第1129話・第六回武芸大会・その七

Side:雪村


 武芸大会とやらも三日目となったが、ここ津島神社にて展示されておる書画には多くの者が一目見たいとやってくる。


 生まれも身分も問わず珍しき書画の数々を見せるなど、いったいどなた様がお考えになられたのか。


 書画では気に入ったものの前にある箱に、あらかじめ渡された焼き印の押してある木片を入れるのだとか。木片を一番多く得た者は、一年間織田家のお抱えとなれるのだというのだから驚きだ。


 ただ、すべての書画で競うわけではない。織田一族の者や絵師の方様など名のある御方の書画は別格として扱われる。拙僧はどちらでも良いと言われたので競うほうから抜いてもらった。


 お抱えになるというのも捨てがたいのじゃが、学校で絵を教えて学ぶ今の暮らしが気に入っておる。幸い、久遠様の客分として扱っていただき、食うにも困らぬのでな。


「はぁ。この書は凄いな」


「だな。よく分からぬが凄い」


 説明と書画を守る兵が書画について話して聞かせると、皆、頭を悩ませながらいずれがいいかと思案しておる。なんと面白きことを考えられたものだ。これならば字の読めぬ民でも書画を楽しむことが出来る。


 この歳まで生きてきたが、これほど驚いたことは未だかつてないと言えよう。日々の暮らしに精いっぱいの民が書画について考え、思いを馳せるなど他国ではあり得ぬこと。


 心穏やかに生きよと説法するよりよほど仏の道に近いのではないのか?


 ああ、拙僧の絵の前でも多くの者が見入っておるわ。なんともおかしな気分だ。多くの民に絵を見せるなど考えたこともないからの。


 目の肥えた身分ある御方に認められるのも悪くない。されど、こうして多くの者の目に触れるということもいいものだとしみじみと思う。


 拙僧も熱田では主上やお公家様の和歌を拝見した。遥か都におられるという主上の和歌をこれほど身近で拝見出来るなど、他国ではあり得ぬことであろう。


 さらに昨日は蟹江にて時計なるものを見たり、噂の南蛮船や馬車に乗ることが出来た。特に多くの民が列をなして、南蛮船や馬車に乗ろうと待つ姿を見ておるだけでも楽しかった。


 このような国があるとはの。わしも尾張に来るまで知らなんだ。あれこれと噂を聞いてはおったが、正確でない噂なだけに真偽の怪しい噂としか思えなかったからの。


 拙僧も若くはない。ここに骨を埋めてもいいかと思える。多くの書画を見ることが出来る尾張にな。




Side:久遠一馬


 大会三日目となった。観客の領民の中には、すでに五日ほど会場で寝泊まりしている猛者もいる。そろそろ対策が必要な気もするが、観戦料を取らず早い者順にするのが現時点では一番無難になる。


 傾向としてはそれぞれに得意な種目に出るので、毎年勝ち残る人はすでに顔が知られている。槍部門だと森可成さんや柴田勝家さんが勝ち残っていて、因縁の対決として注目している人も多い。新規の顔ぶれだと前田利家君とか丹羽長秀君とかも本戦に勝ち進んだが、あいにくと既に負けている。


 領民参加の種目だと綱引きが人気だ。力自慢というのが好まれる時代ということもあると思う。綱引きと玉入れなどは女性や子供に参加者を限定した競技があって、そっちの参加者も多い。


「ああ、真柄殿の相手は吉岡殿か」


 会場では注目の試合が始まろうとしていた。なんとか三日目まで勝ち残っていた真柄さんだが、都から来た吉岡さんが相手なんだ。体格は当然ながら真柄さんが大きい。


 ただ、真柄さん。この大会だとルールとしては少し不利なんだよね。真柄さんの刀は大太刀という長い刀になるが、武芸大会では武器は織田家が用意した同じものを使用する決まりだ。


「負けたか」


「鍛練の差でしょうか。吉岡殿は戦い慣れていますよ」


 真柄さんが負けると会場が僅かにどよめいた。見栄えがするし、豪快な戦いをするから人気なんだよね。真柄さん。


 菊丸さんとセレスは敗因を話しているが、真柄さん修行相手が満足にいないとぼやいていたからね。それが原因っぽい。


 一般的にこの時代だと、同じ門下などとは鍛練の手合わせをするが、それ以外の相手とはあまり手合わせなどやらないからな。


 真柄さんとすると越前にも強い人や名の知れた人はいると思うが、鍛練で負けるだけでも負けたと烙印を押される時代だ。まだ若く家督を継いでない真柄さんのような立場の人はいいが、家を継いでいるとその敗北が家の評判にもなる。


 よほど親しく信頼できる相手でなければ一緒に鍛練などしないからね。それに身分制度のある時代だ。身分のある人が相手だと下の立場の人は遠慮することもある。まあ、難しいよね。


 尾張だと織田家全体で鍛練をするようになっているから、比較的相手に事欠かない。それでも織田家でさえ、自分の欠点や技を見切られるのを恐れて親しい人としか鍛練をしない人もいる。


 実はオレも日頃は親しい人としか鍛練をしないけど。オレの場合は忙しいことと、武闘派の体育会系のような雰囲気があまり得意ではないこともある。


「かずま殿!」


 負けた真柄さんは悔しそうだが、それでも後悔はない様子だ。次の試合は誰かなと思っているとお市ちゃんが屋台の料理を持ってきてくれた。


 今年は孤児院の子供たちと一緒にウチの屋台で働いているんだよね。お市ちゃん。


「美味そうだな」


「菊丸殿も与一郎殿も、是非、召し上がってください!」


 何度かこうして差し入れを持ってきてくれるお市ちゃんに感謝しながら、持ってきてくれたお好み焼きや焼きそばなんかを頬張る。


「これは初めて食べるなぁ」


「それは今年評判の屋台のたこ焼きでございます」


 なんか珍しいたこ焼きを食べたら驚いた。味噌タレなんだけど。意外と美味しい。どうもウチのたこ焼きを食べて気に入った商人が、試行錯誤をして完成させたらしい。


 少し香ばしさがある味噌タレがたこ焼きと合っていることにビックリする。味噌は豆味噌のようだが、塩辛さはない。出汁の味もする。煮干しだろうか。あとはほのかな甘みもあるので水飴か砂糖で味を整えたっぽい。


 値段は少しお高めだが、よく売れているとのこと。


「うむ、諸国を旅しておるが、やはり飯は尾張が一番美味いな」


 菊丸さんは気になったのかたこ焼きを味見すると驚いた顔になった。名のある料理人じゃない領民がこんな料理を作るのが今の尾張だからな。


 無論、味は千差万別だ。美味しく進化しているところもあれば、安くて腹が膨れればいいというものもあるし、中には安くも美味しくもないものもあるが、領民の舌も肥えてきたから評判の悪い屋台は自然と淘汰されていくんだ。


 小麦や蕎麦の粉が普及しつつあるので、領民向けに水団のような汁物が結構ある。魚は保存に向かない下魚とかが入ったものとか、安いのでもいろいろある。


 お市ちゃんにお礼を言うと、仕事に戻るからと行ってしまった。子供が大きくなるのは早いなとしみじみと思うね。



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