に命中したのだ。寸分の狂いもなく同じところに命中させるとは。


「そなたなら出来るか?」


「……難しゅうございます。鍛練を積み、幾度か試してもよいのならあるいは」


 御屋形様もまた我が流派の極意を学んだほどの弓の使い手。その御屋形様をもってしても無理だと思われたのだろう。他意はなくわしに問われたが、わしにも無理だ。


 幾度かやれば出来なくもあるまいが。されどこのような場で失敗せずに決めろというのは出来るものではない。


「あれを見せられると大島殿も太田殿も形無しだな」


「あのふたりは日頃から氷雨の方に師事しておるのだ。当人たちは慣れておることよ」


 ふと織田家の者らの話が聞こえてくる。それほど驚いておらぬことが信じられぬ。


 顔色が悪いのは六角家と北畠家、それと東三河の者らなどか。女に武芸で負けたとなると恥にしか思えぬが、同じことをしろと言われて出来るものではない。


 己の武功や力を誇りたい者は多かろうが、あのような技を見せられた後ではなにをしようと霞んでしまうわ。




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